第10話 使用人として
「変な手紙が来るからですよ」
「桜華亭のやつか。また八鹿が」
「絡んでいるかもしれません」
「まぁ、何にしろ。明後日だろう。とにかく食べて寝る」
親父さんは背中を叩いてくれた。
店を空けるのに千を一人ぼっちにするのか。
「私もご一緒してもよろしいでしょうか」
「同行人についての記載がなかった。連れがいけないとはないが、丁稚を連れて来る者はいるかね」
「私は役に立ちます。破れた服を直すことが出来ます」
「お留守番をお願いしようか」
「なぜですか。私は役立たずだからですか」
まだ入って日が浅いと言わなかった。千のまっすぐとした目に何も言えなかった。言えばまだ通じた話なのに。
「役に立ちすぎるのも大変だ。泊まりになるやもしれん」
「構いません。私は総悟さんのお役に立ちたいのです」
「千、袖に茶碗の米がついているよ」
「ごまかすのですね。いいです。分かりました」
千は飯をかきこみ食卓を離れた。
「千、ごちそうさまは?」
千は膳の前に座って正座で「ごちそうさまでした」と言い、おかみさんの「お粗末様でした」を聞くと蚊帳の部屋に入った。ふて寝を決め込む気なのか。
「子どもは仕方ないですね」
ちょっと言い聞かせたくらいで辛抱が足りない。俺は千より忍耐はあったぞ。
「あら、私からしたら総ちゃんも子どもよ」
ふふふと笑われて、いい気はしない。
「それにしても八鹿はよく障る」
何度も繰り返した独り言だった。
「せがれではないが、もうそろそろ納める所を考えた方がいいかもしれないな」
「御陵で祀るには大袈裟ですし、墓にするには足りないでしょうね」
「墓では量がな」
今まで預けた品は五十を越えている。寺の母屋もそろそろ整理しないと良くない物が居座るだろう。少しでも椎名の負担は減らしたい。幸運なことに今すぐに障る物ばかりではない。
さすがに一週間持っていれば障るが椎名に障っていないところを見ると安心材料は多い。これから甘えることも多くなることは予感している。回転数を上げていかないと書斎を増築しないといけなくなる。
「寝ようか。総悟くんは蚊帳の部屋で眠るだろう」
「いえ、まだ作業がありますので、先に眠ってください」
それではおやすみなさいと親父さんたちを見送った。
透かし文字を疑った。
桜華会というのは何を目的に開催されるのだろうか。
ただ集まってお茶を飲むだけに山崎まで参る酔狂者はいるか。
分からない、でもたまにそういう金持ちはいる。
みなさんが代替わりをしたというのにも引っかかる。
こちらはもう数年前だ。
会というのなら複数の会員がいるのか。
さっきの千とのやり取りではないが、泊まり仕事になり兼ねない。ますます千を連れて行くのは気が引ける。
生温い空気がいやになった俺は表に出た。雲のない月の明かりが煌々としている。グッと伸びをした。番台で眠ったからか体が痛い。
客人には早々にお引き取り願おう。いつも寝不足では体に障る。米を研ぐ音が聞こえる。おかみさん早いな、まだ四時くらいだ。
亡くなった両親が健在だった頃、朝になるとかか様は米を研ぎ、炊いた。生麩の味噌汁に漬けた胡瓜。けして豪華絢爛の朝食ではなかったが、十分に幸せだった。あの火事がなければ今もそうしていた。もう少し柱によりかかろう。
「総ちゃん、起きて」
声がかか様とかぶった。口の周りが変に乾いて不快だった。声をかけたのはおかみさんだった、と思う。口をゆすごうと井戸に向かおうとした。
「おかみさん、朝は早かったね。少し休んでいても構わないよ」
おかみさんは含み笑いをして、千が作ったと言った。
「起きた音で気がついたから、千ちゃんを止めたのだけど、丁稚だからってね。もう千ちゃんの覚悟は決まっているみたいよ」
おかみさんが言外に連れて行けと言っている。まだ外の人間の扱いをしている。俺の他人認識の解除は一緒に並んで寝ることが出来るようになったら、そうやって人間関係を築いてきた。その基準に千はまだ達していない。
「この店の主人がいない間はどうするのですか」
おかみさんは含み笑いだけでは足らずに噴き出して小さく声を上げて笑った。
「二三日あけてもお客さんは来ないし、総ちゃんなら三日は気分で閉めるでしょう」
三日も閉めているわけではない。門戸は大きく開いているが、人が現れないだけだ。
表に出ると遠く西の空が薄暗かった。しばらく梅雨は続きそうだ。一雨降るが明日まで長引いたらどうしようか。と思い、水路の野菜を回収しに向かった。
朝食は美味かったので、素直に美味しいと言った。まだ引きずっているのは子どもだと思ったが、わざわざ親父さんたちの前でする話ではないだろう。おかみさんは察してさっさと帰って行った。
「千、その」
「いいのです。まだ仕事を始めたばかりですし、総悟さんの留守は預かります」
その顔は幼いながら使命感が伺えた。でもそれは少し暗くもあった。それだけに出す言葉も慎重になる。
「来て欲しい。その使用人として」




