第27話 ナンヴァの楠
周作とのことは夢のようだった。音はどういう原理で聞こえるか分からない。これが本当に凶の鏡であるか言い切れない。
「高谷、飯だ」
「先に水浴びだ。飯は逃げない」
そんなたしなめられるのをこの男にされるとは思わなかった。分かったと行って、外に出た。すぐさま戻って恥を忍んで高谷に井戸はどこかを尋ねた。
大広間に勇作さん以外の面々が揃った。
「あの勇作さんは」
「勇作とは誰だ」
弥右衛門さんたちは膳の前に座り、早く俺と高谷に座れと言った。高谷は開いた口が塞がらず、大広間をぐるぐる見ている。
「周作さんのお父様でおおじい様、弥右衛門さんの息子さんです」
「息子? 男は栄太郎だけだ」
可能性としては凶の鏡だ。消すという点で条件は突破している。この屋敷か、では沙織の件は宋雀の砂か。ではどの口から二つを手に入れたのか。
「弥右衛門さん、この南山家はどうやってこんな富を」
引っかかったらいいと思って聞いた。
「養蚕業だ。綾部の方に桑畑を営んでいる」
その真意を千に聞けないのは不利に働くが後で周作に尋ねよう。
「とりあえず、飯を食べよう。今日は焼き魚だ」
千は南山家に囲まれて大広間を出て行った。これはもう故意の行動だ。
高谷に聞かれてまずい話ではないが、周作の部屋で事情を聞くことにした。
「養蚕というのは」
「確かにおおじい様は綾部に畑を持っていると」
周作の記憶ではそうらしい。ただ一向に勇作のことを頑なに話そうとしない。
「一人目ですか」
「いや、四人目だ。大井が数に入っていれば」
大井夫妻、沙織、勇作の四人。凶の鏡は四人を記憶そのまま殺す。勇作が最初からいなかったというのが本当ならば、伝承通りの凶の鏡とは少し解離している。伝承はどこかで齟齬が出るものだ。
記憶を失う場合があるかもしれない。それに凶の鏡であれば亡くなった四人の中で一人が巫女だったのだろう。巫女も死者という計算になるかまでは分からない。巫女も死者ではあるなら、これ以上死者が出ると辻褄が合わない。
「ということは」
「二人目の可能性がある」
「二人?」
かんざしが発動して、凶の鏡が別件という扱いになれば沙織と勇作は凶の鏡で消えたことになる。それなら最低後二人死ぬ。
「沙織の婿候補は沙織が生きていると思っている。凶の鏡なら発動させたのが婿候補でも、それでも辻褄が合わない。それなら婿候補は他にも殺しているはずだ」
手近な高谷や偶然出会った俺が候補に入るだろう。千の話では沙織は死んでいる。それがますます話をややこしくしている。
考え込んだ。それも奥にある凶の鏡を見たら分かることだ。適切に保存されていれば凶の鏡である可能性はなくなるし、動いていれば凶の鏡であることで決着がつく。
「注意が千さんに向いている今はチャンスです。奥に行きませんか」
「そうだな。連れて行ってくれ」
周作は周囲を注意深く観察し、廊下を静かに歩いた。古いもので足元はギシギシ鳴り、外は風が吹き暗い。少し雨も降っている。
奥にはすぐにたどり着いた。しめ縄で封印されている扉は開いた気配はなく、ここに封印されているならば、音が鳴るはずがない。専門的に見ても封印はしっかりしていた。では何が障っているのか。
「ここに封印されているならば」
「そうですね。ここにあるはずがないです」
「あるはずがない?」
後ろの気配は袋を被せられて分かった。暗い向こうで総悟さんごめんなさいと声がした。すぐに両手は縛られて、頭に衝撃が走った。
どこかに転がっている。手は拘束されておらず、目の焦点は合わず、何度も目を瞬いた。
「新入りさんですね」
優しく親切な声がした。出せたのはかすかな声で、その声は優しい声に対しての確認だった。
「内藤さんですね」
「はい、私は内藤です。そしてあの方は」
「勇作さんですよね」
佳也子さんも役者だ。人質にされるとなると違和感なく、凶の鏡の効果を演じた。
「理解しました。これは宋雀の砂です」
起き上がって、あぐらをかいた。頭はまだ痛い。
「宋雀の砂?」
説明をした。砂を撒けば死者が生き返り、その実行者が代わり首をくくることになる。そして、首をくくった結果、実行者以外の死者は消える。
口裏を合わせておけば、内藤さんを消すこともあの家族なら考えるだろう。
「お守り袋に何か」
胸ポケットに入った袋が見えた。作業着という装備ではない。
「隠していました。ヒモが傷んでしまって」
「南原の楠だ。初めて見ました」
俺は素直に驚いた。これまで扱ったのは悪い障りのある呪物だったが、こんなに良いものを見るとは。
「そのなんばとは」
勇作さんが俺と内藤さんの横に近寄って来た。
「ナンヴァの楠というのが正しいです。ナンヴァは東南アジアの聖堂の庭で孤児に育てられた穢れを知らない楠です。毎夜、聖堂で祈る女性の心で浄化されて孤児たちが旅立つ時に楠の皮を貰って、お守りにします」
「皮を剥がすなら良くない効果がありそうだな」
「楠も分かっているというのが伝承です。子どもたちはその代わりこまめに世話をするのです」
「よくご存知で」
内藤さんは驚き、お守りをまじまじと見た。
「帳簿にも記載はなかった。留学をして知った呪物です。興味本位ですが、どこで」
「祖母が持っていたものです」
「幸運を呼ぶなら僕たちは助かるのか」
「限定的な呪物なので、内藤さんにしか効きません。楠にとって内藤さんと勇作さんに俺は同じ目的です。ここから生きて出ること」
「もし僕が違う目的で動いたら」
「どうなるか分かりません」
隠しているならそれも分かる。着物までに効能はなかった。家に着物はあまりにもそぐわない。知っている効能にしては規模のバランスが揺れている。待てよ。
「内藤さん、この屋敷はいつから」
「私が五十年前にこの地に来た時にはありました」
二十から勤めて七十か。もしくは三十から八十。さすがに九十には見えない。
「主は」
「一回変わりました」
「南山に変わった時に何か申し送りはありましたか」
内藤さんはうーんとうなった。
「なんでもいいです。些細なことでも」
「特にありませんでしたが、南山様になってからは枯山水がお好きでした」
枯山水には石と砂が必要だ。でもまさかそんな。




