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幹事スキルで、修羅場も段取りできますか?  作者: tomato.nit


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20/22

第二十話 二次会までが仕事です

 翌朝になっても、カリンから連絡はなかった。


 俺からも送っていない。


『次の現場には来ないでください』


 あそこまで明確に言われて、何度も連絡を入れるのは違う。


 パソコンを開き、未処理のメールを上から片づける。会議資料の数字を直し、担当者へ確認を送り、印刷された座席表へ変更を書き込む。


 仕事をしている間だけは、余計なことを考えずに済む。


 そう思っていたのに、資料の余白を見るたび、第三通路の地図が重なった。


 救護班の待機場所から遠く、入口から奥が見えない。先頭を歩くのはミアだ。


 地図の上に機材と人を置いていけば、退路から順に埋まっていく。


 マウスを握ったまま手が止まり、隣の席からキーボードを叩く音だけが聞こえてきた。


 考えたところで、今の俺には何もできない。


 画面へ視線を戻したところで、未読メールが一件増えた。差出人は総務。全社会議の参加人数変更。


 カリンの代わりに、会社が面倒を寄越してきた。




 全社会議が終わったのは、予定を二十分過ぎた頃だった。


 午前中から並べた机を戻し、回収した資料を部署ごとに分け、置き去りにされた名札を箱へ放り込む。


 ようやく自席へ戻れると思ったところで、課長の手が肩に乗った。


「相原。今日の二次会、頼めるか」


「嫌です」


「即答するなよ」


「今日はもう、十分働きました」


 午前中は会場準備。午後は議事進行。立食の懇親会が始まってからは、座席変更に資料不足、遅れて来た社員の誘導まで押しつけられた。


 これ以上は勤務ではなく、罰ゲームに近い。


「担当が顧客対応で抜けたんだよ。店自体は押さえてある」


「参加者は何人ですか」


「三十人くらい」


 課長の目が、俺の肩越しへ逃げた。


「今は何人ですか」


「ちょっと増えて、五十八」


「予約は三十人ですよね」


「だから頼んでる」


 課長は胸の前で両手を合わせた。後ろを通った社員が、それを見なかったことにして足を速める。


「役員も何人か行くらしい」


「それを先に言ってください」


「相原なら回せるだろ」


 卑怯な言い方だった。


 無理だと言えば、できない人間のように聞こえる。


「貸しですからね」


「分かった、分かった」


 分かっていない人間の返事と一緒に、折り目だらけの参加者一覧を渡された。


 今日は早く帰るつもりだった。


 第三通路の地図をもう一度見直して、何か見落としがないか考える。それくらいしかできなくても、何もしないよりはましだと思っていた。


 だが、名簿を開いた途端、名前の横に別の情報が並び始める。


 地方から来ていて終電が早い人間。一次会ですでに顔の赤い社員。役員。若手。酒を飲まない組。遅れて合流する営業部。


 五十八人を一店舗へ押し込む形を考えかけ、すぐに捨てた。


「課長。駅の反対側に系列店がありましたよね」


「あるけど」


「二店舗に分けます。元の店に三十二人、向こうに二十六人。地方組は駅に近い方へ。役員も割ります」


「役員を分けていいのか?」


「固めたら、周囲の若手が接待係になります」


「ああ……確かに」


「各店に会計担当を一人置きます。遅れる三人は店へ直接。終電が早い人は、最初に会費を集めておきます」


 返事を待たず、系列店へ電話をかけた。


 予約担当者へ事情を説明し、席の形と人数を確認する。通話中に後輩へ参加者用チャットを作らせ、二店舗の地図を貼らせた。


 役員の名前を左右へ振り分け、部署の偏りを崩す。一次会で飲みすぎた人間は、なるべく上司の近くへ置かない。酒を勧められて断れないからだ。


 紙の上で五十八人が動き、空いていた椅子へ収まっていく。


「相原さん、なんか楽しそうですね」


 隣でチャットを作っていた後輩が言った。


「楽しくない」


「でも、さっきからすごく速いですよ」


「一分でも早く帰りたいだけだ」


 営業部三人の配置を入れ替える。


 役員の隣へ営業を置けば、その場で仕事の話が始まる。懇親会の続きが、会議の延長になるだけだ。


「その顔で言われても、説得力ないですけど」


「どういう顔だよ」


「詰まってたものが流れて、気持ちよさそうな顔です」


 反論しようとした時、系列店から連絡が入った。


 一卓だけ、団体客が長引いて使えないらしい。


 参加者一覧へペンを走らせ、六人席を四人と二人に崩す。二人は途中参加の営業と入れ替えれば、席を空けて待つ必要もない。


「相原さん」


「今度は何だ」


「やっぱり楽しそうです」


「仕事しろ」


 名簿を畳んだ時には、朝から頭に引っかかっていた通路の暗がりが、どこかへ押しやられていた。




 二次会が始まってからも、椅子に腰を下ろす暇はなかった。


 遅れて来た営業を空席へ通し、追加注文を二店舗分まとめる。地方社員の精算を先に済ませ、酒を飲まない人間の前には、揚げ物ではなく残っていた刺身とサラダを寄せた。


 役員が若手社員を一人捕まえ、身振りを交えながら昔の仕事の話をしている。


 若手のグラスは、十分ほど前から空のままだった。


 近くにいた顔の広い部長へ声をかけ、役員の話へ割って入ってもらう。部長が昔の案件名を出した途端、役員の顔がそちらへ向いた。


 若手は椅子を引き、俺の横を通り抜ける時に小さく頭を下げた。


「相原さん、飲まないんですか」


 後輩が俺の前に置かれた烏龍茶を見る。


 氷はもう半分以上溶けている。


「飲んだら、最後に誰が人数を確認するんですか」


「幹事って大変ですね」


「好きでやってるわけじゃない」


 答えながら、空いた皿を三枚重ねた。


 料理を運んできた店員が両手を塞いでいたので、そのまま皿を受け取って渡す。空いた卓へ人を一人ずつ移せば、通路を塞いでいた立ち話の輪も自然にほどけた。


 後輩が、まだこちらを見ている。


「何ですか」


「いや。手慣れてるなと思って」


「何年会社員をやってると思ってるんだ」


 店内へ目を向ける。


 普段はほとんど関わらない部署同士が、料理を挟んで笑っている。一次会では壁際に立っていた若手も、今は別部署の同期とスマホを見せ合っていた。


 誰かが席を立つと、空いた場所へ別の誰かが入る。


 注文は途切れず、会計も止まらない。


 人が動くたびに、次に空く場所が分かった。


 烏龍茶へ手を伸ばしかけたところで、入口から二人増えた。椅子を足し、料理を一皿移し、会費を受け取る。


 気づけば、喉が渇いていることも忘れていた。


 終了予定まで、あと十五分。


 そろそろ各店の人数を確認しようとスマホを取り出した時、店の奥から後輩が駆けてきた。


「相原さん、ちょっと来てください」


 声の調子で、大体の予想はついた。


 廊下へ出ると、一次会から飛ばしていた社員が、出口脇の壁へ片手をついていた。


 足元には、見なかったことにできないものが広がっている。


「うわ」


 モンスターよりは見慣れていた。


 少なくとも、噛みついてはこない。


「ここは使わないでください。帰る人は奥の出口から回してください」


 様子を見に来た社員を反対方向へ流す。


 吐いた本人は膝に力が入らず、同じ部署の社員に肩を支えられていた。


「袋をもらってきてください。本人は横向きに。仰向けに寝かせないで」


「水、飲ませた方がいいですか」


「今は口を濯ぐだけで。意識が落ちたらすぐ呼んでください」


 店員から清掃道具を借り、汚れの外側へ新聞紙を敷く。


 床には、すでに一人分の靴跡が続いていた。廊下を曲がり、トイレの前で途切れている。


 視線を上げると、様子を見に来た社員の一人が、右足だけ妙に浮かせていた。


「その靴、上げてもらえますか」


「え、俺?」


「踏んでます」


 恐る恐る靴底を見た社員の顔が引きつった。


「うわ、最悪」


「歩き回る前でよかったです。これで拭いてください」


 雑巾を渡し、床へ残った跡を追う。


 洗剤を薄め、外側から内側へ拭き取る。臭いが広がらないよう袋を閉じる頃には、吐いた本人も少し返事ができるようになっていた。


 同僚一人を付き添わせ、タクシーへ乗せる。


 店へ清掃代を確認し、座席とトイレの忘れ物を回収した。片方だけのワイヤレスイヤホン、折り畳み傘、社員証。どうして会社の飲み会では、毎回一つくらい身元を置いて帰る人間がいるのだろう。


 店内へ戻ると、照明が少し明るくなっていた。


 ついさっきまで人で埋まっていた席には、空のグラスと濡れたおしぼりだけが残っている。


 俺の烏龍茶も、誰にも片づけられずテーブルの端に置かれていた。


 一口飲む。


 氷はすべて溶け、妙に薄かった。


「……何やってるんだろうな」


 トイレで手を洗う。


 石鹸を二度使っても、鼻の奥にはまだ消毒液と酒の匂いが残っていた。


 顔を上げると、鏡の中に疲れた会社員が立っている。


 ネクタイは曲がり、シャツの袖には水が跳ねていた。


 その肩口に重なるように、スキル欄が浮かぶ。


《幹事B》


 文字の末尾がぼやけ、小さな光が集まった。


《幹事B+》


 数秒遅れて、もう一つの表示が揺れる。


《清掃C》


 こちらにも、控えめな光が走った。


《清掃C+》


 五十八人を二つの店へ詰め、酔っ払い一人をタクシーへ乗せ、最後に床を拭いた。


 その結果が、これらしい。


「そこが上がるのかよ」


 剣術でも、魔法でもない。


 鏡の中の俺は、濡れた手を振っているだけだった。


「地味だな……」


 表示は何も答えず、淡くなって消えた。


 店を出ると、汗の残った首筋へ夜風が入った。


 駅前には、二次会を終えたらしい集団がいくつも固まっている。笑い声と呼び込みの声が混ざり、タクシー乗り場の列だけが静かに伸びていた。


 スマホが震えた。


 カリンかと思い、取り出す手が少しだけ速くなる。


 表示されていたのは、知らないアカウントだった。


『相原さんですよね』


 足が止まる。


 続けて、もう一通届いた。


『カリンさんには言わないでください』


 アカウント名を確認する。


 ミア。


 薄かった酔客の声が、急に遠くなった。


 三通目が表示される。


『次の配信、私が渡された進行表だけ違います』


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