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ウロボロスの心臓を撃ち抜けば 〜三色の悪魔と私の永劫回帰〜  作者: ふらう
第三章【漆黒の執着編】ウロボロスの真実と、拒絶の愛
11/18

■3■01:強引なる黒


 リツが遺してくれた『人間の心臓』は、私の胸の奥で確かに、温かい拍動を刻み続けていた。

 人間に戻った私は、炭鉱街を遠く離れ、新たな生を歩んでいた。病に怯え、刃物に怯え、いつか訪れる確実な「死」を待つ生活。それはひどく脆く、けれど悪魔だった頃の孤独に比べれば、どこか安らかな日々になるはずだった。

 ――あの漆黒が、私の前に現れるまでは。

「ようやく見つけたよ、私の可愛い Σ(シグマ)」

 それは、嵐の吹き荒れる夜のことだった。

 アパートの窓ガラスがガタガタと悲鳴を上げる中、部屋の明かりが突然、すべて焼き切れるように消灯した。完全な闇。しかし、その闇よりもなお深い「漆黒」が、部屋の中央に立っていた。

 退廃的でゴシックな狂気を纏った男。

 青白いほどに白い肌に、漆黒の長い髪。唇には黒いリップが塗られ、首元や指先には重厚な銀のアクセサリーがジャラジャラと呪わしい音を立てている。

「だれ……? 私はもう悪魔じゃない。組織の人間なら、他を当たって」

 私は本能的な恐怖に身体を震わせながらも、冷たく言い放った。今の私には、自分を守る『灰色の狼の四肢』もなければ、無限の再生能力もない。ただの無力な人間だ。

 だが、悪魔は歪んだ艶やかな笑みを浮かべ、音もなく距離を詰めてきた。

「関係ないさ。お前が人間だろうが悪魔だろうが、そんなことはどうでもいい。私はね、お前と契約を上書きしに来たんだよ」

「……上書き? 私は契約なんて望んでいない!」

「お前の意志など聞いていない」

 男が細い指を突き出した瞬間、彼の背後の空間がぐにゃりと歪んだ。

 部屋の床に、赤黒い血で描かれたような巨大な魔法陣が浮かび上がる。それは『組織』が管理する正規の契約儀式とは明らかに異なっていた。呪文の配列は歪められ、シンボルは破壊され、男の強大な力によって「強引に改変された」異端の儀式。

 キィィィン――ッ!!

 鼓膜を突き刺すような高音が響き、私の身体が不可視の力で床に縫い付けられる。

「が、あ……っ!?」

 胸の奥が、燃えるように熱い。せっかくリツが返してくれた人間の心臓が、強制的に剥ぎ取られようとしていた。だが、悪魔の掌に集まっていくのは、私の肉体的な心臓ではなかった。彼が引きずり出そうとしているのは、もっと泥臭く、精神的なもの。

「あなた……私の心臓を奪う気……!?」

 苦しみに喘ぎながら問いかける私に、悪魔は瞳のない、完全な黒で塗りつぶされた目を近づけ、狂おしげに囁いた。

「違う。心臓(器)などという物質的な縛りはどうでもいい。私が欲しいのは、お前の『心(愛情)』そのものだ」

 心を悪魔に渡す。それは、これまでのサチやリツとの『契約』とは根本から異なる、禁忌の領域。

 悪魔は不老不死の呪いによる精神崩壊を防ぐため、人間の心を渇望する。だが、この男の執着はそれすらも超越していた。彼は、私の胸に人間の心臓を定着させたまま、私の「精神」だけを完全に独占し、狂わせようとしているのだ。

「お前の心をくれ、私を愛せ。拒絶など許さない」

 悪魔の周囲から溢れ出る漆黒の霧が、部屋の家具や壁をじわじわと腐食させていく。耳まで裂けた口の奥で、歯ブラシのように融合した牙がぎちぎちと不気味に軋んだ。

 圧倒的な傲慢。理不尽なまでの独占欲。

 私は彼の強引な呪いに灼かれ、意識を失いかけながらも、胸の奥で強く冷たい拒絶の火を灯していた。

(私は、絶対に心をあげない……。誰のことも、二度と愛しはしない)

 サチを失い、リツを失った私の摩耗した魂は、男の漆黒の執着に対抗するように、より一層頑なに心を閉ざしていく。こうして、新たな生は最悪の形で破られ、黒い悪魔と私の、歪んだ拒絶の愛が幕を開けた。


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