第七話 リハーサル
「それじゃ、リハいくよー!」
無駄に元気なディレクターの声が響く。
緊張感の欠片もない。ここがダンジョンの中だという実感がない。
なんだコレ、飲み屋か――と喉まで出かけた言葉を飲み込む。
よくわからないノリだけが先に回っていて、それに引っ張られるみたいにミアも「は、はい」と浮ついた返事を返した。
「それじゃ、アレ、持ってきちゃって」
軽い指示に合わせて、奥からゴロゴロと荷台の音が近づいてくる。
視線がそっちに流れると、載っているのは拘束されたままのモンスターが一匹。 黒いでかい犬みたいなやつ。 ただ、顔だけ妙にワニっぽい。
配信で何度か見たことがあるやつで、苦戦している印象はあまりない。こうして運ばれてくると、やけに小道具っぽく見える。
「ほら、流石にあれなら初めてでも大丈夫でしょ。ミアちゃんだって配信で見たことあるでしょ」
「ありますけど」
それでもミアの手は軽く震えたままだ。見たことあるのと、目の前にいるのは別だよな、と思う。
「じゃあ、ミアちゃん。台本通りでお願いね」
変わらない調子で背中を押され、ミアが前に出る。
足は一度止まりかけるが、そのまま踏み出して剣を構えた。呼吸は浅いままだが。
モンスターが低く鳴いて、距離を詰める。ミアは一瞬遅れて反応し、そのまま振った一撃は浅く弾かれ、体勢が崩れかける。
あ、と思ったところで、次が来る。
ミアが半歩だけ下がり、噛みつきが空を切る。 緊張してる割には動きは様になってる。 と、思う。何様だ。
そのまま、調子がついたのか、モンスターの攻撃の隙をついて、ミアが一撃を入れる。勝負はあっさりついた。
「……や、やりました」
ミアが小さく言う。息は荒いが、立っている。
それでも、その顔には、今日初めて見る笑顔が少し浮かんでいた。
「いいね、そのまま奥行こう」
ミアが頷いて奥へ進み、台本上はそこに居るはずのカリンたちの元に駆けよる。今は誰も居ないただの通路だが。
ここまでが台本。
で、終わりのはずだった。
なのに、静かすぎないか?
振り返ると、空気がもう一度歪んで、別の影が這い出てくる。
……あれ? これは。先日、ダンジョンから這い出てきたモンスター。それと同じだ。 でも、それよりも、でかい。
「ちょ、これ――」
誰かが言いかけるが、現場は止まらない。モンスターが前に出て、距離が一気に詰まる。
さっきまでの空気が嘘のようにひりつく。
「え、何これ」「聞いてないって」
声だけが増えていく。 でも誰も動いていない。
ミアも同じで、さっきより露骨に止まっている。
「止まっちゃだめだ!」
呼ぶと、びくっと肩が揺れる。
「相手の動きをよく見て!」
「で、でも……」
「いいから、集中!」 言いながら、隣に居たスタッフのバインダーを引っ掴む。「ちょ、ちょっと!」「少し借ります!」 今は少しでもモンスターの気を逸らす。 ミアなら、落ち着けば倒せるはずだ。たぶん。 だから、必要なのはそのための時間だ。 一瞬でいい。
「ほら、こっち見ろ!」 ぶん投げたバインダーが軽い音を立てて、モンスターに当たる。 我ながら馬鹿な挑発だが、モンスター相手ならそれでいいだろう。 長い胴体。その先にくっついた顔が一瞬こちらを見る。 来るなよ。こっちには来るなよ。 でも。 目は逸らすなよ。 そんなよく分からない焦りが頭に渦巻く。 正直、めちゃくちゃ怖いけど。「ミアちゃん!今!」
その声はっとしたように、剣を振りかぶるミア。 モンスターもその空気に気づいたようで、振り返るが。 遅い。
ミアが動く。ぎこちないが。
踏み込んで一撃。当たる。浅いが入った。 「やああああああ!」 ひるんだところに、ミアがもう一撃を叩き込む。 肉を裂く鈍い音が響いて、地面に落ちる音が遅れて鳴る。 浮ついた空気がようやく、呼吸を取り戻し始める。
ああ、終わったな、とようやく思う。
「今の、台本と違ったよね」
ディレクターの声はさっきと同じ調子で、何事もなかったようにミアの前に立つ。
「怖かった?」
「……はい」
ミアの声はやっぱり震えている。
「だよね。でもまあ、それ込みでやってもらってるから」
軽く言って、カメラの方を一瞥する。
それが大人の言うことか。 こんな子供に怖い思いまでさせて。




