第21話 私の生家は亀岡です
一通り終わり帰ったのは一か月経った頃だった。何か忘れているはずだ。帰ってからせかせかと千は片づけをし、来客の対応は千が行った。
「総悟さん、高谷さんです」
かんざしだ。
「落ち着いたなら知らせてくれ」
あの件は聴取で忙しかった。佐川は別の案件で逮捕されて、稲生の噂は消えた。
「時効だ」
「そんなわけあるか」
「あれから事件は起きていないし、かんざしの障りはない。不審死として扱われて、捜査は終了」
「うちの上司が熱を入れている。婚姻相手の叔母だそうだ」
厄介なことになってしまった。
「とにかく捜査本部に戻ってくれ」
頷いた覚えはないのに高谷が車は坂を上れない、千に総悟を借りていくと言って、手を引いた。助けてくれと視線を投げても笑顔で手を振るだけで助けてくれない。しまいには「電話の修理の手配をつけておきますので」と。
本部の出入りは少なく、部屋も小さくなっていた。
「来てくれたか」
須藤の顔は少しばかり晴れやかになった。
「強引にです」
こちらの表情も見ずに勝手に須藤は話を始めた。
「さて、捜査の方向だが」
絞殺死体と分かってからしばらく何事もなかった。引き取り人が現れることもなく、火葬し共同墓地に入ることとなった。しかし、かねてより須藤と付き合いのあった女性が叔母の行方を捜していると言い、軽口で資産家の女性が川で上がってと言ったそうで、状況から女性の叔母であることが分かり、遺骨は女性の実家で弔うことになった。
「それでうちの上司は女性と連絡を取れなくなった。どう思う」
須藤に聞こえないように小声で高谷は尋ねた。
騙されている一択だ。ではなぜ騙したのだ。骨には何の効能も残っていない。
「その女性の実家は」
亀岡の名家だそうだ。須藤は逆玉の輿と話している。
両親との挨拶も済んでいるそうで今さら信用出来ないと言い出すと、信用をしてもらえないと女性に思われるのは嫌だというので、ならば高谷と俺で行くとのこと。
俺たちは婚約相手を探す探偵ではない、一巡査と一商店主だ。呪物がからんでいるが、今すぐに障りそうにない。
「もし頼みを聞いたら昇任試験に口をきいてくれるって」
足元を見られていることを高谷はおそらく分かっている。
「八鹿が置いた物があるかもしれんな。かんざしはやや気になる」
「店には千がいるのか。電話して帳簿を持って来てもらおう」
高谷は部屋を出ていこうとした。
「まだ修理が終わっていない」
「信じられない。電話なしでどうやって生きて来たのだ。人を走らせろと言うのか」
「帳簿の場所は俺しか知らない」
これから千にも教えることになるが、今は俺だけの知る物にして欲しい。使用人はまだ帳簿を預ける人間関係ではない。
「車で送ってやる」
署を出て、店の下の坂の前に車を止めた。
「また来るよ」
「今でなくてもいいのか」
「準備が必要だろう。今、帳簿を見てすぐに出る答えではないだろう」
高谷は坂を下りて行った。坂より寺の階段の方が楽だろう。
「千、帰ったよ」
「総悟さん、お帰りなさい。今日も暑かったでしょう」
店までパタパタと千が出て来た。
「気候がおかしいよな。ったく高谷のやつスイカくらい駄賃でくれたらいいのに」
「スイカなら椎名さんが」
どうせたくさん貰ったから、分けてやるというお願いスイカだろう。
「何個だい」
「六ほど」
高谷に持たせたら良かった。
「電話は直った?」
「部品の取り寄せに一週間」
思っていた一か月よりかはマシだ。
「しばらく店を空けるかもしれない」
「置いて行かれるのですか」
千の責める声は文音をほうふつとさせる。桜華亭は連れて行ったではないか。
「その今回は遠くて、亀岡の方なんだ」
山越えは桜華亭にはなかった。面倒な道中になる。それこそ何日かかるか分からない。
「亀岡なら私の生家です。泊まる場所は確保できるかもしれない」
言葉に詰まると千はニコニコ笑って「スイカは切っておきましたから」と下がった。
今回の事案、最大の問題は宿泊する所と拠点がないとことだった。渡りに船なのだが、この上手くいきようには少し疑念が上がって来る。千の実家が亀岡なのは知らなかったので、偶然だ。だけど、気持ち悪かった。
スイカを食べるくらいの時間はあるだろうか。それにしても医者と結婚した姉と病気の妹に体の弱い両親がいる実家に居座ることは出来るのか。
高谷が店に訪れたのはあの警察署のことから三日経ち、スイカも二個ほど消費し終えた暑い昼間のことだ。高谷に二つ押し付けた。
「どうした」
番台の横に厚かましく座った高谷は。
「可愛い女の子を捕まえる為の本が欲しい」
用事は捜査ではないのか。
「その為に本を売ったんだが」
「難しいのは嫌いだ。それに人妻は求めていない」
少しは読んだみたいだ。人妻と堕ちていく官能小説を渡したのだ。
「何用だ」
分かって聞いた。
「須藤の件だ」
須藤は文を出しても返信はなかった。郵政局の知り合いに聞くと手紙は間違いなく亀岡に届いているはずだということだった。親からも早く婚姻の話を進ませたいという意向もあり、骨董屋に任せて自分は出来ることをしようと。
「その出来ることはなんだ」
「仕事に勤しみ、いつ彼女が見つかってもいいように官舎ではなく、持ち家で住むことが出来るようにする。ということらしい」
「それではあれかい。自分は将軍で家来に身の回りを任せるってかい」
「そういうことらしい」
冷笑気味の高谷に同意したい。
千は奧から盆を持って現れた。
「黒豆の茶です」
「総悟はいい嫁を見つけたな」
「嫁だなんて」
千は赤面をした。
ちょっと待て、誤解されるだろう。
「使用人だけどな、文音が好き放題教えるからたまった物ではない」
「文音さんに似てきたとか」
無言で察しただろう。
「その話、混ぜてください」
「千くん、これは大人の話だ」
「そうだ。奥に引っ込んで」
「総悟さん、高谷さんにまだ言ってないのですか」
「そのうち言おうとして忘れていただけだ」
「高谷さん、私の生家は亀岡にあります」




