第二十一話 勝ったら困る進行表
店を出たところで、スマホが震えた。
『次の配信、私が渡された進行表だけ違います』
駅へ向かう酔客の笑い声が、夜の歩道を流れていく。
俺は立ち止まり、その場で返信した。
『今、どこですか』
返事はすぐに来た。
駅前のファミレスへ入ると、ミアは奥の席で待っていた。
大きめのパーカーを着て、膝の上に黒い鞄を抱えている。撮影現場で見るより、さらに幼く見えた。
「遅くにすみません」
「こっちは二次会の帰りなので、気にしなくていいです」
向かいへ座ると、ミアが鼻を動かした。
「飲んでますか」
「烏龍茶を半分ほど」
「二次会ですよね?」
「幹事が酔ったら、帰れない人間が増えるでしょう」
ミアの口元がわずかに緩んだ。
それもすぐに消えた。
鞄から折り畳まれた紙を取り出し、テーブルの上へ広げる。
表紙には、見覚えのある企画名が印刷されていた。
新人探索者ミア・特別成長配信。
俺が事前に渡されているものと同じだった。
「マネージャーから、カリンさんには見せるなと言われました。別の動きがあるから、余計な情報を入れない方がいいって」
俺も鞄から進行表を出し、隣へ置いた。
開始時刻、撮影場所、出演者。
二枚の内容は、ダンジョンへ入るところまで一致している。
違っていたのは、その先だった。
俺の進行表では、ミアとカリンは同じ入口から入り、第三通路の手前で前後に分かれる。ミアが先行し、カリンが後方から支援する。カメラも二人の間を動く予定になっていた。
ミアの紙では、入口から別だった。
新人単独リアクション収録。
第三通路内、指定地点まで単独移動。
カリンとの合流は現場の指示後。
カメラ班は先行して配置し、ミアは指定地点を維持する。
配信の台本として読めば、それらしい。
俺は二枚の進行表をずらしながら、同じ時刻を横に揃えた。
ミアが単独で奥へ入る頃、カメラはすでに第三通路で待っている。カリンと救護班は別の入口から遅れて入り、その後ろでは追加機材の搬入が始まる。
さっきまで、五十八人を二軒の店へ振り分けていた。
誰を先に出せば詰まるのか。どこへ人が重なり、誰が戻れなくなるのか。
やっていることは、ほとんど同じだった。
指で時刻を追い、追加機材の欄で止める。
「ミアさんが指定地点に着いた直後、ここから機材班が入ります」
ミアが頷いた。
「引き返したら、通路でぶつかります」
「私も、そう思いました」
驚いた様子はない。
自分の考えが間違っていないか、確かめに来たのだろう。
「説明された時は、何と?」
ミアの指が紙の端を摘まんだ。
「怖がっているところも隠さなくていいと言われました。モンスターが出たら、カリンさんが来るまで時間を稼ぐようにって」
そこで一度、言葉が途切れる。
「倒せそうでも、すぐには倒すなとも言われました。カリンさんが助けに入るところまで撮りたいから」
店の奥で食器が重なり、乾いた音を立てた。
「戻るのも、救援を呼ぶのも、久世さんの合図が出てからです」
進行表には、単独区間六分と書かれている。
退路には機材が入る。
救護班は遅れている。
目の前の敵を倒せても、倒してはいけない。
「どうして、俺に連絡したんですか」
ミアはしばらく紙を見ていた。
「逃げてもいいって言ってくれたからです」
下見の日、地図に引いた赤い線を思い出す。
危なければ戻る。
戻れなければ別の道を使う。
それだけの話だった。
「そう言ったの、相原さんだけでした」
「カリンさんには?」
「言えません」
今度の返事には迷いがなかった。
「話したら、また自分が代わろうとします。相原さんを現場から外そうとしたのも、自分が怒られれば済むと思ってるからです」
否定する材料はなかった。
カリンなら、たぶんそうする。
俺は二枚の進行表へ、ボールペンで小さく印をつけた。
ミアの先行。
カリンの待機。
遅れて入る救護班。
先回りしているカメラ。
退路へ入ってくる追加機材。
ばらばらに書かれていた予定が、第三通路の同じ六分間へ集まっていく。
その直後には、スポンサー商品の使用指示が置かれていた。
ミアが一人でモンスターを倒せば、そこまで進まない。
「これ、ミアさんが勝ったら困る進行表ですね」
紙を押さえていた指が止まった。
「じゃあ、私は……」
ミアは顔を上げたが、その先が続かなかった。
二枚の紙を重ねる。
表紙も、企画名も、出演者も同じだ。
外から見れば、一つの配信にしか見えない。
「カリンさんを呼び込むためでしょうね」
ミアの唇がわずかに開いた。
進行表の中には、彼女が怖がる時間も、追い詰められる場所も、その姿を撮るカメラの位置も書かれている。
ただ一つ、ミアが自分で勝って帰る予定だけが、どこにもなかった。




