第12話 成金のかんざし
痛み具合は分からないが、何も言わないところを見るとかんざししか分からなかったのだろう。珍しい物だから、高谷はここまで坂を上って訪ねて来た。
「本当に金なのか」
「あぁ、金だ」
帳簿に覚えがあった。
「成金のかんざしだろうか。推測の域が出ないが見せてもらうことは」
「それ頼みで来た。本部が置かれていて」
ただの遺体上がったにしては大袈裟だ。
「資産家か」
「大阪で行方不明者の金のかんざしを差しそうな男女なんて最近は資産家夫婦しかいなかった。ほとんど決め打ちさ。まだ四十いくつって話だ。警察や病院に寄進を惜しまなかった。持ち物が金色のかんざしってわけだから」
「帳簿を確認する。三十分待てるか」
上がって待っていてくれと言い、帳簿を見に番台へ戻った。確かに高谷が言った資産家に売った形跡が見受けられた。それを書き写し、封筒に入れて証明の為に暁月堂の印で封印した。
「ここまで来るのに車は大変だったろう」
「寺と並びだからな。途中まで上がって諦めたよ。この雨では高台に来るものではないな。車の開発者に文句をいうと規格外の坂道もあるだろうとさ、規格外と言えばいいと思っている。証明の為に封印か、えらく豪勢だな」
「決め手ではないが参考にはなるだろう」
「助かる」
「千、少し出て来る。店を頼んだよ」
頼む店も本日から五日間休業だ。
「千は丁稚としてはどうなのだ」
「明日からの出張には使用人として連れていくよ」
「珍しいな、すぐそばに置くとは」
「後ろに怖い女がいるんだ」
「文音さんか」
「怖い女はそれだけじゃない」
「総悟の周りにはそれほど女はいないだろう。それで金色のかんざしは何に障るのだ」
「車の中で話そう。本部はここから南にあるんだろう。十分ほどか」
先日見た車の後部座席に座った。
「椎名には会ったか」
運転席に高谷は腰を下ろして、車が動き出した。
「あぁ、会った。何か言っていたか」
まだ昨日のことだ。会ったどころではないが、俺の知らないことを高谷が知っているだろうか。
「書斎が倉庫になって久しいが、書斎は書斎として使いたいと」
高谷にそう漏らしていたとは申し訳ない。
「資産家は昔からそうだったのか」
「そうとは」
「成金だろう」
「昔のことは知らない」
成金の夫妻がいくつか分からないが、下手をすれば俺たちが生まれる前にいたであろう。両親が資産を増やしていたら、その時に何があったか知ることが出来ない。
「成金のかんざしなんだ。持てば分かる。持ったか」
「いや、現着した上司が触ったくらいだ」
「どれくらい触った」
「持ち上げたくらいだ。見分するのに署に持ち帰っただけだ」
「かんざしは金のない貧乏人が持てば金持ちになるかんざしだ」
「それを遺体が上がったことと、どう関係する」
「持てば持つほど生気を持って行かれるのさ」
高谷は何も言わなくなったので、こちらも黙った。郵政局の前を過ぎた辺りが一番大きい警察署だ。合羽を置いて来たことを高谷に伝えたが、一言。大丈夫だ。と言ってまた黙った、雨は止んでいた。
「こちらへ」
車を降りると下はぬかるんでいた。高谷に貰ったブーツを履いて良かった。警察署の中に入ると大理石の壁に高い天井、無機質で冷たさを感じた。階段は敷物がなく、擦って痕のついた段と誰かが歩いてつけた水跡が雨の痕跡を色濃く残していた。
階段を上がって二階が捜査本部だ。
「高谷、戻ったか」
上司の一人だろう。恰幅のいい男性で歳が親父さんよりかは下だろう。五十前か。怪しい目で上から下にじろじろ見られた。
「この方はどちらの」
「初めまして、骨董古書店暁月堂の八鹿総悟と申します」
「かんざしの卸の骨董屋の男性です」
「卸だと、証明は」
「この封書を見ていただけると良いかと」
封印を押した封筒を差し出した。中を見た上司はやはり疑いの目で見て来た。警察ってやつは疑うのが仕事だから致し方無い。封印を解いて、上司は中身をあらためた。
「話は分かった。今は解剖に回している。死因は水死だろうが、事件の可能性も拭えない」
「お話を聞かせて貰っても」
「かんざしを見てくれ。本当に商品なら分かるだろう。見ないで推測話をされては困る」
本部の中は尋常小学校の教室くらいの大きさだった。思っていたより大きくない。二人死んで事故色が強いとこれくらいなのだろう。
「これだ」
今日に至るまでかんざしを見たことはなかったので、見てもこれぞあのかんざしだとはならないが、ここ数年で蒐集したお陰で障りがあるかどうかを聞き分けることが出来るようになった。
見て分かった障りがあるかんざしだ。
「本物か」
横に立った高谷は少し青ざめている。俺の様子を見て察したのだろう。
「あぁ確かに本物だ。これの扱いはどうするのですか」
「署の倉庫に入れて保管だ」
「止めておいた方がいい」
「だが、証拠だ」
上司は不機嫌な表情だった。お役所的には証拠品は署で保管、後に事件が起きた時に証拠品があるとないのとでは全然違う。
「もし警察署に置けばしばらくは金運に恵まれて、金入りも良くなるが十年もしたら人死にが出る」
まさか意識して十年も持ち続けないだろうが、証拠品も新鮮味がなくなり十年放置はありえる。
「そんな怪異譚のような話をどう信じろと」
普段から怪異や呪物に触れていることを知っている周りの三人は信用してくれるが、警察署の一般人に呪物の蒐集をしていることを信じさせるのは一か月でも無理だ。
椎名の書斎を見ても人形屋敷と間違える。それほど呪物たちは自然に溶け込むような見た目をしている。特に七笑いの面はコレクションに見えるだろう。
「何分持った」
上司は「数分くらいだ」と言った。
「商店で飲料を買うといい。売店の旦那が暑いところご苦労と言って、ラムネをくれるだろうから今行って確かめてくれ」
上司は不満そうに会議室を出て行った。わざわざ売店に行けというのは面倒だったかもしれないが、想定より実体験が時に勝るのだ。
十五分ほどか、上司はカルピスとラムネを二本持って帰って来た。一本ずつ俺と高谷に渡した。
「寸分たがわずに売店主は言ったよ。暑い中という文言もそのままだった。暁月堂の」
上司が真っすぐこちらを見た。
「私は須藤隆道だ。よろしく」
握手を交わした。
「高谷とは尋常小学校からの同期生で」
「その繋がりか、ありがたい。それであのかんざしをどうしたらいい」
「椎名の所に持っていく他ない」
「椎名とは」
「山手の坊主です」
「経がたまに玉葱と人参に聞こえる御仁か」
秋刀魚や野菜ってどれほど食い意地をはっているんだ。
「おそらく、彼も尋常小学校からの」
「えらく個性的な面々なのだな」
納得がいかない。




