第11話 帳尻
使用人としてという境界線をしくならば関係性の構築はまだ出来る。とはいえ、使用人と契約したのはこの三十数年のうち初めてのことでよく分からない。
「いいのですか」
「何が」
「丁稚ではなく、それは手代以上の仕事になります」
何とも落ち着かずに千から目をそらした。
「丁稚でも手代でもない。俺は千を使用人として預かっている」
言葉を紡げば紡ぐほど、自分の言葉に自信をなくしてしまう。信用していないわけではなく、こういう話をしたことがなかったから不安になるのだ。
「使用人ですか?」
「丁稚や手代は商店みたいで好かない」
「総悟さん、ここは商店です」
暁月堂は商店だった。
「高田屋ほど大問屋ではない」
「そうですね」
「うちは零細なので報酬はさほど払えないが五銭くらいなら出そう」
「そんなまだ歳を重ねていません」
「不満か」
確かに商店の十つであれば手代にもなることは今の世の中多くない。うちが稀有だろう。でもこれは俺なりの関わり方だ。
他人ではない証明でまだ対等ではない形。それが使用人としての契約だ。
相手に金銭を払うのであれば何か見えることがあるかもしれない。
「それでは衣服が」
簡易な着物では粗末であろう。新しく買い与えるのは時間がない。俺が子どもの頃に着ていた衣服はまだ奥にあったはずだ。
世話になった親族は衣服を買い与えてくれたので、いつどこで使うかは言わずに使っていた衣服をここに持って来た。まさかここで役に立つとは思わなかった。
奥に行って畳に広げた衣服を見分したが、虫食いはなかった。千に着せたが衣服はぶかぶかで引きずりはしないが、まだ大きい。着たことがなかったが、これならば大丈夫だ。履物もサイズには幅があった。子ども用があったのは良かった。
また文音に上手く言って、寸法を直させよう。千の為なら喜んで聞くに違いない。
陰干しするには外の天気は悪かったので、使わない衣服は元に戻した。出来れば誰かの汗のついた掛布は洗いたかったが、致し方ない。畳んでおいておこう。
浮かれた様子の千を見て、選択を間違えていないか少し不安になった。
桜華亭絡みの品は彫刻の鶴に狐の置物と、他には蔵に書物はあっただろうか。鶴は長寿で狐は商売か。それ関連でありそうだ。蔵に向かおうと土間から外に出たところ激しい雷雨で引っ込んだ。これでは良くない。
「千、雨戸を閉めておくれ」
「分かりました」
店を開ける時間だが、こんな雨の中誰も来ないだろう。空けた間に文音が来て、なんだかんだと触られたら嫌なので、主人出張につき五日休みと筆で書いた。掛けるのは雨が止まった頃合いでいいだろう。
おかみさんの三日は閉めるだろうという予言が当たった形だ。
たまにおかみさんが恐ろしく感じることがある。椎名は面倒な存在と捉えている。それは親子だからだ。俺にとっては母親のようなもんだ。頭が上がらない。
番台横にいくつか積んだ本がなくなっているので千は寝室で勉強をしているのか。急ぎで読む本ではないので、千を呼ばなかった。戸が叩かれたのは遅い昼食に塩にぎりでもと思った頃合いだった。
静かな外から砂のしゃくしゃく音と総悟と呼ぶ高谷の声がした。
他に気配がなかったので店の戸を開けると合羽を着た高谷が少し困った様子で立ち尽くしていた。
「時間はあるか」
とりあえず入れと言おうとしたが、雨に書物は良くない。
「回って来てくれ」
土間で合羽を脱がせて、土間の上りかまちに高谷は腰かけた。いそいそと千が茶の用意をしている。
「あれは先日の高田屋の」
捜査の手が来ないのは気になっていた。それを察してか高谷は声を潜めた。
「上手く帳尻があったんだ」
首謀者は最年長者の五十という青年だった。五十より上は歴代の主人たちに遊びつくされて、薬品でぐちゃぐちゃにされて捨てられた。五十は恐れていたのだ。次は自分だと。
そこから話は始まる。
五十はもうじき自分が散らされる薬の管理をしていた。その薬を初夜、百助に盛ったのだ。正気を失った百助の首を縄で縛って息の根を止めた。ずいぶん抵抗したので、店の母屋の中で殺されたのは分かったが、前後関係が分からなかった。なんせ恨みに思う人間は数多いたからだ。
困ったのは遺体の処理方法だ。自分の力では二十五貫は運べない。迷っていると百助の風呂係が入って来た。ふすまを開けると半裸の五十に遺体の百助。察した風呂係はよく話をして信用の出来る十人を集めた。みなそのうち慰み者にされる予定の家無き子だった。
その十人は十五人になった。五十は少ない方がいいと言ったが、ここで生き続けるより、刑務所に行った方が幸せだ。下手人は十六人になった。十未満はまだ子どもだ。罪は自分たちにある。下手人にすることはない。
十六人の下手人は協力して既に死んでいる百助を押し入れに隠して深夜に荷車に乗せて、川に放ち死体遺棄罪になり、五十はそれに合わせて殺人罪で逮捕。新しく出来た少年法なる法律で処遇が決まるらしい。
「だから千は」
「十五未満に話を聞いても知らないと言われたよ。血判状には十六人の名前が書かれて役割もしっかり決まっていた。やや出来過ぎではある」
「しっかり調べただろう」
「あぁ、調べた」
外の音のしない雨と真実とは言えない話が解離していて、どうにも不思議な気分となった。
「下手人の親はどう言っている」
「ほとんどは手元には戻せない。郷に入っては郷に従えだ。働くとはそういうことだ」
「他は娼婦のような扱いをされたことはない」
「と思うだろう。あるんだよ」
俺は骨董古書店しか知らないが、丁稚手代にはよくあるそうだ。それを大きければ大きいほどに慰み者は多くいる。
「女より男が多いようだ。これは他の署との交流会で聞いた話だ。俺も高田屋の件があるまで疑っていた」
「女の方がありそうだが」
「女は出来てしまうが、男は出来ないからな。でも親たちはそんなことを経験していない。みんな農家だからな。跡継ぎを生むのに男と通じている時間もないだろう。本当のところ風習は俺たちが知らないだけで存在するかもな。俺たちには分からない」
そしてその価値観は俺たちの世界では関係ない。千は知っていたのだろう。自分たちの上が夜伽をしていたことを、絶望を知らなかったのは千にとって夜伽は大人になった証明だった。
それがどういうことをされるかは分からないままで、夜伽をすれば給金が高くなるとか考えていたのか。
「そんな報告の為に来たわけではないだろう」
「相談があって、ここまで来た」
雷雨なのにご苦労様だ。何かあるなら雨が止むのを待っただろう。急ぎだろうか。
「明日から少し出る」
「そうか」
高谷は物憂げな表情で視線を落とした。
「どうした」
「川の岸に手足がロープで固定された男女の遺体が上がっていてな。妙なことに二人とも金色のかんざしを挿しているんだ。覚えはないか」




