第23話 南山一家
「高谷、本当に見つかった夫婦は南山沙織の叔母だったのか」
茶菓子をおばあ様が「この菓子は固い」と言って離れた隙に肩を叩いた。
「叔母で間違いないよ。縁者に須藤が聞いたって」
ここまで言って言葉が詰まった。
「鏡は伝承通りなら四人殺せば不幸は回避される。必ずしも縁者に限らない。この町で確実に一人は死ぬ」
「それはこの家の人ですか」
「それも込みで早いところ南山邸に行く必要がある。案内してくれ」
「おばあ様、少し出てきます」
「ちゃんとお守りするのだぞ」
「分かっています」
「お守り?」
「総悟さんは私がお守りする立場だと思っているのでしょう。急ぎましょう」
駅を挟んで北の南山邸に着いた辺りで太陽は真上にいた。十四時くらいだろうか。ジリジリとした暑さが肌を焼く。ドアチャイムを鳴らしたが、奧の林から人の気配がない。
「この時間には内藤様は庭の手入れをなさっています。いつも門は空いているのですが」
「内藤様?」
「ここの使用人の方です。長くてもう五十年になります」
「あら、あなたも呼ばれたの?」
後ろに車の止まる音がした。千は呆然としていた。
「千、あなたまるで幽霊でも見たみたいな、ね」
ワンピース姿の清楚で子どもっぽい顔立ちの小さな女性だった。
「八鹿総悟と申します。こちらは高谷太一」
「私は南山沙織と申します。お二人は凶の集いに呼ばれたのね」
「凶の集い」
「まったくおおじい様も困った人ね。お金を持っていて、幸福だって言う人は絶対に裏があると思っていたのだけど」
「千、これは」
「ここは任せましょう」
千は小声で袖を引いた。
「それであなたたちはどこから」
「大阪から」
「千も?」
「うちの使用人で」
「ふーん、それより入りなよ。ここにいるってことは誰かに必要とされる証明だからね」
門の中に通されて、沙織は車に乗り込んだ。俺たちは車の後ろを追って敷地に入った。道は千が覚えていて、高谷はどういうことかと聞きたそうだが、この状況が疑問に満ちているのは俺も一緒だった。
南山沙織は死んでいる。それなのに車にいる。あの須藤を連れてきて人相を確認すれば良かったが、顔を知る千も驚いていたので、この女性は沙織なのだろう。
気になるのは凶の集いと、生贄を誰に選んだのか。帝塚山の資産家夫婦に沙織で後一人のはずだったが、沙織が死んでないとすると。
桜華亭は洋風建築だったが、車に追うとすぐに見えてきたのは枯山水の庭園と和風の大きな屋敷だった。車が止まると沙織は車から飛び出したようで、運転手はトランクから荷物を出すのに目もくれずに小さな庭園の奥に消えた。
「ただいま」
沙織が小走りで歩いて行き、聞こえた時には向こうが玄関、そこで会った沙織しか情報がないのにどう入っていけばいいのか。千は俺の袖をつかむと一つ頷いた。任せておけと言いたげだった。高谷も不安そうだが、千の顔を見て覚悟が固まったらしい。
庭園を横に見て、大きな玄関の前に立った。
「こんにちは南山のおおじい様。末家の千でございます」
おおじい様は腰も曲がらずに四尺と何分かの白髪の背が低い老人だった。
「おぉ、千か。久しいな」
溌剌としたおおじい様は千の両手を握った。千と再会したおおじい様に自己紹介をしたところをうんうんと頷いてくれた。こんな平日の昼間に丁稚に出ているはずの千が心配になったのだろう。
「丁稚はどうした」
「奉公先が」
それだけで察したおおじい様は千の肩に手をやった。
「じきにいい奉公先が決まるさ」
「奉公先は見つかったので」
千は恥じらいながらおおじい様の手を外し、俺の袖をつかんだ。おおじい様は俺の顔と足を流れ見て一言。
「どこぞの大店かは知らないが、あまり乱暴にすると千は壊れてしまうぞ」
気まずそうに言ったおおじい様に千は何のことか分からないようだが、俺は言い返そうとしたのにおおじい様は千の手を引いて奥へ歩いて行ってしまった。
「どんな趣味でもいいけど、大金持ちになってからそういうことをした方がいいぞ」
そんなことではないと言おうとしたのに高谷は靴を脱ぎ歩いて行った。奥の大広間には様々な人間がいた。ざっと十六人、そのうち半分は使用人でそれ以外の八人が親族だろう。
突然の来客に驚いたのは使用人、食事の用意もあっただろう。おおじい様は年かさの使用人に指示を出していた。少し見に行くくらいの気持ちであった為に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
大きな屋敷であったので予想はしていたが、広々とした大広間でおおじい様を奥にして、勢ぞろいしていた親族はおおじい様が八十で南山弥右衛門。
南山栄太郎は五十でおおじい様の長男で独身。
南山勇作はおおじい様の次男で四十五の会社員。
南山佳也子は同じく四十で勇作の妻。
南山周作は二十二で勇作と佳也子の息子でおおじい様の孫。
南山沙織は二十五でおおじい様の孫。
南山惣一郎はおおじい様の従兄弟で七十五。
南山ハツはおおじい様の姉八十五。
弥右衛門の長女の沙織の母親ソノと父親は亡くなっており、今回殺された大井夫人が弥右衛門の次女らしい。勇作とその家族と沙織以外はこの屋敷で弥右衛門と同居しているそうだ。
使用人はサイとコマとツマまで分かったが、他は分からなかった。
改めて身分を話すと反応はそれぞれで弥右衛門は笑顔で、栄太郎は気難しそうに腕組みを、勇作と佳也子と沙織は少し笑みを浮かべて、周作はどこか警戒をしているよう、惣一郎は配られた茶に口をつけ刺すような視線、ハツはまるで魂が収まっていない風だった。
みんなの前でおおじい様に紹介されて頭を下げた。千はよく知られており可愛がられたが俺との関係性を千が説明すればするほど俺に向けられる視線は冷ややかになった。
今度から人の前で「私がいないと何も出来ない」や「夜はとても眠ることが出来ない」や「お嫁さんも私がいればいらない」と誤解をされやすそうな紹介はするなと言いたい。
確かに千がいないと家事全般はしないし、夜はまだ暑くて眠りは浅いだろうし、お嫁さん云々は周りが言うだけであり、俺は一回もそんなことを言っていない。
隣から高谷が「やっぱり」というのを聞かないふりをするのは苦労した。
「さて、みんなに集まって貰ったのは他ではない。先日、藤一郎とシチの死体が大阪で上がった」
事前に聞いていたようで親族に驚きはなかった。
「そこで凶の集いをすることになった」




