第13話 預けるか流すか
「椎名に預けるか、流すか」
「証拠品が」
「高谷、店に行って千に箸にする用の棒を持って来るように頼んでくれ」
「そんなことしなくても電話があるだろう」
「半年前に壊れた」
直しておくれよと言ったのが聞こえたが仕方ないと言って、会議室を出て行った。申し訳ない。その時、会議室の電話が鳴った。
須藤は電話に出ると一言そうかと言って電話を切った。
「絞殺だそうだ」
「絞殺?」
「あぁ、首を縛られた後に流されたのだろう」
「資産家の居宅はどこです」
「大阪帝塚山の方だと聞いている」
鉄道で二時間弱ほどの距離だ。
「それが」
「あぁ、川上の方から流れて来た」
ということはこの件は事故ではなく下手人がわざわざ川上からかんざしを差した状態で首を絞めて殺し、川に流したという不可解なことになっているのか。困った。これは今日限りで解散というわけにはいかなそうだ。
「実は明日から所用で山崎の方へ行かねばなりません」
「いつ帰る」
「目途が立ちませんで」
須藤はうーんと声を漏らして黙った。少し事務に行って来ると言って、須藤は会議室を出て行った。資産家の死は事故ではなく事件だった。
きっと捜査本部の規模は大きくなるだろう。資産家には子どもがいたのか、この子どもが警察に本部を立ち上げろと言ったのか。
分からん。捜査本部の椅子に座って考えた。解剖ではどこから流されたか分からないのか。
「総悟さん、お待たせしました」
「早かったな、車か」
「総悟さん、高谷さんの車はすごいですね。十さん以来ですけど、十さんよりスピードが出ていました」
千が棒を持っていた。金箔もしっかり持って来た。死なずに良かった。急いでくれたのはありがたいが人の使用人を殺すなよ。
「上出来だ」
一の頭をガシガシと頭をなぜた。千は不服そうだ。
「何をするのですか」
「気分転換だ」
「何だって?」
高谷は珍しい物を見るような視線を向けた。
「挨拶みたいなもんだ。本題へ」
「これでどうにかなるのか」
「やってみないと分からない。絞殺だったそうだ」
高谷に緊張の糸が見えた。
「それで一体」
千は不思議そうに俺に訊ねた。
「高谷、握り飯を食べている署員から米を数粒貰ってくれ」
ピンポイントでそんな奴いるかと言って捜査本部を出て行った。三十分ほどで握り飯を持って帰って来た。
「嫁が作る握り飯は美味いと自慢をされた。漬物屋の親戚らしい。食わせて貰った大根は美味だった。数粒なら譲ってやる」
持って来た握り飯から数粒を出して、指で広げた丁寧に棒につけて筆記用具入れにいれた金箔で飾った。それを捜査本部の前にあるかんざしと入れ替えた。高谷はその間、握り飯をガツガツと食べて喉に詰まらせていた。
「美味いか」
千が持っていた水筒の茶で流した。
「美味であった」
車で椎名のところに向かい、簡単に事情を説明し、預けた。
やれやれとまたかと言われて頭を下げることになった。流せば障る。鉦を思えばこれがやり方としては最も正しいと言える。椎名には悪いが、無駄に人死にも増やしたくない。
戻っても捜査本部は静かだった。他の部屋は騒がしかったので、大事件があったのだろう。篤志家夫婦の殺人より重要な事件はどのようなものなのかは気になる。
「これでひと段落か」
箸には金箔を貼り、きちんと寺に納めて、もうすることはない。後はあの資産家が殺された状況をどう落とし前をつけるかは俺の仕事ではない。
「どうだかな。かんざしを差して殺したのならかんざしの価値を分かっていなかったか」
「か?」
「町の転覆を狙ったか」
そんな大げさなことがあって、たまるか。俺は冗談だと言おうとしたが、警察官二人は真剣に考えてしまった。
「とにかく明日は付き合えない。桜華亭に行かないといけない」
桜華亭かと須藤は反応を見せた。
「知って?」
「あぁ、有名だ。鹿内」
須藤は外に呼ばれて行った。急用だそうだ。
「桜華亭は八鹿か」
「あぁ、参加は強制らしい」
「分かった。帰って来てからまた迎えに行く」
「ところでなんでここはこんなに人が少ない」
「そうだよな、寄進を惜しまない篤志家夫婦が亡くなったのに対応は冷たい。他の方に人がいる。その理由は署長だ」
「署長?」
「娘が誘拐された」
「誘拐?」
言ってしまった後にしまったという顔をしたのを見てしまった。警察として守秘義務もあるのだろう。
用意があるので送ってくれと頼むと交番の前でならと言われた。呼びつけておいてと不満そうな顔をすると埋め合わせの約束をすると高谷は言った。
合羽はどうするか尋ねると次回の宿題にと回収を断ったが坂を上るのが億劫なのだろう。その頃には空は晴れ渡っていた。
千は車を降りると一目散に走って行った。
「若いってのはそれだけで尊い」
「十つは若いというより幼い」
「十つなのか。それにしてはしっかりしている」
「まだ子どもだよ」
「侮っていると痛い目に遭うよ」
雨に降られなかったが、他の車が泥をお見舞いして来た。これは布で拭わないとまずい。この前も似たようなことがあった。
今までもそういう不運な事故があり、洗濯をすると千に隠れてたらいを持って洗って内干しをしていた。千にはちゃんと洗ったと言ったが、千のちゃんとと俺のちゃんとは解離している。
千の目が怪しんでいた。そろそろ洗濯石鹸を買おうと言いかねない。それはいいが、なんでも千に任せるものではない。
帰って、雨でたまった水で泥を落とした。胡瓜は泥だらけだろう。もったいないことをしたと何かないかと漁ると猫にやろうと思った煮干しが出て来た。
昼食が欲しいが千を動かすのは明日以降にしておきたい。
いつか文音がつけた味噌漬けとやかんの水を湯飲みに注いだ。煮干しをのせたら蛋白質に塩分も補給。ネコには少しやったが、ここに居座ると糞尿の臭いがついてたまらない。
「私の存在がありながら、お金はあるのに貧乏料理」
井戸から水をくんで来た千はこちらを刺すような目で見ていた。
「昼食はこんなもんだろう。文音の作った味噌漬けは貧乏か」
グッと千はこらえた。だが、ここでは終わらない。
「椎名さんから貰った米もありますよね」
「米は貴重だし、わざわざ炊くのは非効率だ」
「昨日炊いた麦もがあります」
今まで炊くという習慣がなかったので、忘れていた。千の顔がどんどん暗くなる。




