■3■04:円環の発覚
白光の杭が視界を埋め尽くし、漆黒の霧がそれを強欲に喰らい尽くす。
高層廃ビルの最上階は、今や神の秩序を騙る白と、世界を呪う黒がせめぎ合う、地獄の混色に染まっていた。
ドバァッ! と激しい音を立てて、ニエの脇腹から漆黒の鮮血が噴き出す。組織の集中砲火を受け、彼の肉体は損壊と再生を限界まで繰り返していた。耳まで裂けたトカゲの顎、歯ブラシのように密に融合した牙、そして底の抜けた闇のような、瞳のない黒い目。
その異形の極みにあるニエが、血反吐を吐きながら、なおも私の前に立ち塞がり、純白の猛攻をすべて肉体で受け止め続けている。
「……ぁ……」
その背中を見つめていた私の脳裏に、突然、強烈な目眩が走った。
世界が歪む。時間の感覚がぐにゃりと捩じ切れ、過去の記憶が、濁流となって脳髄へ直接流れ込んでくる。
――『……思い、出した。ワタシはかつて、キミだった……』
それは、第1章の幕切れ。灰となって消え去った灰色の悪魔、サチが遺した最期の謎の言葉。
――『僕は君に笑ってほしい。元の人間に戻って、短い時間を、人間らしく生きてほしい』
それは、第2章の幕切れ。私に人間の心臓を返し、野生の獣へと退行していった黄緑の蛇、リツの奇跡。
なぜ、サチは私を命がけで守った?
なぜ、リツはシステムを壊してまで私を人間に戻した?
そしてなぜ、ニエは物質たる心臓ではなく、私の『心』をこれほどまでに異常な執着で求めるのか。
サチの遺言。リツの奇跡。ニエの執着。
すべての点と線が、私の脳内で、恐ろしい一つの『円環』となって繋がっていく。
「あ……ああ、そういう、こと、なの……?」
脳が灼けるような真実に、私はへたり込みそうになる。
悪魔化とは、不老不死の呪い。人間の精神は永遠に耐えられず、いつか必ず狂う。
ニエが消滅すれば、私は再び悪魔になる。そして永い孤独な時を生き、何度も誰かを失い、記憶を失い、心をすり減らしていく。やがてあらゆる感情を無くし、ただ、生存のための冷徹な『信頼関係』だけを拠り所にするようになった成れの果て――。
それこそが、最初のあの『灰色の悪魔』の正体だった。
私は、私自身に護られていた。私が悪魔化して時間を遡ったのか、あるいは因果が巡ったのか。サチという灰色の悪魔は、未来で狂い果てた私自身の成れの果てだったのだ。
そして、黒い悪魔ニエは、その残酷な円環の真実を、最初から知っていた。
「ニエ……あなた、私がサチになるのを知っていて……っ!」
私の悲鳴のような問いかけに、ニエの背中がピクリと跳ねた。
彼は瞳のない黒い目を僅かにこちらに向け、融合した牙の隙間から、ひどく悲痛な、泣き出しそうな声で嗤った。
「気づいたか、私の可愛い Σ……。そうだ、お前がその心を頑なに閉ざし、誰のことも愛さないまま時間を巡れば、お前はいつか、あの感情を失くした『灰色』へと成り果てる!」
ニエの周囲の漆黒の霧が、一層激しく踊り狂う。
「私は嫌だ! お前が孤独の果てに狂い、己の形すら忘れていくのを、何度も何度も特等席で見せられるのはもう御免だ! だから、お前の『心』が欲しいと言った! お前が私を愛し、心を完全に渡してくれれば、お前の魂は灰色に摩耗する前に、私と共に世界の理から完全に消滅できる……!」
ニエの異常な執着の正体。それは、傲慢な支配欲などではなかった。
私を『永劫回帰』という終わらない地獄から救い出すための、彼にできる唯一の、そしてあまりにも歪んだ愛の証明だったのだ。
心を渡せば、二人で無に還れる。心を閉ざし続ければ、私はいつかサチになって、再び自分を護る円環へと堕ちていく。
白光の杭が廃ビルの壁を次々と粉砕していく中、私はウロボロスの蛇のように、お互いの尾を噛み合って回り続けるこの世界の絶望的な真実の渦中で、ただ息を呑んでいた。




