第15話 将門の唐衣
リストをよく読みこむと元々帳簿に記載があったのは商売に向きがある狐、兄弟鶴になると長寿になる彫刻の鶴。帳簿の中にはなく知っていたのは願いのかなう衣に、歌うのが上手くなるオルゴール、飲み続けたら一家安泰の茶碗だった。
どれも聞いたことのある品だった。すぐに祟らないというところを見ると分かる情報としては本当に三日ほどで長期間幽閉するつもりはなさそうだ。
案内された部屋はみな二階だった。八室あり、そう大きくない二階部分に詰め込まれている。部屋に入ると十畳くらいの部屋だった。屋敷にしては狭い部類だ。桜華亭は多くの人間の来館を見込んでいない。
独特の音があり、呪物としては本物だ。部屋の外には自由に出てもいいと言われたので、散策がてら部屋を出ることにした。千に声を掛けたが、返事はなかった。
千の部屋も用意して貰ったので、主に礼も言いたかった。一階に出ると美琴と佐川が何か話をしているようだった。先ほどの佐川は鹿内氏と美琴の話を聞いているだけだったので、意外だった。本当は話したかったが、話に入る隙がなかったからかもしれない。
「こんにちは、先ほどはどうも」
二人に声をかけると三人は小さく会釈をした。
「暁月堂さん、さっき下手の扉をあけたら奥にピアノがあったの。佐川さん、昔ピアニストだったって」
それが本当なら意外だ。指を失くす前にはピアノは弾けたが、今では難しいだろう。美琴と佐川は熱を込めて言葉を交わしている。
「それにしてもこんなけったいな会どういう狙いがあるのですかね」
佐川の饒舌さに少し身を引きつつもそれを悟られないように。
「さて、俺にも分からんで」
実際、奇妙な企画にどういう狙いがあるか俺も図りかねてはいた。
「暁月堂の」
「八鹿です」
「八鹿さんには答えが分かっておいでで」
「物がどういう物かだけですよ」
「その話は聞いてみたいわ」
美琴も言ったが、フェアではない気がしたので、ここでは控えたいと申して、下手の部屋に入った。確かにグランドピアノが置いてあり、調律は分からないが手入れの行き届いたピアノだった。
これを主が弾くのか。音楽家ではないのでと、指先でなぞり、ピアノに夢中になっていると背後から女性のメイドが「昼食です」と声をかけて来た。
案内されたのはエントランス上手側にある広間だった。
期待していたわけではないが、少しがっかりした。昼食は固いフランスパンとサラダ、なまぬるいスープ、冷えた鶏肉と野菜の炒め物だった。事前に会を開くのならば用意をしておいて欲しい。
「こんなに美味しいお肉は初めて食べました」
高田屋ではそんな生活が将来出来ることを想像していなかったようだが、もう恥ずかしくてたまらなかった。事情を言えずに集まる視線。一掃してくれたのは鹿内だった。
「そうだね、すごく美味しいよ」
鹿内氏の影響か、それぞれの表情は明るくなった。付け合わせのサラダはどこの産地だろうかなどとわいわいしているうちに昼食は終わった。
「夕食は洋食を用意しています。冷えていませんから安心してください」
女性の使用人の言葉に俺は安堵した。
食事の席で主は現れなかった。別メニューで食事をしているのか、忙しいのか、人前で食事をしたくないのか。鹿内氏の明るさに気を取られて誰も気づいていないようだ。
朝から暑かったのは雨が近づいていたからか、外は薄く雨が降っている。食事後、鹿内氏は階段を下りて来た主に食って掛かった。
「それで私たちは何日間、ここにいるのでしょうか。事業の事がありますので、早々に京都へ帰りたいのですが」
鹿内氏の言葉ではあるが、三日と説明されたのに少し焦っている。さっきまでそんな様子を見せなかったので、会は驚きで満ちている。
「三日と言いました。鹿内殿は焦ることがあるのですか」
会が始まる時に説明があった。それなのに鹿内氏の焦りには何か言えない理由があるのかとよぎる。他の面々の表情は固まり、話の行方を見守っている。
「使用人に預けた息子が気がかりだ」
「三日で生き死にするわけがないでしょう。それとも使用人がよほど信用出来ないのですか」
鹿内氏は黙ってしまった。鹿内氏の言動は確かに不審だ。
「次の当主としての宿題を出したものですから、期待と心配が先立ちました。すみません」
不審さはまだ拭えないものの美琴たちは信用したようだ。金をもっていると疑心暗鬼になるものかと俺は見たことない世間を考えた。
「私にも子どもが出来たら、そんな心配もするのかしら」
美琴のささやきは聞こえないかのように流れた。
広間に年若の男性が駆け込んで来た。服装が使用人然していたので、何人かいる一人の使用人だろう。
「どうした」
息も絶え絶えの男性に鹿内氏は冷静に声をかけた。俺もメイドを気にした。
「将門の唐衣がなくなっております。封印が解かれています」
将門か。これでは三日後に会は終了解散というわけになることが難しくなった。
「なんですか。将門のって」
佐川と稲生はそれぞれに不安げに鹿内氏を見て聞いた。美琴も不安そうだが事態にまだ追いついていない。稲生はどうしたらいいのかわからない様子だった。千も戸惑っている。
「将門の唐衣は八鹿さんが一番ご存知かと」
階段の前にいる主は場にそぐわない笑顔で尋ねた。
帳簿にはここに売ったという記載はなかったと思う。桜華亭に売った記載があれば、この会の趣旨は分かりうるところはあったのだが、桜華亭以外の持ち主の記載がある。つまり盗品という扱いになっている。
「困りましたね」
主は一言、そう漏らした。
「主さん、持ち主から話してもらわないと」
佐川は不安でさっぱりとした回答を求めている。ここにいる全員が思っていることだろう。だが、障りを知っている俺からすると不安どころの騒ぎではない。
「私も先代から受け継いだのは最近で、そこのは先代からですが、将門の唐衣が失くすとまずいのは知っているけど、効能いや障りは知らない」
主の顔は真剣で暗さを持っているように思えるが、口角が震えている。愉快で仕方ない。楽しくて仕方ないような印象を持った。少し顔を伏せているせいで他の面々には見えていないが、見えていても取り繕っただろう。
「将門の唐衣は今の価値でいうと大変な額になります。それほど珍しく大変な物です。将門の唐衣は半日で障ります。なので、皆さんがお持ちならすぐに出してください」
「障りってなんですか?」
美琴は震える声で言葉を返した。
歴史を話してもここでは意味をなさない。呪物を知る時、その謂れを理解して対処を考えるのが第一優先なのだが、ここで議論をしても仕方ない。軽く触りだけを話してもいいかもしれない。
「唐衣って」
稲生の顔は障りをまだ理解していないからか、まだ平然としているがこれからもっと暗くなるだろう。
「人形の服です」
「人形?」
鹿内氏はどうとも言えないまだ幻想ではないかと疑っている風である。
「将門の祟りを鎮める為に将門塚の近くの村で信仰されていた人形の服です。ハンケチくらいの大きさです。何もしないと半日で持ち主が亡くなります。もちろんここにあるということは誰かが運んだということです」
触りだけを話して十分だった。だが、特に人形の服で持ち主が亡くなる点はみんな理解が追いつかないようだ。




