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第25話 副本

 部屋に帰ると布団が用意してあった。探られて困る物はないがぎょっとする。話すのは嫌いだが、心配りはするらしい。俺は迷うこと前提で屋敷の中を探検しようと思った。

 大広間では宴会が行われている、廊下は寂しいものだった。ふすまの向こうは暗く、女中でないので入室することはなかった。

「八鹿さん?」

 目の前の暗闇から声がした。若い男性の声に吐息と変わらない反応をした。周作が歩いて来た。

「周作くん」

「屋敷の中を探検ですか」

「あぁ、まぁ」

 初対面の人間に臆することなく話せるのはそういう訓練を受けたからだ。それが大学かしつけかは分からない。

「何か疑っている?」

 不審さを覚えて追及したくなるのは当然のことで、こちらは招かれていない側だ。積もる話がある千と違って俺たちは外野の人間。逆の立場でそういう状態ならそういう聞き方をする。

「どうかな」

 ここでこの家に不審さを感じていないと言い切るにはあまりにも安心感はなく、向こうもそれは分かるだろうと投げかけた。

「まぁ、いいや。八鹿さんは骨董の人でしょう」

 自己紹介をしたがあの中で真剣に覚えている人間はいなかったように感じていた。

「これ」

 カバンから小机の上に取り出したのは古いノートだ。嫌な予感がする。

「僕も持っているの。八鹿の帳簿」

 表紙には赤い文字で八鹿の文字と骨董古書店暁月堂と書かれている。

「そんな馬鹿な」

 帳簿なんて店に一つあればいい物なのに、他に所持者がいたなんてそんな話。

「そうです。僕も驚きました。八鹿さんが現れるなんて思ってみなかった。僕の部屋に来てください。訳を話します」

 何の疑いもなく入った周作の部屋に入ってから周作は思い付きで作ったノートで釣り上げて危害を与えようとしていると思い至った。そういう可能性に気づかなかったのは周作が純朴そうで人の良さそうな人物に見えたからだ。

「そこに座ってください」

 そう考えだすと予感は変わらない。何かあった時の為に逃げる為の導線を確認した。それでもコトが起こってからでは遅い。周作の体はスポーツをしている雰囲気ではない。黒い和装の青年だ。

「さて、どこから話しましょうか」

 話は十年前にさかのぼる。

 十二歳の周作は大井の家に家族で訪れることが多かった。仲は良く関わりがあったそうだ。大井夫妻は無類の旅行好きで家に遊びに行けば旅行の話をして聞かせる。両親は笑顔で聞いているが周作は遊びに行くというよりは話を聞かされに行く外出が苦痛だった。

 両親にどこか遊びに行きたいと伝えると大井夫妻は公園で行われているなんでも市に連れてくれた。

「なんでも好きな物を買っていい」

 そう言って五銭をくれた。なんでも市は安い物ばかりだが、無駄にはしたくなかった。そう思ってウロウロと巡っていると小さな水槽に魚の卵のような生き物を漂わせている老人のスペースに行きついた。大柄で声が低かったそうだ。

「お兄ちゃんいらっしゃい。どうだい。トカゲの目にヘビのはく製、それにスッポンの精力剤。これはまだ必要ないか。三つセットで一円」

 歯の抜けた口は黒くて、それに吸い込まれてしまいそうで怖かった。

「こんななんでも市の奥深くに子ども一人とは珍しい。訳を話してごらん」

 そう言われても何をどうしたらここを切り抜けられるかを考えていた。老人は周作をまじまじとなめるように見た。

「いくら持っているんだい」

 周作は震えをごまかそうと勇気を振り絞り、五銭だと答えた。

「五銭かそうだね。価値はそうない物で読めそうな物。これなら後々役に立つかもしれない」

 そう言って老人は一冊のノートを押し付けた。老人は帳簿と言った。

「お兄ちゃん、いいかい。これは副本だ。もし正本が出て来たら、出してやるといい。相手はさぞかし驚くだろう」

 どうやって見つけたらいいかを聞こうとしたら、品物をそのままに老人は姿を消していた。残った売り物は気持ち悪く感じて、周作はそこから逃げ出した。なんでも市の出口で大井夫妻は待っていた。

「そんなシミだらけの本がいいなんて男の子ね」

 十年前なら先代の八鹿かもしれない。ただ本当に驚かせたいだけというのは納得できない。正本は俺が副本は周作が持っていた。周作は名乗った時にもしかしてと察した。思い切って聞いてみたというわけだ。

 副本を見せてもらった。内容はほぼそのままだった。だが、付録と大きく書かれた次のページからは狂気を感じさせる書き込みでいっぱいだった。読もうと粘れば読める文字もあったが、すぐと見て理解できるほどの物ではなかった。

 ほとんどが紛失と書かれており、知らない品も多かった。

「読んだのか」

「乱雑で苦労しましたが、一通りは」

「この紛失は何を」

 二人で読み進めて、困ったのは紙と筆だった。どちらも周作に貸してもらい、紙に認めた。

「宋雀の砂ってなんですか」

 偶然知っていたので、内容を話した。江戸時代、飢饉に苦しむ民に何か力になれないかと思った僧侶宋雀は念を込めた石を複数の村に置いて行った。置かれた石は効力を発揮し、村々に雨を呼び込んだ。

「それであれば宋雀の石であるはずでは」

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