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幹事スキルで、修羅場も段取りできますか?  作者: tomato.nit


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第九話 次の現場


「じゃあ、次いこうか」


 ディレクターの軽い声が落ちた。

 その直後に現場は動き出したはずなのに、足音と機材の擦れる音がほんの一拍だけ抜け落ちた気がして、理由の分からない引っかかりが胸に残る。


 ……あれ?


 と思ったまま通路の奥に目をやると、さっきまで何もなかったはずの場所に、黒い塊みたいな影がもう立っている。


 でかい。


 ようやく光に照らされたそれは、巨大な岩の人形。


 配信で見たことはある。

 奥に出るやつだ。

 フロアボス。ゴーレム。


 ……なんでここにいんだよ。


 誰かが息を呑んだ音で、現場が一斉に動き出す。


「え、なにあれ」「ちょ、聞いてないって!」と声が重なり、スタッフは機材を抱えたままぶつかりそうになりながら下がっていく。


 カメラマンだけは一瞬だけ迷って、逃げるか撮るかを天秤にかけたままレンズを上げきれない。


 その間にも、ゴーレムはゆっくりと、でも確実にこちらへ距離を詰めてくる。


 ミアが固まる。


 カリンが一歩前に出て「下がって」と短く言い、剣を構える。


 他のメンバーも続くが、いつもの相手じゃないことは空気で分かる。


 カリンは前で間合いを測るスカウト、後ろで魔法使いが詠唱に入って、もう一人の剣士が横から圧をかける。


 やっぱ、画になる。


 ……いや、今はそれどころじゃない。


 魔法使いの詠唱が一拍溜まる。

 背後で光が集まって、空気が張る。


 それに合わせて、剣士が横から圧をかける。

 踏み込みは浅いが、進路をずらす。


 その隙に、カリンが差し込む。

 角度を変えた一撃が岩肌に食い込む。


 最初の踏み込み。

 削れるが、手応えは鈍い。


 直後に魔法が落ちる。

 光が弾けて、表面が一瞬だけ剥がれる。


 横からもう一度、剣士が斬り込む。

 火花だけ散って、止まらない。


 カリンが位置を変える。

 もう一度、角度を変えて叩き込む。


 今度は少しだけ沈む。でも、それだけだ。


 重いまま、前に出てくる。


 攻撃自体は効いている。


 ……効いてはいるが。


 ディレクターだけが動かずに見ている。


「……来たな」


 小さな声の温度が、周りとまるで合っていない。


 手元の台本が、いつの間にか別のページにめくれている。


 ……正気じゃない。


「下がってください! これ無理です、逃げ――」


 カメラマンの声にかぶせるように、「撮れ」と静かに言い切る。


「絶対に撮り逃すな。死んでもカメラは放すな」


 冗談じゃない。

 声のトーンだけで、それは伝わる。


 その間にも距離は詰まり、ミアが一歩下がって足をもつらせるのが見えたところで、考えるより先に体が動いた。


「通路、空けて!」


 逃げるスタッフの流れに割り込み、ぶつかりかけたやつを横に流し、機材を抱えたやつを壁際に寄せて、とにかく道を作る。


 カリンだけじゃない。


 ……これ、人を動かさないと詰まる。


 視界が通った時には、カリンが踏み込める。


 一撃がさっきより深く入るが、それでも止まらない。


 カリンの細腕は、ゴーレムの腕に容赦なく押し返される。


「右!」と声が出て、ミアがぎりぎりで反応し、風圧だけが抜けていく。


 当たっていたら終わっていた、という実感だけが遅れて来る。


 心臓が跳ねる。


 だめだ。

 ミアには、重すぎる。


「ミア!こっち!」


 ようやくつながった道から、ミアの手を取り、一目散に退く。


 カリンたちだけなら、まだ回るかもしれない。


 でも。


 削れてはいるが、倒せる感じがしないまま、距離だけがじわじわ詰まる。


 だめだ。


 場所が悪すぎる。


 それでもカメラは回っているし、ディレクターは動かず、ただ見ている。


「いいな……」


 ぽつりと漏れた一言が、現場の音と噛み合わないままやけに耳に残る。


 思わずそっちを見ると目が合って、――なんでそんな顔してんだよ、という違和感だけが残るが、言葉にはならない。


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