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幹事スキルで、修羅場も段取りできますか?  作者: tomato.nit


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第五話 今日は会えてよかった


 喋ろうとしたその瞬間、病室のスピーカーから面会時間終了のお知らせが流れた。


 間が悪いにも程がある。


 カリンも一瞬だけ眉を寄せ、それから諦めたように息を吐いた。


「すみません。続きは、また」


「いや、まあ……病院ですしね」


 締まらない返事しか出てこなかった。


 看護師が廊下の向こうから様子を見ている。


 これ以上粘る理由もない。


 俺は後ろ髪を引かれながら病室を出た。


 エレベーターを待って、病院の自動ドアを抜けて、外の夜気を吸い込む。


 そこで、スマホが震えた。


 カリンからだった。


 短いメッセージが一通だけ届いている。


 『今日は会えてよかった。』


 その文字列を見た瞬間、ようやく全部が腹に落ちた。


 朝から修羅場だった。


 血だらけの推しがダンジョンから転がり出てきて、モンスターまで這い出してきて、訳も分からないまま人を怒鳴って動かして、気づいたらSDカードなんてものまで握らされていた。


 夜になって、病院に呼ばれて、オフの推しと会って、名前まで呼ばれた。


 そこまで全部、流れで来てしまった感じだったのに。


 いや待て待て待て待て。


 落ち着け。


 無理だろ。


 今日は会えてよかった、って何だよ。


 こっちの台詞でもあるんだけど。


 何かをしていないとどうにかなりそうで、俺は意味もなく走り出した。


 別に逃げたいわけじゃない。ただ、このまま立っていたら、駅前の道の真ん中で一人で変な顔をしてしまいそうだった。


 夜の歩道を一駅分くらい走って、ようやく足を止める。


 息が上がる。


 頭の中はもっと上がっている。


 推しに、今日は会えてよかったって言われた。


 もう駄目だ。寝られる気がしない。


 体は限界だった。


 でも、目だけは妙に冴えていた。


 カリンの言葉が、頭の中を延々とぐるぐる回る。


 眠れるわけがなかった。


 頭は重いし、目も少し痛い。


 それでも朝は来るし、会社は休みにならない。


 布団の中でスマホを開いて、少しだけ迷ってから、カリンに短いメッセージを送る。


 『おはよう。明日はよろしく。』


 それだけ送って、布団から出た。


 仕事はした。


 たぶん、ちゃんとした。


 会議室の予約も取ったし、昼の弁当注文もまとめたし、急ぎのメールにも返した。


 でも、どれも少し上の空だった。


「相原さん、なんか今日いいことありました?」


 昼過ぎ、後輩がそんなことを言った。


「は?」


「なんかずっと顔がにやけてます」


「失礼だな」


「いや、いつもよりちょっとだけですけど」


 言われて、思わず自分の頬を触った。


 にやけていたのかもしれない。


「な、なんでもない」


 不器用にそう返すと、後輩は妙に察しのいい顔をして引いた。


 そういう顔をするな。何もない。


 ……いや、何もなくはないな。


 推しと連絡先が繋がって、個人的なメッセージが来て、明後日一緒に現場へ行くことになっている。


 十分おかしい。


 定時までどうにか仕事を片づけて、帰りの電車に乗る。


 そこでまたスマホが震えた。


 短い一文。


 『うん。よろしく。』


 危ない。


 また走り出しそうになった。


 いや落ち着け。落ち着けって。


 明日に備えないといけないんだろ。


 ただ浮かれていい日じゃない。


 だからその夜は、変な方向に思考が転がる前に、無理やり布団に入った。


 幸い、今朝の寝不足がまだ効いている。


 目を閉じたらすぐに沈んだ。


 そして翌日。


 指定された現場は、王国転移後に再開発が半端なまま止まっている湾岸倉庫街の一角だった。


 朝は早い。空気はまだ冷たい。


 大型搬入口の前には、機材車と資材ケースがずらりと並び、スタッフ証を首から提げた連中が慌ただしく行き来している。


 俺もその中に紛れて、借り物のスタッフ証を胸元に下げた。


 鏡で見た時から、似合ってはいない。だが、似合う必要もない。


 搬入スタッフに紛れて入る。


 カリンの出した答えは、それだった。


 深く息を吸う。


 ここから先は、配信の視聴者席じゃない。


 俺は手に持った資材箱を抱え直して、開いた搬入口の中へ足を踏み入れた。


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