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ウロボロスの心臓を撃ち抜けば 〜三色の悪魔と私の永劫回帰〜  作者: ふらう
第二章【異類の退行編】無垢なる蛇と、システムからの脱出
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■2■02:すれ違う「好意」

 炭鉱街の夜は、常に煤煙混じりの重苦しい闇に包まれている。錆びついた鉄塔の群れが、まるで巨大な墓標のように立ち並ぶこの街で、私は息を潜めるように生きていた。

「ねえ、今日の配給、君のために一番いいやつを奪ってきたよ。食べて」

 アパートの薄暗い一室。リツは蛍光黄緑のメッシュが施された髪を揺らし、無邪気な笑みを浮かべて私の前に膝をついた。差し出されたのは、スラムでは滅多に見かけない、包み紙の綺麗なパンだ。

 彼は私の影に潜み、私が危機に陥るたびに、その青緑色の鱗で覆われた体躯を現して暴漢を屠ってきた。そして、ある時誰かの胸から人間の心臓を奪い、無理やり私の心臓の代わりにした。さらに、それを自分の肋骨の奥へとしまい込んでいた。物質的な『契約』。システムの上では、私たちは強固に結ばれている。

「……要らない。お腹は空いていないから」

 私はリツから目を背け、冷淡に言い放った。

「どうして? 僕たちは契約したんだ。僕の胸には君の心臓があって、ドクドクって可愛く鳴ってる。契約したんだから、君も僕を愛しているだろう? ねえ、僕を愛してよ」

 リツは私の膝にすがりつき、瞳のない黒い目で私を見上げてくる。その言葉は、まるで子供が親に甘えるかのような、あるいは純粋な野生動物が懐くかのような、混じり気のない100%の「好意」だった。

 だが、その純度が高ければ高いほど、私の心は強固に閉ざされていく。

 かつて私を守り、灰となって消滅したサチ。彼との間には恋愛感情なんてなかった。乾いた、冷徹な信頼だけがあった。だからこそ、私はサチを失った喪失感に今も引き裂かれ、悪魔の孤独に心をすり減らしている。愛などという不確かに揺らぐ感情で、この呪われた永遠を生き抜けるはずがない。

「リツ、勘違いしないで」

 私はリツの華奢な肩を、冷たく突き放した。

「契約したのは、この治安の悪い街で死なないため。ただのビジネスよ。私はあなたに何の好意も抱いていないし、これからも心をあげる気はない」

 リツの顔から、一瞬にして無邪気な笑みが消えた。

 唇がわずかに戦慄(わなな)き、耳まで裂けた口の奥から、歯ブラシのように融合した鋭い牙ががちりと音を立てる。彼は悲しそうに、まるで捨てられた小動物のような顔をして、私の拒絶を受け止めていた。元が人間ではないリツには、人間の「裏表」や「拒絶の理由」が理解できないのだ。

「……そっか。君は、まだ心が固いんだね」

 リツはぽつりと呟き、寂しそうな顔で視線を落とした。

 それでも、リツは私の前から去ろうとはしなかった。

 翌日、私が炭鉱街の裏通りを歩いていると、薬物で正気を失った坑夫たちが鉄パイプを手に襲いかかってきた。私が『灰色の狼の四肢』を顕現させようとした瞬間、私の影から爆発的な勢いで蛍光黄緑と青緑の光が噴き出した。

「僕の『----』に、触るな――!」

 地を這うような咆哮。リツの身体が、巨大なトカゲと蛇を混ぜ合わせたような異形へと膨れ上がる。青緑色の鱗が妖しく発光し、融合した牙が坑夫たちの武器を噛み砕き、一瞬で彼らを戦闘不能に追い込んだ。

 凄まじい武力。そして、一切の躊躇のない守護。

 返り血を浴びたリツは、人間の少年の姿に戻ると、また少し寂しそうな、けれど健気な笑みを浮かべて私を振り返る。

「大丈夫だった? 言ったでしょ、君が僕を愛してくれなくても、僕は君を守るよ」

 その無償の愛が、私には息苦しかった。

 私は彼を愛せない。愛してしまえば、悪魔の狂気を共有し、いつか二人で世界の理から消滅してしまうかもしれない。何より、サチの時のように、大切な存在が目の前で消える恐怖に、私の摩耗した精神は耐えられそうになかった。

 すれ違う好意と、頑なな拒絶。

 煤煙が絶え間なく降り注ぐ炭鉱街で、リツの純粋すぎる光に灼かれながら、私はただ、心を凍りつかせ続けることしかできなかった。


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