↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/31

第14話 桜華亭での顔合わせ

「いやそうでない。今まで飯を炊く習慣がなかったので忘れていただけなんだ」


「なんで漬物は覚えていて、炊いた飯は忘れるのですか」

 俺が持った水と味噌漬けをみた。しおしおと崩れていく千に腕を出して、違うと言い訳をしそうになった。


「いつか病気になります。料理は私に言いつけてください」

 他人の作った飯は薄味なのであまり好んで食さない。明日は出るのに飯のタネを買いに行くと言い出したので止めるのは大変だった。


 そろそろうちの母屋を片して、千専用の寝室を作らねばならない。俺の寝室がいつまでも倉庫では体が痛くなる。夕食が終わった後、荷物の整理をした。ほとんど終わっていたので、確認程度にしておいた。


 翌日、鉄道に乗って山崎の桜華亭に向かった。秋ならば歩いて向かったのだが、山崎の駅と書いてあったので、それなら鉄道の方が楽だった。千の巾着は少し大きく重そうだったので、俺が持った。いい天気だが、明日明後日には雨が降るらしい。


 乗った駅よりも人は少なかった。駅前にはモーニングの背の低い老紳士と黒い車が待っていた。周囲の皆々はあまり見ないのか少し驚いて遠巻きに見ているようだ。



「桜華亭の迎えでよろしいか」

 そうとしか思えない。これが教会に連れて行かれる車である可能性もあった。見た目に騙されてはいけない。即決断は危険だ。老紳士は少ししわがれた声でそうだと言った。



「一番でございます。往復いたしますので先にお乗りください」



 何もにおいのない車だった。普段から掃除を欠かさないんだろう。ほこり一つ落ちていない。

 桜華亭に向かうには坂が多いらしいが、狭い道と急な坂を苦にせず上っていく。坂を上れない高谷のところの車はやはり性能に難があるようだ。今度から桜華亭に見学に行かせよう。車を運転する時には優雅に品よく坂道を上る。



「到着しました」

 車を降りた所は小高くあり、町が一望出来た。うだるような暑さは下だけではと思うほど清々しく過ごしやすそうだった。


 白を基調とした美しい横長二階建ての洋館であった。ロータリーも広々としていて、ちゃんと方向転換が出来る。屋敷に入る経験はあるがここまで美しい物はあまり見ない。

 ツタがつたっていたり、管理が行き届かずにロータリーが落ち葉に埋まっていたりする屋敷もあった。

 見える庭には白い椅子とテーブルも見える。健康的な屋敷だ。

 老紳士の案内で館に入った。会が何かは分からないが、呪物特有の音がする。

 呪物の大きさは分からないが、確かにこの屋敷に呪物はある。



「申し訳ないが、使用人の部屋も用意いただけるか」


「主に確認しましょう」

 屋敷に案内された。階段は壁に沿って配置されている。両隣に観音開きの扉がついていて、二階には吹き抜けになっている。白い壁紙にはくすみがなく、二階の窓の外からは光が差し込んである。あえてそうしているのか。電灯の設備はあったので、夜はさすがにつくだろう。迎えの老紳士は階段を上がって行った。十五分ほどだったか、外から車の音がした。


「疲れたわ。家の車でこの屋敷に来てはいけないというのですもの。あら、あなたが一番?」


「はい、骨董古書店暁月堂の八鹿総悟と使用人の千です」

 千と頭を下げた。女は四尺ほど文音と同じくらいで文音より細身だった。


「私は美琴。父親が代議士なの」

 美琴は得意そうな顔をするが、代議士の娘に何が出来るのか分からない。


「それは見事ですね」

 美琴は二十歳くらいでいつか文音が着ていた女学生の恰好だ。本当に女学生なのかもしれない。

 顔の造形は整っていて、さぞかしご学友には人気があるだろう。代議士の娘という要素を含めて、学校ではステイタスになっている。

 そう感じさせるほどに代議士の娘という身分に慣れているように見える。天真爛漫が似合うと感じた。



「それほど、大したことではないわ。あなた今日からここで何をするか知っておられる」


「いえ、全く」


「他は三人来ると言われたわ」

 ここの使用人は老紳士以外に数名いるのか、それか上には勝手口があるのか。こちらは待つしかない。


「こんな広い場所は初めてだ」

 背は低いが横に大きい猫背の男が博打打ちの藤次郎一家の佐川高辻らしい。自己紹介をしてもはきはきと話すところを見ると人付き合いは得意らしい。黒子のような服装でくるくると表情が変わるのは面白い。


 藤次郎一家は悪い噂を聞いていたので最低限だけ話して関わらないようにすることと思った。千も何かを察したのか俺がした自己紹介の後、軽く頭を下げた。



「八鹿って名家か」

 疑問だと思えばいいが、名家だと思っているなら向こうには変な噂が回っている。裏側には通じたくない。


「ただの骨董屋です」

 次に現れたのは政財界で有名な東山邸の伯爵鹿内淳だった。バリトンのきいた声色、スーツに茶色の革靴だった。肩幅は広く長身で背はまっすぐ、自己紹介をする時は一人一人に頭を下げて、名乗っている。

 丁寧な人物なのだろう。手間を惜しまずにこまめに気を遣える。かんざしの夫妻は署の隅で小さな捜査本部を立ち上げられてしまったくらいだが、鹿内氏なら大きな捜査本部が立つだろう。


 美琴も知っているのか礼節をわきまえ、よく話している。佐川は少したじろいでいる様子だ。博打打ちと政財界は正反対の職業だからだろうか。


 女性の使用人が最後だといって連れて来たのはハンチング帽と短い茶色の杖をついた稲生直平というタニマチだ。とすれば角界に明るいのか。柔らかく笑い、人柄で生きて来たようにも見えるが、こういう性格が有能なのも少なくない。稲生は鹿内氏と美琴でよく話したが、佐川は終始笑顔で話を聞いていた。

 鹿内氏は平等に話しかける。美琴はあまり佐川に話しかけない。稲生は佐川を横目で気にしている。


 パチパチと鳴った。階段をゆっくり下りて来る女性。尼そぎのお嬢様の声色が幼く、見た目は人形のようだった。女性は背が美琴より少し低いせいもあって、同年代の美琴より幼く見える。



「桜華亭へようこそ。みなさんの来館を歓迎いたします。ここでは三日間過ごしていただきます。お部屋には物を置いておりますが中身は開けずに最終日までお過ごしください」


「それはどういう品ですか。なぜ開けずに置くのです」

 鹿内氏は静かに訊ねた。


「開けると答えが分かる方がいらっしゃいます。フェアではありません」


「まさかこの骨董屋ですか」

 佐川が本数の少ない指で差した。


「その通りでございます。すぐには祟らないようにしてありますので」


「そんなの信用出来ないわ。先に品物の詳細を教えてちょうだい。それに祟るって何?」

 桜華亭の女主人はやれやれと額を押さえた。まるで駄々子を見るような目つきで美琴を見た。


「何よ」


「先代もうるさかったですが、娘はそれ以上ですね」

 美琴の苛立ちを無視し、振り返って主は階上に消えた。


 料理は十三時にホールで、夕食はその時に告げると言われ、女性の使用人が案内をした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。