第22話 凶の鏡
何とかごまかしたいと思っていた。これで高谷との遠征に千が行くことが決定した。
鉄道に乗るから荷物は最低限でと言ったが、大した量にならずとも、お土産は一品にすることになった。思ったより浮かれていたことは店を出てから気づいたのだ。
町に近い駅に高谷が着いていた。高谷は文音好みの派手な帯を巻いていた。黒い袴に赤い帯は場違いに思える。一方、俺と千は紺色の着物に黒い帯だ。文音は次から次へと派手な帯を持って来るが、千のお陰で黒調の服を継ぎ接ぎながら長く着ることが出来ている。
高谷は文音に憧れを寄せて、文音がいいと思う物は片端から身に着けている。文音に対して恋愛というか師匠のように考えているところがあり、文音は捨てても良い物を高谷に押し付けている。まるでゴミ箱のように扱われていることに高谷は気づいていない。
「遅いぞ」
「まだ朝だ」
早起きの方ではないし、寝起きもいい方ではない。暑い中、駅まで歩いて来ただけで評価をして欲しい。
「アイスクリームも溶けてしまった」
「高谷さんの分です」
布でまかれた小包を千は高谷に渡した。
「いいね、お弁当かい」
「行きは混むかもしれないので、梅干しを入れています」
「いい嫁を持ったな、総悟」
「嫁だなんて」
前も思ったが、誤解をされてしまう。どうしてそこで頬を赤らめるんだ。
「千、俺の分は」
千の頬は膨らみ、少し怒っているように見えた。
「用意しています」
その固い言葉は文音風に言うと「本当にアンタ察しが悪いわね」という時の顔だ。似る相手は千ももう少し考えた方がいい。とはいえ、生臭坊主に天然警官に年中サボり魔商店主の中で似てもいい人材はそういない。消去法で文音しかいないのは悲しい。もう少し丸く似て欲しいところだ。
鉄道で京都へ向かい、汽車に乗り換えたところから人の数は目に見えて減った。爽快な保津峡を通り、亀岡盆地はすぐだった。ロータリーまで迎えに来るということは期待をしていなかった。
「ところでどこのお宅を調べるのですか」
「地主の南山さんだよ」
高谷はそう話すと、先を歩く千の足が止まった。足元を夏と感じさせない冷たい風が吹き抜けた。
「その南山さんの誰さんのことを」
「沙織さんと」
蛙の鳴き声と蜩の音がうるさいほどに聞こえている。
「沙織さんは四年前にお亡くなりになりましたよ」
田舎の誰もいない道に声が響いた。
「え、ちょっと待ってね。確かに紙には南山沙織と」
目の前で高谷と千が紙を見ている。振り返ると駅が遠くに見えた。平和に終わる事案ではない。帳簿には「南山・凶の鏡」とあった。四人の幸せを先に得て、最後にはそれらを奪われ不幸が訪れる。ひと時の幸せをもたらす呪物、先代が当時の主人に売ったそうだ。
「千、案内してくれ」
「南山邸ですか」
「千の家だ。作戦会議の必要がある。連絡は?」
「いきなり行っても大丈夫ですよ。みんな優しいので」
その優しいはあくまで身内評である。高谷は金持ちの家に入るのは初めてだと興奮気味で、千はうちの大根の漬け物が美味しいと期待させている。
貧乏で千を外へ出すにしては家が大きかった。これは奉公に出なくてもいいだろうと話を聞くと、ここは本家で千の生家は末家らしい。門の前で俺が声を掛けると、奥から長い得物を持った老婆が歩んで来た。
「何用だ」
老婆にしてはしっかりした声だった。まだ若い者には負けぬは甘い想像ではなく高谷くらいなら倒すことは出来そうだ。
「初めまして今日からお世話なる。高谷と申します」
「お前は誰だい」
「ですので高谷太一と申します」
突然訪ねて、お世話になるもない。
「職業は」
「巡査です」
老婆は少し悩み、奧に声をかけた。
「ヨネ、アンタ警察好きだろう。都会の巡査が何の因果か亀岡の地に舞い込んで来た。これは好機」
「おばあ様、私です。千です」
「何しに戻って来たんだい」
実は、そう言って俺の素性と関係性。今の仕事、今回のことは高谷の上司の件でと流暢に話してくれた。
「結婚はまだかい」
「まだですが」
尋ねられた高谷は恐る恐る答えた。
「巡査、独身男性。ならば」
「おばあ様、その話は」
「それで寝るところかい」
察するが早くて助かる。
「相談する場が欲しい」
こちらの言葉に老婆は少し考えた。
「食事は千が世話になっているので、用意しよう。部屋は急に言われても用意が出来ないので少し待ってくれ」
「いいのですか?」
千も驚きと嬉しさで声も明るい。みんな優しいとは言え、少しばかり不安もあったのだろう。
「高谷殿、農家の旦那枠に興味はないか」
どれほど農家は良くて、巡査をしながら料理上手がいる家に帰るのはいいかをおばあ様は高谷に聞かせているのを背後で聞きながら裏の陰で帳簿を確かめる。
「それで凶の鏡って」
「中国の小さな町で吉凶を占う者がいた」
そう能力の高い占い師ではなく、いつも酒を飲み、その場限りの占いをして日銭を稼いでいた。能力的に当然だが売れることのない占いを他者が悪いと思い込み、何の修行もせずにそのうちお上に窃盗で捕まってしまう。
「お上はこの鏡をきれいに磨けば許してやろうと言うんだ」
「それって鉦の」
鉦も確かにそうだが、あれは五割の確率で人に永遠の富を与えるが、鏡は性質が違う。
「お上はその効能を知っていたのか、占い師に家族を与えた。最初は不審がっていた占い師も妻やそのうち出来た子のお陰か、更生して真面目に修行して著名な占い師になった。ある日、お上に呼ばれる」
お前は幸せに暮らしたな。どうだい、ここで元に戻そう。
「元に?」
「あぁ、鏡を持つ前の状態に戻される。男は記憶そのままに妻と三人の子どもを奪われた」
「その話で言うと能力値も低く、酒を飲み溺れる?」
「あぁ、凶の鏡は数年幸福をもたらすが、数年で幸せを消す鏡なんだ。お上はきっとそれに気づいていた。実験台を探していたのだろう。伝承では四人消える。南山で何か祝い事がなかったか」
かんざしの関わりがあったならまずい。生気を吸われる代わりに貧乏人が金持ちになるかんざしと、先に幸福が来て後に障る鏡。




