表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幹事スキルで、修羅場も段取りできますか?  作者: tomato.nit


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/22

第十四話 空欄を埋める

 帰宅すると、上着も脱ぎきらないうちにノートパソコンを開いた。


 黒い金属片を入れた袋は、机の端に置く。薄いビニール越しでも、三本の溝が照明を鈍く返していた。


 表計算ソフトを立ち上げ、新しいシートに項目を作る。


 時刻、発言、出演者とカメラの位置、スタッフの動き。


 右端には、確認できた事実と推測を分けて置いた。


 怪しいと思ったものほど、混ぜない方がいい。仕事でも、誰かの思惑を先に決めつけた議事録は、だいたい後で揉める。


 公開された配信のアーカイブと、カリンから受け取った準備映像を横に並べる。視聴者が上げた切り抜きも開き、同じ場面で停止した。


『じゃ、次いこうか』


 ディレクターの声が落ちる。


 その直後、二台目のカメラが後ろへ下がり、ライトの向きが通路の奥へ変わった。


 相原は再生位置を戻した。


 もう一度見る。


 カメラが下がる。ライトが動く。スタッフが通路の左右へ寄る。


 二十七秒後、ゴーレムが現れた。


 画面の中でスタッフたちが崩れ、怒鳴り声が重なる。その中で、ディレクターは手元の台本をめくっていた。


『絶対に撮り逃すな。死んでもカメラは放すな』


 相原は時刻と発言を入力し、続けて『ディレクターは驚いていない』と打ち込んだ。


 指が止まる。


 映像で見えるのは、顔と手の動きだけだ。驚かなかったのか、驚いても表に出なかったのかまでは分からない。


 入力した文字を切り取り、推測の欄へ移した。


 ゴーレムの出現を事前に知っていた。


 撮影側が、あの場所まで運び込んだ。


 浮かんだ言葉はどちらも同じ欄へ入れる。疑う理由はあるが、書いたからといって事実になるわけではない。


 机の端から袋を引き寄せ、金属片を撮影した。


 準備映像に映っていた拘束具を拡大し、写真と並べる。


 三本の溝。固定具を通すためらしい穴。端に潰れかけた刻印。


 同じ部品ではなかった。形も厚みも違う。


 それでも、溝の幅と穴の位置には似た癖がある。


 事実の欄には、外見上確認できる共通点だけを記した。その隣に、同じ製造元か、同一規格の拘束具である可能性と添える。


 シートを右へ送るたび、空白だった行が埋まっていった。


 カメラの移動は、次の場面を撮る準備だったのかもしれない。照明も演出のために変えただけで、ディレクターの反応は現場慣れで説明できる。


 金属片にしても、以前ここへ入った探索者が落とした可能性は残る。


 一つずつなら、どれも不自然ではない。


 だが、それらをすべて無関係な偶然として並べると、ゴーレムが現れる前から現場だけが妙に整いすぎていた。


 相原は表の中から、確認できたことだけを抜き出した。


『金属片だけでは、ゴーレムが運び込まれた証拠にはなりません』


『ただ、出現の二十七秒前から、二台目のカメラと照明が通路全体を押さえる位置へ動いています』


 そこで一度読み直し、最後の一文を送った。


『ゴーレムが出てから対応したのではなく、出る前に撮影の準備が始まっています』


 既読はすぐについた。


 返信を待つ間、ノートパソコンのファンが小さく唸っていた。机の上には金属片と、疑いを細かく切り分けた表だけが残っている。


『やっぱり、そうなんですね』


 驚いたというより、胸の内にあったものを確かめるような文だった。


『前にも似たことがありましたか』


 送ってから、しばらく返事は来なかった。


 相原は止めていた映像を再生したが、内容は頭に入らない。カーソルだけが表の空白を点滅させていた。


『回復役の合流が遅れた時、カメラだけ先に着いていたことがあります』


『その時は、偶然だと思いました』


 新しい行を作る。


 日付は不明。回復役の到着が遅れ、撮影班は先行していた。情報源はカリン本人。


 入力を終えると、画像が届いた。


 事務所のグループチャットを撮ったものらしい。画面の上には、あのディレクターの名前がある。


『昨日、現場回してた男いたよね』


『次の配信、進行で入れられない?』


『名前分かる?』


 画像の下に、カリンのメッセージが続いた。


『どうしますか』


 相原は椅子の背に体重を預けた。


 昨日は借り物のスタッフ証で入り込み、頼まれてもいない仕事に手を出した。それが向こうには、混乱した現場を回せる便利な人間に見えたのだろう。


 あるいは、カリンと接触していることに気づき、手の届く場所へ置こうとしている。


 どちらなのかは分からない。


 ただ、拘束具がどこから運ばれ、誰がゴーレムの出現を知っていたのかを調べるなら、外から配信を眺めているだけでは届かない。


 次の配信までは一週間だった。


『受けます』


 送ると、すぐに返事が表示された。


『危ないですよ』


 画面の表には、まだいくつも空欄が残っている。


 ゴーレムを用意した人間。運び込んだ経路。事前に知っていたスタッフ。そして、次の配信で何を起こすつもりなのか。


『だから、中に入ります』


 送信ボタンを押したところで、机の上のスマホが震えた。


 表示されたのは、登録していない番号だった。


 相原は金属片の入った袋を机の端へ戻し、通話ボタンを押す。


「はい。相原です」


『相原さん? 昨日は助かったよ』


 聞き覚えのある、軽い声だった。


『カリンちゃんから聞いたんだけどさ。次の現場、君に回してもらえないかな』


 相原は画面に並んだ時刻と発言を見た。


 詳しい話を聞いてから考えるふりをしても、答えは変わらない。


「日程と、当日の進行表を送ってください」


 受話口の向こうから、わずかな沈黙が返ってきた。


『話が早くて助かるよ』


 ディレクターは、すぐにいつもの調子へ戻った。


 昨日、人が死にかけた現場の続きを話しているとは思えないほど、声だけは軽かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ