第20話 愛していない
「人形に化粧をすればそれっぽく出来ます。俺たちはまんまと騙されたわけです。生臭い肉は牛でも豚でも容易に準備は出来ます。大方、主の使用人の中に混ぜたか、もしくはバックで仕事をこなしているか」
「それにしてもあの子はなんでこんなことを」
こんなことをしても先代鹿内さんは困らない。招待された人間を殺しても一時の快楽だ。あの娘ならそれくらいはするかもしれないが、あまりに短絡的すぎる。
きっとここで使った呪物は盗品だらけのはずだ。明日になれば千が警察を連れて帰って来る。なぜ正面があんなに強固なのに裏があんなにゆるかったのか。
「先代鹿内氏に注目してもらうことが狙いだったのか」
「さっきの話」
美琴がつぶやき交じりに顔色を暗くした。出来過ぎたブラフがとんでもない刃になったことに驚いているようで、俺もこの通りなら見事だ。そう思った。
「盗品を囲い込むなんて、この辺りの闇行商人に聞けば手に入るでしょうし、本家に通じている人間がいれば本家のものでも持って来ることが出来ます。その盗品を集めて警察に捕まれば、自分のことを見て貰える。それが先代鹿内氏の破滅に繋がることを理解せずに何が盗品か分かれば、こちらも比較的にコントロールしやすいです。警察に確認を取りに行っています。ツテがあるもんで」
「骨董屋になるとそこまで」
稲生は感心して、新聞を持っている。さっきの話がどれほど有効か見ているようだ。残念ながら大手の新聞屋に鹿内淳の情報は経済紙には乗っていない。
「ただの幼馴染ですよ」
「警察は相容れないもので、もちろんお金は払いますがいつか裏切る生き物ですから」
佐川のつぶやきを流して、稲生はグッと伸びをした。
「それにしても美琴ちゃん。なんであんなに知っているのだい」
「噂には敏感なんです。無理につけたから知らないと言われたらピンチだったけど」
美琴はグッと伸びをして首を鳴らした。
考えてみたら数時間前の話。誰も互いのあらを探して糾弾しなのはおかしくない。下手に犯人になるのは誰でもごめんだ。
「明日から戻るのが憂鬱だ。先に風呂はいただくよ。今日は一人ずつがいいよ」
「俺が先だよ。稲生さん」
稲生と佐川は笑い合って肩を組んで広間から階段を上がって行った。
「私も眠るわ。火事にならずに明日を迎えたら及第点。八鹿さんは?」
「もう少しゆっくりしていくよ」
「明日が来ることをお互い祈りましょう」
俺と千を置いて美琴が広間から出て行った。それにしても幽霊にしたのはなぜ俺と千だったのか。入れ替わりに老紳士の使用人が入って来た。
「明日の朝食は何時からですか。朝食なんて来ませんか」
主の前に比較的顔を見せない老紳士。正体は分かっている。東山邸から近いとは言え、ここは一時間ほどかかる。家付きの使用人に見張らせるのは容易ではないはずだ。盗品だらけなら、よほど信頼している使用人をつけないといけない。
「本当に持たれているとは思いませんでした。所持者だけに障ると分かって持っているなんて、すごいな」
「何を根拠に」
きっと老紳士の服の中に将門の唐衣があるんだろう。この老紳士の気配で分かってしまう。ではなぜ今も生きているのか。
「あなたは本当の鹿内さん。こんな言い方は止めましょう。鹿内さん、あなたは風評被害が出る前にここの人間と愛人の娘を殺すのですね。彼女は知り過ぎた。あなたは評判を落とされるくらいなら、唐衣をどうにか押し付けて華を殺す。俺は知りませんが唐衣の障りをはねのける方法があるのでしょう。そういう行動を起こすほどにあの子を愛していない」
自分を守る為に先に潰す。そして殺人が成功し、娘の遺書を書いて殺す。だと思うかではなく勝手でしかない。この男は自らの名誉の為に関係のない人間と殺すのだ。
娘をろくに愛していないことが分かるから、どうせ愛人の娘だ。隠し子はさぞかし扱い辛く、邪魔だ。しかもその娘が盲目的に自分を欲している。野に放つとどこで爆発するか知ったものではない。この館は管理下に置くにはちょうどいい。東山邸から遠すぎず、ちゃんと大切にしていますよとの態度も出せる。
「分かった。あなたは返してあげよう。もう時間がない、あなたが警察を手配しなかったらあの子を殺すだけで済んだのだ」
「だそうだ」
さっき別れた面々が戻って来た。美琴は主を引きずって現れた。
「本当に父親の誕生日が部屋の暗証番号だったとは、確かにあれは金庫だわ」
手紙に廊下の奥にある金庫扉を開けるように書いていた。
「華、なんで」
「お父様、もう終わりにしましょう」
「終わり? もうとうに終わっている。お前がどうなっても私の地位は殺される。私は最後に抵抗をするのだ。お前こそこの人たちを殺そうとしたではないか」
言葉に詰まらないで欲しい。
「生かして明らかにする未来より、殺して蹴落とされる未来を選ぶのか」
俺の追及に老紳士は白髪のかつらを引きちぎった。頂点が禿げた黒髪が見えた。老紳士、鹿内さんはつけ髭と仮面を叩きつけた。
「もう終わりだ。私はお前など愛した覚えはない。よくしてやったのに恩を仇で返して、どうしてくれる。もう終わりだ。こんな布引きちぎってやる」
呪物が壊れるところを見るとは思わなかった。頑丈かと思ったけど、随分昔の品だ。すぐに破れた。同時に何かが割れる音が聞こえた。間に合ったようだ。
「入って来るな、爆発させるぞ」
後ろを向いた鹿内さんの頭に美琴が飛び蹴りをした。
「父親は柔術の師範もしていたの。秘密にしてね。素人蹴ってはいけないって言われているの」
千と合流したのはその後のことで、主が置いた物はほとんど盗品だった。鹿内家に売った兄弟の方鶴の相方がかけていたのでしっかり働いて災いを貰ったし、美琴の狐は嘘つきを無限回廊に導くとあるがまだギリギリ嘘ではないので免れたようだ。他の呪物は発動条件にならなかった。呪物の基準は大雑把で難しい。
先代鹿内氏は殺人未遂と窃盗の罪で逮捕。主、華は窃盗の疑いで逮捕。後に押収品の件を椎名に連絡をしておいたのでしかるべきところに供養してもらうことにした。
これほど名誉に傷がつくことはないだろう。死刑よりも辛いことになる。舌を噛み切って死ぬかもしれない。
新聞が号外を撒き、裁判を受けるまでも生きることが出来ずに牢屋の中で亡くなった。
表では獄中で生を終えたとなったが、後で高谷が聞いたところ引きちぎられたように体が獄中に散らばっていたそうだ。棺桶は最初から閉じられて開けることが出来ないようになっていたとか。現場を見た看守は勤務できなくなったらしい。今回のことで呪物を壊すのは最悪だと強く思い知った。
華は正直に全てを話せば話すほど世間から優しくされて、鹿内本家の評判は落ちた。東山邸は更地になり、親族縁者は地方に散ったと。情状酌量の末、華の刑期は短く済んだが桜華亭は売りに出されて戻ることが出来なくなった。




