第29話 南山家の
「まだ時間はあった。楽しく暮らせたのにお前のせいで」
「大井夫妻はあなたが手配しましたね。下手人が大井夫妻の持っていた成金のかんざしを髪につけて、わざわざ増水をしていた京都から流させた」
結果的にかんざしに殺されたわけだ。
「それがかんざししか分からなかったことか」
「高谷は状態ではなく、状況証拠と俺の持っている帳簿で確認をした。ツマさん、調べたら分かる」
「でもなんで殺した」
「死ぬのは確実だったんだ。ツマさんが殺していなくても夫妻はどこかで死んでいた。大方、凶の鏡説を推そうとしたことが夫妻を殺した理由だ。お陰でミスリードに引っ掛かった。夫妻が死んだことと、沙織さんが死者だったことが、俺たちに凶の集いに出てしまったと錯覚させた」
「凶の鏡は嘘だったのか」
「帳簿にはあったんだ。封印されているのは凶の鏡で間違いないよ。封印のお陰で作動していないだけだ。ツマさんの目的は弥右衛門さんと長く生きたかった。ところが邪魔になるのが内藤さんの存在だ」
内藤さんは少なくとも五十年を知っている。内藤さんの行動次第では外の枯山水を見破られてしまう。
「計算外だったのは招かれざる俺たちと内藤さんのナンヴァの楠を持っていることだった。どうにかして俺たちと内藤さんを排除する必要はあった。おそらく勇作さんも不都合な物を見たということだ。まとめて夫妻を流した下手人に始末させる気だった」
ツマには反省の気持ちは無かった。きっと俺たちを恨んでいる。そんな勝手な感情だ。殺すことを簡単に考えている。もう弥右衛門さんはいない。次の主に仕える間もなく宋雀の砂に殺される。
「弥右さんのとこに行ける。今までが嘘だった。やっとだ。やっと死ぬ」
何かに引っ張られるように不自然に足が曲がった。恍惚な表情はとても死を冒涜した犯罪者の顔つきでは無かった。
「待って、誰か私の部屋から写真を持って来ておくれ。私は弥右さんと死ぬのさ、写真一枚でいいのだよ」
焦りと恐怖が見えた。でもその顔をして欲しかったわけではない。
腕は何かに引っ張られている。
「帰ろう」
俺はここにいない内藤さん以外の面々に伝えた。
「待って、写真を、仕返しか」
高く震えた声、何かに引っ張られる気配を察しながら、俺は伝えた。
「あなたの部屋の位置を誰も知らない」
「内藤、アンタは」
どこかから戻ってきた内藤さんは悲しそうに一言。
「私が知っているツマさんの部屋には何もなかったよ」
「帰ろう」
「いいのですか。このままでは死んでしまいます」
俺にすがる千にツマは手を伸ばした。ツマが死にたくないと漏らした。その言葉ではなく謝罪をして欲しかった。仕返しでも恨みでもない。こればかりは仕方ない。ここで死を回避するには砂を全て処分するしかないのだ。
「どうしようもない。警察を呼んでここは出よう。高谷、千の実家に戻って電話を借りておくれ」
「でも今から死ぬと通報しても怪しいだろう」
「何も京都の警察を呼べとは言っていない。須藤を呼べばいい。かんざしの証拠が出るだろう」
千の生家に戻る前に勇作さん一家の見送りがあった。
「内藤さん、本当にいいのか?」
内藤さんは屋敷に残ると言って聞かない。
「お化け屋敷と言われるならそのままにして職務を遂行します。枯山水も処分します。その辺りは八鹿さんのお知り合いに相談ですね」
椎名は嫁探しと言えば喜んで行くだろう。最も千の実家は婿入りではなく嫁入りには抵抗があるだろう。高谷ほど身軽ではない。
「あの」
周作が迎えの車から窓から俺を呼び止めた。
「来年、大学を卒業します。僕を雇ってください」
ジトリとした視線を千から感じる。
「あなた研究職に進むのでしょう」
佳也子さんは周作の肩を後ろから揺らした。
「家には金銭的に余裕は無いだろうし」
「そんなことを気にしているのか」
勇作さんの顔色は暗い、本当に無理をしているとも読み取れた。
「それに研究は八鹿さんの所で出来る」
周作の熱に両親は押されている。
「今、決めるようなことではないよ。ご両親に相談をして決めることだ。うちは小さな店だ。そんなところで大学まで行った人材が来ていい場所ではない」
「決断をしたら弟子にしてもらえますか」
「住む場所は無いよ」
「通います」
「とにかく気をつけて」
運転手に早く出ろと合図を出して、駅までの車は出発した。
「私、一人でいいですよね」
すねたような棘のある声にこう返すしかなかった。
「帳簿を持っていた」
千の顔は納得の表情だった。
「ならば仕方ないです」
「帳簿って八鹿の物忘れか」
「きっと八鹿から直接渡されている」
「厄介な」
「来てくれた方が動向も分かるからいいよ」
千の生家に戻ると高谷は結婚適齢期の女性を勢ぞろいされた上、この中から選べと言われた。災難だったが、高谷は警察という職に誇りを持っていると言い張ったが、警官ならこの辺りの駐在所でもなれると言われて妥協案として今年中に昇格出来たらそちらへ行くと約束をした。
年齢的に昇格するだろう。これから官能小説を亀岡まで持って来るのは交通費もかさむので、俺は千のおばあ様に「都会の巡査にツテがあると動きやすい」というと、ならばアンタが来いと言われた。千は「都会の隠れ家で特別な方と二人で生活を共にするのが一番の幸せ」ともじもじしながら言った。そのせいで子どもが好きな男に身内は紹介出来ない警察が近くにいた方がいいだろうと。
今度から顔を赤らめないことと、もじもじしないことを約束させようと思った。
千の実家では風呂に入ることが出来、洗濯もしてくれた。夕食は〆たばかりの若鶏ステーキだった。自家製の醤油で焼いたそうだ。白米はとても美味しく、たまらず褒めた高谷は婿に来ればこんな生活は毎日だと首を突っ込まれて、複雑な表情をする羽目になった。




