表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幹事スキルで、修羅場も段取りできますか?  作者: tomato.nit


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/22

第十八話 予定にない杭

 本番二日前、変更された第二通路の下見に入った。


 同行するのは俺とカリン、撮影スタッフが一人。それに、施設管理側の案内員だ。久世はスポンサーとの打ち合わせがあるらしく、現場には来ていない。


「昨日のところより、だいぶ狭いですね」


 先を歩くカリンの声が、低い天井にぶつかって戻ってくる。


 通路の両側には、営業していた頃の看板や、外されないまま錆びた配管が残っていた。二人並べば肩が触れそうな場所もあるうえ、曲がり角が多い。入口から十メートルも進めば、後ろにいる人間の姿は見えなくなった。


 撮影スタッフが照明を持ち上げ、天井から垂れた金具にぶつけかける。


「ここ、機材まで入れますかね」


「入れるだけなら」


 俺は通路の幅を測りながら答えた。


「ただ、誰かが倒れた時に避ける場所がありません」


 スタッフが照明を胸の高さまで下げた。


 通信機から、砂を擦るような音が流れる。


「この辺り、電波が弱いんですか」


 案内員が手元の端末を確認した。


「中央付近だけ乱れます。もう少し先へ行けば戻りますが、完全に切れることもあります」


 地図の該当箇所に印をつける。


 入口に置いた救護班から距離があり、退路は今歩いてきた一本だけ。機材が入れば、人一人を運び出すにも順番を決めなければならない。


 使える理由を探す方が難しかった。


「本当に、ここを使うんですか」


 カリンが振り返る。


「それを決めるための下見です」


「久世さんは、もう決めてると思いますけど」


「潜るのは久世さんじゃありませんから」


 後ろで撮影スタッフが息を漏らした。


 俺が見ると、口元を押さえて咳払いをする。


 さらに奥へ進んだ。


 靴底が土埃を踏むたび、曲がり角の向こうから少し遅れて音が返ってくる。照明の外には、閉じたシャッターと剥がれかけた広告が並んでいた。


 そのほかには、何もいない。


 カリンの足が止まった。


「反応がありません」


 腰の装備に触れたまま、暗がりへ目を凝らしている。


「モンスターがいない?」


「少なくとも、この近くには。探索済みでも、ここまで綺麗に空になることは少ないです」


 昨日確認した第一通路では、物陰から小型が何体か出てきた。そのたびにカリンが先に気づき、案内員が記録している。


 今日は、その手順が一度もない。


「何かを避けている可能性はあります」


 カリンの視線が、壁から天井へ移る。


 俺は足元を見た。


 土埃の上に、細い線が二本走っている。


 一定の幅を保ったまま、通路の奥まで続く車輪跡だった。


「最近、ここへ何か運びましたか」


 案内員が線の脇へしゃがみ込む。


「管理側では何も。第二通路は、今週に入ってから閉鎖しています」


「制作側の下見は」


「申請上は、今日が最初です」


 跡の上には新しく埃が積もっていない。


 誰かが、閉鎖されたあとに台車を入れている。


 車輪跡を踏まないように端へ寄り、曲がり角を一つ越えたところで、カリンの腕が横へ伸びた。


「待ってください」


 全員が止まる。


 壁際のタイルが崩れた場所に、黒い杭が斜めに刺さっていた。


 二十センチほどの金属製で、通路の照明を鈍く返している。先端にこびりついた赤黒いものは、乾いて表面がひび割れていた。


 撮影スタッフが反射的にカメラを向ける。


 カリンが腰を落とした。


「触らないでください」


 思ったより強い声が出た。


 カリンの肩が止まり、こちらへ顔だけを向ける。


「触りません」


「すみません。そのままで」


 彼女は何も言わず、杭から一歩離れた。


 撮影スタッフに、杭だけでなく壁面と床、曲がり角まで続けて撮ってもらう。俺もスマホを出し、距離を変えながら記録した。


 杭の根元には、三本の細い溝が刻まれている。


 鞄から小さな透明袋を出した。中に入っているのは、前のリハーサルで使われていた拘束具の破片だ。


 袋越しに並べると、溝の幅までよく似ていた。


「これは、何に使うものですか」


 カリンが杭から目を離さずに答える。


「誘導具だと思います。匂いをつけて、モンスターを呼び寄せる道具です。討伐や捕獲で使いますけど、勝手に刺していいものではありません」


 案内員が端末を操作する。


「この区画での使用申請は出ていません。管理側の設置物でもありません」


「今のやり取り、音も入っていますか」


 撮影スタッフがカメラを確かめた。


「入ってます。位置関係も撮れてます」


 杭から車輪跡へレンズを移してもらう。


 人の足跡は、ところどころで途切れていた。車輪の線だけが、暗い通路のさらに奥へ伸びている。


 発見時刻と位置、同行者の名前をスマホへ打ち込む。案内員にも、管理側の記録を残してもらった。


 ここで先へ進む理由はなかった。


 通信が戻る場所まで引き返し、久世へ電話をかける。


 三回目の呼び出しで繋がった。


『どう? 使えそう?』


「第二通路は使えません。無許可の誘導具らしいものが設置されています」


『杭?』


 指が止まった。


 まだ、形は伝えていない。


「なぜ杭だと分かったんですか」


 電話の向こうで、一拍だけ雑音が続いた。


『誘導具なんて、大体そういう形でしょ。管理の人がいるなら、抜いてもらえばいいよ』


「設置者が分かりません。他にも仕掛けられている可能性があります」


『それを確認するための下見じゃないの?』


「俺たちは、未申請の誘導具を処理するために来たわけではありません」


 声を荒らげるつもりはなかった。


 ただ、ここを曖昧にすれば、二日後には人と機材が入る。


「管理側の調査が終わるまで、第二通路は使えません」


『決めるのは俺だよ』


「撮影を行うかは、久世さんが決めてください」


 隣の案内員を見る。


「この施設が通路を貸すかどうかは、管理側の判断です」


 案内員が通信機へ顔を寄せた。


「第二通路は一時封鎖します。安全確認が終わるまで、撮影許可は出せません」


 久世は何も言わなかった。


 遠くで誰かと話す声が入り、数秒後に返事が戻る。


『分かった。後で連絡する』


 通話が切れた。


 ほとんど同時に、カリンのスマホが震える。


 画面を見た途端、彼女の口元から力が抜けた。


「久世さんですか」


 カリンは無言で画面をこちらへ向けた。


『下見の段階で過剰反応しないよう、相原さんに説明して』


『カリンが不安がるから、周りまで神経質になってるように見える』


 文面の中に、俺も案内員もいなかった。


 通路を止めたのは、いつの間にかカリンの不安になっている。


「……すみません」


 カリンはスマホを伏せた。


「俺が止めました。封鎖したのは管理側です」


「でも、こういう時はいつも」


「今は戻りましょう」


 口にしたところで、久世の文章が消えるわけではない。


 それでもカリンは頷き、スマホをポケットへしまった。歩き出した足音が、来た時より硬く通路へ響く。


 入口へ戻ると、案内員が黄色い封鎖テープを取り出した。


 壁から壁へ渡し、日付と管理番号の札をつける。その作業が終わる直前、腰の通信機から管理室の声が流れた。


『管理室から現地班。第三層で大型反応を確認』


 案内員の手が止まる。


『現在、第二通路方向へ移動中。繰り返す。大型反応が第二通路へ接近中』


 通路の奥で、何かが壁を擦った。


 音だけで、照明の届かない場所の広さが変わったように感じた。


 カリンの手が短剣へ伸びる。


「出ます」


 撮影スタッフを外へ押し出し、案内員にも続いてもらう。


 カリンは暗がりを見たまま後ろへ下がった。彼女がテープを越えたのを確かめてから、俺も入口側へ出る。


 奥で、重いものが壁にぶつかった。


 残されていた古い看板が落ち、金属音が何度も通路を跳ね返ってくる。


 昨日までの進行表なら、あの奥にミアが立つことになっていた。


 すぐ後ろにはカメラが入り、音声と照明のスタッフが退路を埋める。


 俺は剥がれかけた封鎖テープの端を引き、入口の柱へ張り直した。


 暗闇の中で、また何かが動く。


 誰も怪我をしていない。


 カメラにも、まだ何も映っていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ