第19話 鹿内氏はまだ死んでいない
「そんなの全て手紙に」
人間は予測不可能な動きをするから面白いが、手紙にはゆっくり着実に議論をしろと書いたはずだ。
「誰からの手紙ですか」
「鹿内さんからの」
佐川が何を言い出したか稲生はすぐに思いついたらしいが、慌ててしまってどんどん取りこぼしている。
「いまどき幽霊からの手紙を信用されるのですか。都市部で幽霊からの手紙を信じるなんてナンセンスですね」
稲生は何も言えずに詰まった。そもそも最初から穴だらけなのだが、そこには誰も触れない。
「それで誰が私を鹿内氏と証明するのですか」
負けだ。稲生の馬鹿野郎。
「ならばなぜ、この屋敷に現れた仮鹿内氏さんとしますが、あなたはなぜそんなミスを犯したのか」
美琴はとうとうと話し始めた。
「ミス?」
「こういう噂があります。先代の鹿内さんには愛人と子がいたと、そしてその愛人に屋敷を与えた」
「推測だ」
素早く短く主は音を発した。
「ですが、私たちは既に仮鹿内氏さんが本当の代替わり鹿内さんではないことを証明しました」
そんな話は知らない。そもそも何も証明していない。
「そうだ。鹿内は代替わりじゃない」
主がブラフにのった。
「この建物はどういう名前なのですか」
「桜華亭だ」
「愛人は桜というそうです」
佐川と稲生の表情が揺れた。俺も驚く、これが本当なら大穴だ。
目に見えて焦り出す主が少し愉快に思うくらいはいいだろう。これまでさんざんこけにされたのだ。
「愛人は桜。愛人はとうに亡くなり、娘の華が山崎の屋敷にいると。その屋敷の名前は桜華亭。娘はちょうど十六歳。あなたは愛人の娘ですね。それなら出来過ぎです。自分の話が真実かと聞かれたら困ってしまいます」
「それの何が何の証明に、脆弱性はある。鹿内氏はここでは死んだ」
主の口から出る言葉はよく思考し噛みだされたものではない。口先だけで反応していると見える。必死さに俺は少し引いていた。
「ここではということは死んでいないのですね」
「死んだのだ」
「今から鹿内さんの部屋に行きましょうか」
「話は鹿内の話ではないだろう。幽霊の手紙は、お前も証拠にならないと言っている」
主が混乱して、さっきの稲生ではないが取りこぼし始めた。表情は揺れ、声はうわずっている。
「確かに証拠にはなりません。暁月堂さんが死んでいる上に死者からの手紙を認めないあなたの言葉はここでは有力です。この屋敷に将門の唐衣が本当にあるのかは証明出来ません。この屋敷で起こったことは骨董品による殺人なのかもしれない。私が知っていた噂は本当ではないかもしれない。桜華亭の話は出来過ぎかもしれない。娘はいなくて、息子かもしれない」
「妄言だ。何の証明にもならない」
大声を出してごまかしているが、主から余裕は消えていた。何かの仮面をつけることさえ出来ない。
「そうですね。ここでは鹿内さんが何者かに殺された。その犯人がこの中の誰かだ。その可能性を捨てきることを私たちは出来ません。幽霊さんはこんな面白いことを書いています。将門の唐衣は偽物だ」
そんなことを書いた覚えはない。
「嘘だ。あれは本物だ」
つっかえながら言葉を出す主。
「何を根拠に」
「あれはお父様のコレクションから受け継いだ物だ」
「愛する娘に本物の呪物を押し付けますかね」
「お父様は知らなかったのだ」
涙ながらにまだ自分の父親を信じている子どもを見るのは苦しかった。妾の子は誰かの娘だったという証明を本人の口から語られる。普段ならもういいだろうと止めるが、誰もが静観している。
隠す余裕は既にない。ブラフではなく、美琴の話は真実であることに驚いた。
「では使い方も受け継ぎましたよね」
主の気持ちは大きく削られていく。この境遇なら哀れでもある。
自分の父親から受けるはずの愛を十分に与えられなかった。愛人の母と自分で屋敷に軟禁された。それでも父親の愛を求めて、何がなんでも愛してもらおう。気を引こうと必死だ。主はその場で座り込んで両手でこぼれる涙を拭っていやいやと首を横に振る。
「お父様はそんなことを言わない」
「へぇ、よほど信用されていないのですね」
主は嗚咽しながらよろよろと二階へ逃げて行った。
「言いすぎではないか」
佐川は勢いにおされて細い声で美琴の脇で声をかけた。
「言い過ぎました。でもこうするとちゃんと話を聞けます。私、疲れちゃった。今ならお化け見えるかもー」
安心して座り込んだ三人は顔で笑って足を伸ばした。あまりの表情の代わりようにすっきりした。
「幽霊さんの推理を聞きたいな。今、幻覚見ていまーす。それで八鹿さん、どう思われますか」
早くに確認すべきだったのだ。本当に人間が転がっていたのか。腐っていたのは人間の肉だったのか。そしてあの禍々しい気配が将門の唐衣だったのか。
「あの気配は将門の唐衣ではない」
「その心は」
佐川はそう言ってバシッと膝を叩いた。
「あの布をめくりました。見つかったのはある呪物です」
「何が見つかった?」
稲生はすっかり元気になっている。説明が必要だろう。単語を言っても信じてもらえるか。
「山狸のポンポン並びという品で、毛筆でかかれた狸とその尻尾です。置かれた人の存在を消してしまう物です。皆さんが持っていた呪物はすぐに祟りません。お祓いすればある程度は後遺症が出ませんし、寺を紹介します」
「そのポンポン並びが障ったのか」
「いえ、障っていません。山狸ポンポン並びは他に呪物がある環境下では障らない特性を持っています」
障りはしないが存在はするので、音は山狸ポンポン並びも発していた。
「おかしいじゃないか。確かに鹿内さんは亡くなって」
みんな息をのんだ。この中で仮鹿内氏なる物を見たのは俺だけなのだ。他の人間は障りを恐れて仮鹿内氏の部屋に入ることすらしなかった。千が仮鹿内氏の部屋を探ってくれれば、俺以外の誰かが仮鹿内氏を見ていれば、二度手間ではなかった。
仮鹿内氏が人形であるという共通認識があれば、手紙に仮鹿内氏は人形だったとみんなにとって推測を言わずに済んだのだ。




