第17話 鹿内氏は死に、俺たちは幽霊となった
浴室から脱衣所を出るとタオルが準備されていた。タイミングはよく訓練されている。感謝しかない。
千と脱衣所で簡単に明日の朝の確認をして、自室に戻った。明かりをつけてぎょっとした。黒い布が床に広げられていたのだ。唐衣かと思ったが、布の下には紙が入っていた。
『あなたは死にました。同居人と共に衣服にこの幽霊と書かれた布を胸に貼りなさい』
そういうことか。主の遊びだ。唐衣を早く見つけろというルールで、競わすなんて主の性格の悪さたるや。猫のような性質をしている。可愛い顔をしてなぶり殺しだ。千の部屋に入り、経緯を説明した。千の部屋にも幽霊と記された布が床に置かれていたらしい。
千に縫いこんでもらい、千の部屋を出たのが深夜一時のことだった。朝食は人数分用意されて俺と千、美琴と稲生だった。鹿内氏と佐川は起きて来ない。落ち着かない中、美琴と稲生は平然と俺たちを無視している。指示書のせいかもしれない。
佐川が階段を下りて来たのは集合時間から三十分を過ぎて時計の鳴った時のことだった。
「八鹿さん、唐衣はどんな色なのだい」
「おそらく赤かと」
「鹿内さんが明け方にドアを叩いたんだ。黒い敷物が赤くなっていると、恐ろしくて無視をしたら、外は何も聞こえなくなった」
佐川はベッドに丸まって朝の時報を待っていたのだ。
「後、三十分待ってこなかったら、部屋に入りましょう」
食卓に主が降りて来たのは十分ほどの頃だった。
「鹿内の部屋に唐衣が出た。鹿内は出て来ない」
死がゲームの全てではなく、新しいルールも出て来た。
「八鹿の旦那、調べる方法はないのかよ」
佐川は焦りを隠さず、他の面々もこちらをすがりつくように見ている。
「部屋の前に行ったら独特の音が聞こえます」
真実ではない、音は既に鳴っている。こんな呪物だらけの屋敷で個々の音を聞き分けることほど厄介なことはない。
「ルール違反です。佐川さん、死者と話してはいけません。解決は生者の方々で行ってください。幽霊はどこに行っても構いませんが、生者の邪魔をしないように」
俺と千は早々に食事を終えて屋敷を動くことにした。唐衣もたくさんの人間を殺すのは本望ではない。誰かがなんとかしてくれるのを待つしかない。
本当に鹿内氏は死んでいるのか。それすらも分からない。稲生のまな板の鯉はよく言ったものだ。主によるゲーム大会に食事会場こなかっただけで生物的にはまだ死んでいないのだろう。それならあの主の冷静な態度も頷ける。なぜ笑ったのかは謎だ。サディズムが見えそうだ。
死んだとされる人間が見回ることが出来るのはどの範囲かは分からないが、鹿内氏の部屋に行ってみようか。千に告げるとついて来ると言った。
鹿内氏の部屋の前に着くと蝉の音は雨のせいか聞こえない。ノブに手をかけるとすっと開いた。少しの隙間からお邪魔しますと声をかけて扉を開ききった。動物的な勘がすぐに扉を閉めるに至った。ある、絶対に触れてはいけない物がある。俺は千に戻るように申し付けて、強引に部屋に入った。
ベッドには鹿内氏らしき物が転がっていた。この暑さのせいか腐るのは早いが、まだ死んで時間が経っていない。ゲームなのではないのか。本当に殺すことを容認するのか。
相手のいない挨拶、声をあげて歩き回っても誰も出て来ない。そんな特殊なルールに従っていることも異常だ。恐怖がそうさせているのだろう。
とにかく将門の唐衣をどうにかしないといけない。衣は黒い布が置かれていた俺の部屋と同じく、床に置かれていた。こんな置き方だと余計に障るが、それをどう解釈したのか。見分するまでもなかった。十分禍々しく、美しかった。
間違いなく、祟ると分かっていて存在している。ただ大きさが、かなり大きく感じるのだ。伝承はそのままの形では伝わらない。人形の服もどれくらいの大きさの唐衣なのか分からないところも多い。もしかしたら祀られていたのは折り畳んだ形だったのかもしれないんだ。あまり見ると祟ってしまう。
では誰が持ち込んだのか。半日で祟る物を運び込むのは難しい。食卓に戻ると主が新聞を見ていた。正論をぶつけよう。
「警察を呼ばなくていいのか」
何も反応はない。まるで見えていないかのようだ。ここでもそうなのか。環境的にこれでは警察署に連絡が出来ず、繋がる電話の位置も分からない。そんなはずはないのに死を容認している。もしやこの主が殺したのか、なぜ何の理由があって、鹿内氏を殺したのか。体格的に主に鹿内氏を殺すのは不可能に近い、誰だ。誰なら殺せる。頭に全員で犯行を企てているならいう考えがよぎった。
「死んでいる。どういうことか分かっているだろう」
最後まで主は反応しなかった。ここまでされると自分は本当に死んだのかと不安になる。千の部屋に行くと千は俺が持って来た本をめくっていた。千にあらましを話した。
「亡くなっておられたのですか」
「あぁ、亡くなっていた」
「それを皆さんは」
「見てはいない」
この沈黙は少し痛い。食事が出るのはありがたいが、この人が死んでいる館にはいたくない。
「帰ろうか」
「そうですね」
千は荷物をまとめ出した。
結論、扉の鍵は閉められていて、外に出ることは出来なかった。主によって閉じ込めてられているので、完全な密室ではないが、店に帰ることが出来ないのは同じだ。
一度部屋に帰って考えた。ここから出るには明日まで大人しくする必要がある。もう殺されているので、狙いからは外れただろう。問題は誰が殺人を行ったかだ。怪しいのは主なのだが、自ら怪しまれることをするだろうか。
おかしいのはもっとある。誰も主を糾弾しないことだ。全員容疑者なのに誰も声を挙げなかった。金持ちの思うことは分からない。
主、美琴、佐川、稲生。この四人の中の誰かが犯人だ。
それにしても時間がなさすぎる。明日までに決着をつけるのは無理だ。
「総悟さん。私をもう一度鹿内さんの部屋に連れて行ってください」
要望を提案した千に両手で押さえた。
「何を言っているか分かっていないのか」
「そうですよね。すみません」
思えばちゃんと説明をしたのに通じていないはずもなかった。
「鹿内氏は死んだ。主は警察には連絡しない。他の人間に話は聞けない」
「総悟さん、私たちは幽霊ですよね」
「その通りだ」
「では総悟さんが勝手に部屋に入ってもお咎めはないですよね」
それを考えなかったわけではないが、憚られる。幽霊という役回りとはいえ、生身の人間がそう易々と入っていいわけではない。
「それは無理だ。あまりに失礼過ぎる」
「では私が入るのはどうですか。総悟さんは大人としての縛りはありますが、私は子どもなので後で子ども扱いになって仕方ないと思ってもらいやすいでしょう。幽霊なので誰も文句は言いません。探して欲しい物はなんですか」




