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幹事スキルで、修羅場も段取りできますか?  作者: tomato.nit


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第十六話 中止条件は空欄

 帰宅すると、コンビニの袋を台所へ置いたまま、久世から渡されたファイルを机に広げた。


 夕飯は後でいい。


 表紙をめくると、撮影当日の進行表が綴じられていた。


 午前七時にスタッフ集合。十五分後に機材を搬入し、八時に出演者が入る。事前撮影を九時から行い、本配信は十時開始。


 そこまでは、どこにでもありそうな予定だった。


 配信開始後の欄へ入ると、文字が急に細かくなる。


 三分でミアが最初のモンスターを発見し、五分でスポンサー名の入った装備を使用。八分にカリンと合流した後、十二分からミアを単独で先行させる。


 十五分。


 軽度の負傷を想定。


 その三分後にカリンが救援へ入る。


 カメラを切り替える秒数だけではない。商品名を口にする回数や、ミアが怯えた場合の声のかけ方まで書かれていた。欄外には、コメントの流れが速くなると見込んだ時刻まで記されている。


「細かいな……」


 赤字の修正跡は何度も行をまたぎ、照明やカメラの位置まで調整されていた。


 久世は、仕事ができない人間ではない。


 現場を見て、出演者の反応を考え、画面の向こうがどこで盛り上がるかまで計算している。その細かさの中に、昨日のゴーレムも置かれていた。


 ノートパソコンを開き、紙の進行表をデータへ移していく。


 出演者、撮影、照明、音声、機材。担当者の名前を拾い、時間と役割を結びつける。


 こういう作業には慣れていた。


 会議でも宴会でも、誰が何をするのか曖昧なまま始めれば、最後には誰か一人へ仕事が寄る。


 だいたい、俺のところへ。


 半分ほど入力したところで、カーソルが止まった。


 救護班は二名。


 名前はあるが、待機位置がない。


 回復薬は準備本数だけが書かれ、誰が持つのか決まっていなかった。搬出用の車両も一台用意されているが、呼び出す担当者の欄は空いている。


 入力を終えた表で、「負傷」と検索する。


 見つかったのは、十五分の〈軽度の負傷を想定〉だけだった。


 出演者が遅刻した場合、機材が故障した場合、スポンサー商品が壊れた場合。配信回線が落ちた時には、復旧までのつなぎ方まで決められている。


 それなのに、負傷者が出た後の行だけが白い。


 昨日の通路で、スタッフたちが機材を抱えたまま立ち尽くしていた姿が浮かんだ。


 薬を持つ人間も、運ぶ人間も、撮影を止める人間も決まっていない。そこへ責任者の「撮れ」だけが飛んできた。


「そりゃ、止まるよな」


 進行表を複製し、空いていた欄を埋めていく。


 救護班は出演者控室と撮影区画の中間に待機。回復薬は一名がまとめて管理し、予備を各区画へ配置する。搬出経路からは、開始前に機材と資材箱を撤去。


 通信が切れた場合の合図も決めた。


 軽傷者が出た場合は治療が終わるまで進行を止め、想定外の上位モンスターが現れた場合には出演者とスタッフを退避させる。


 最後に、中止判断者の欄へ名前を入れた。


 久世直人。


 中止を決めるのは自分だと、電話で聞いている。


 修正版をメールへ添付して送ると、十分もしないうちにスマホが鳴った。


『相原さん、仕事早いね。もう見たよ。救護班の位置も搬出経路も、このまま使えそうだ』


「では、当日はこれで回します」


『その前に、中止条件だけ外してくれる?』


 画面の該当行へ目を落とす。


「理由を聞いてもいいですか」


『上位モンスターって言っても、現場で線を引くのは難しいでしょ。怪我だって、擦り傷から重傷まであるんだから』


「曖昧だから、先に基準を決めておく必要があります」


 受話口が静かになった。


 長くは続かない。すぐに、笑いを含んだ声が戻ってくる。


『相原さん、真面目だなあ』


「昨日は、死人が出てもおかしくありませんでした」


『でも、出なかった』


 間を挟まず返された。


『全員帰った。配信も成功したし、ミアちゃんの数字も伸びた。現場は、結果で見るしかないよ』


「次も同じ賭けをするんですか」


『賭けじゃないって』


 紙をめくる音が混じる。久世は笑ったままだった。


『生配信は、予定通りにいかないところが面白いんだ。何か起きるたびに止めていたら、何も撮れない』


「止めなければならない時もあります」


『そこを、止めずに済む状態へ戻すのが相原さんの仕事だよ』


 声は穏やかだった。


『危なくなったら整理する。人を動かす。続けられる形に戻す。昨日みたいにさ』


 画面には、自分が加えた救護班の位置と搬出経路が並んでいる。


 全員を帰すために足したはずの行を、久世は撮影を止めないための手順として読んでいた。


『中止の判断は俺がする。最初に話したよね』


「分かりました」


『助かるよ。やっぱり相原さん、話が早い』


 通話が切れた。


 部屋に、ノートパソコンのファンが回る音だけが残った。


 相原は修正版を〈安全管理用〉として保存した後、ファイルを複製した。


 中止条件の行を選択し、削除する。


 その下にあった久世の名前も消えた。


 空白になった表を〈久世提出用〉として保存し、メールへ添付する。


 送信。


 画面の左右に、二つの進行表を並べた。


 出演者の動きも、撮影の順番も、スポンサー商品の出る時刻も同じだった。


 違うのは、誰が薬を持つか。どこから逃がすか。いつ撮影を止めるか。


 スマホに、久世からメッセージが届いた。


『これで大丈夫。次もよろしく』


 返信欄は開かなかった。


 左には、久世へ提出した予定表。


 右には、削除する前の予定表。


 同じ現場を記した二枚なのに、片方にだけ、全員が帰るまでの段取りが残っていた。


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