↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウロボロスの心臓を撃ち抜けば 〜三色の悪魔と私の永劫回帰〜  作者: ふらう
第二章【異類の退行編】無垢なる蛇と、システムからの脱出
8/18

■2■03:リツの決断

 炭鉱街の最奥、すでに放棄され、有害なガスが溜まる廃坑の地下深く。

 錆びた鉄格子の向こうで、一人の男が縄で縛られ、血と泥に塗れて転がっていた。男はこの街を牛耳る人身売買組織の頭目であり、数え切れないほどの人間を破滅させてきた、救いようのない極悪人だった。

「ひっ、あ、悪魔……頼む、助けてくれ……! 金ならいくらでも――」

 男がガタガタと歯を鳴らして見上げる先。

 暗闇の中で、リツがしゃがみ込んでいた。

 リツの身体からは、いつも以上に眩い蛍光黄緑と青緑の光が、鱗の隙間から不規則に明滅していた。その瞳のない黒い目は、怯える男を映しながらも、どこか遠くを見つめているようだった。

「……気づいちゃったんだ」

 リツはぽつりと、掠れた声で呟いた。それは人間のそれではなく、蛇が微かに喉を鳴らすような、低く冷たい残響を伴っていた。

「僕がどれだけ君を愛しても、どれだけこの身体で君を守っても、君の心はどんどん凍りついていく。それは、君が『悪魔』だから。不老不死の呪いのせいで、君の心は孤独に壊れかけているんだ」

 リツは、私が頑なに心を閉ざす本当の理由を、その無垢な知性で理解してしまったのだ。

 悪魔という名の不自然な呪い。人間の精神を摩耗させる永遠の檻。私がどれだけ彼を拒絶しようと、それは私自身の魂が、悪魔の狂気に呑まれまいと必死に抵抗している悲鳴だったのだと。

「僕は、君に笑ってほしい。元の人間に戻って、短い時間を、人間らしく生きてほしい。……そのためなら、僕は悪魔を辞めたって構わない」

 リツの細い指先が、男の胸元へと伸びる。

 男は絶望に顔を歪め、絶叫を上げようとしたが、リツの背後から顕現した巨大な青緑色の鱗の尾が、男の身体を冷酷にへし折るように固定した。

「ひいぃっ、やめ、やめろ……っ!!」

「君みたいな悪い人間の心臓なら、いくら弄んだって、僕の心は痛まないから」

 リツの口が、耳元まで大きく裂けた。

 歯ブラシのように細かく鋭い牙が敷き詰められたトカゲの顎(あぎと)が露わになり、彼の掌から、ドロドロとした蛍光黄緑の『呪い』――悪魔の力が、凄まじい濁流となって男の胸へと注ぎ込まれていく。

 強制的な呪いの譲渡。

 悪魔の全能力を人間に押し付け、対象を無理やり悪魔化させる行為。通常、これを行えば悪魔は消滅するか、死に至る。しかし、リツには確信があった。自分は元が人間ではない。元が野生の蛇であるからこそ、呪いをすべて手放せば――。

「が、あ、あああああああッ!!!」

 男の絶叫が廃坑に木霊する。男の皮膚が急速に硬化し、牙が融合し、その姿が悪魔の真の姿へと変貌していく。

 同時に、リツの身体から、圧倒的な質量を持っていた悪魔の気配が、目に見えて霧散していった。

 彼の手首から首筋を覆っていた青緑色の明滅する鱗が、一枚、また一枚と剥がれ落ち、地面に落ちては煙となって消えていく。

「……あ」

 リツの口から、小さく、か細い声が漏れた。

 彼の耳まで裂けていた顎が、ゆっくりと、本来の人間の少年のものへと縮んでいく。瞳のない黒い目にも、ほんのわずかだけ、生きた生物としての光が戻りつつあった。

 システムを欺く、命がけのバグ。

 悪魔の力を極悪人に押し付けることで、リツは私の『人間の心臓』を自らの肉体から切り離し、私を人間に戻すための呪術を完成させようとしていた。

「これで、いいんだ……。待っててね、僕の、大好きな人……」

 呪いを完全に譲渡し終えたリツは、激しい疲労感に襲われたように、どさりと冷たい地面に倒れ込んだ。彼の身体はまだ人間の少年の形を保っていたが、その手足は、時折ピクリと不自然に捩れ、生物としての『退行』が始まっていることを示していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。