第八話~早朝の恫喝~
翌日、私は登校するとすぐに早矢に近付いた。教室のあちこちで固まってるクラスメイトを縫うようにして早矢の机に辿り着くと、スマホをいじっていた早矢が私を見上げる。
「おはよう。どうかしたの?」
「あのさ、如月先輩に妹いるのって知ってた?」
机に手をつき、私は早矢に顔を寄せる。すると早矢は表情を変えず、一つうなずいた。
「あぁ、三組の如月さんでしょ。もちろん知ってるよ」
「えっ、知ってるの?」
当たり前だと言うように早矢が見詰めてくる。私はもうすっかり驚き、のけぞるように顔を離した。
「てか、逆に何で知らないのよ。有名人だよ。如月って苗字なんて珍しいじゃない。なんか凄い頭いいらしいし、人望もあるみたいだよ。友達が言ってたけど、運動神経も良いんだって」
じゃあ無いのは品性なのかな。
「そうなんだ。いやぁ私、あんまり他人に興味なんか無いからさぁ」
「にしても、もう少し色々知ってた方が良いよ」
頬杖をつき、溜息交じりにそう言われると返す言葉も無い。
「それでその一年の如月さんがどうかしたの?」
「いやもう、どうもこうももないよ。昨日部室で会ったんだけど」
昨日の事が思い出され、溜息とともに力が抜ける。その時だった。
「清水さん、いる?」
背後から大きな声が私を呼んだ。思わず振り返れば、入口に如月さんが立っている。私はもう隠す事も忘れて露骨に嫌な顔をし、胃が痛むのを感じた。そうしている間にもクラスメイトの視線が私に集まる。
だからもう仕方なしに、彼女の方へと向かった。
「私だけど。何か用ですか?」
それでも一応目の前に立つ時には笑顔とまではいかずとも嫌な顔は隠し、普通を取り繕う。けれど彼女は終始キレたような感じで私を睨みつけていた。
「あのさ、もうあの部室には行かないで」
吐き捨てるように言われ、瞬時に私の中で怒りが燃え上がる。何で昨日会ったばかりの人にそんな事言われないとならないのだろうか。
「どうして? 意味わからないんだけど」
すると如月さんは馬鹿にしたように大きく息を一つ吐く。それがまた私の頭に血を昇らせる。
「あそこはお姉ちゃんが静かに読書をする場所なの。意味わかる? わかるんなら邪魔しないで。わからなくても、邪魔しないで」
よく文乃先輩はこんなのと一緒にいられるなぁ。可哀想に。
「いや私、部員だし」
今度は私が馬鹿にするように笑うけど、如月さんは更に上から鼻で笑う。
「じゃあ辞めて。どうせお姉ちゃん目当てなんでしょ」
図星とまではいかないけど理由の一つではあったため、私はもう顔を真っ赤にして大声を出す。睨みつけ、身体中の憎悪を向けた。
「はぁ? 何言ってるの。違うよ」
殴ってやろうか、叩いて泣かせてやろうか。そんな選択肢すら、生まれてくる。
「本読むだけだったら、家でも図書室でもいいでしょ。行く意味無いじゃない」
「それ、文乃先輩にも言えるの? 先輩をバカにしてるの?」
すると如月さんは大きく眉を歪ませ、私を睨みつけてきた。
「一緒にしないでよ、アンタなんかと。それになに、文乃先輩って。勝手に下の名前で呼ばないでよ」
「先輩からちゃんと許可もらってますけど。てか、アンタの言う事なんて聞く義理も義務もないね。私は行きたいから行く、それだけ」
今度は私が顔を上げ、見下すように笑う。親が金持ちだとか人望があるとか頭が良いとか、今はそんなの関係無い。わけもわからず行動を勝手に制限されるのに腹が立つ。文乃先輩が嫌がっていたのならともかく、行けば嬉しそうにしていた。それを邪魔するなんて、どうかしている。
「……後悔するよ」
すうっと如月さんの目が座り、声のトーンが落ちる。あぁきっとこの子、今までずっとこうしてきたのだろう。こう言えばみんな恐がって、従ってきたのかもしれない。そんな風に思えば何だかバカらしくなり、余裕が生まれた。
「それって脅し? てかさっきから録音してるんだけど、もし何かあれば疑いはアンタに行くよ。私が怪我したとか何かあれば、大問題になるよね。そうじゃなくても、このクラスにはこの話を聞いてる人が大勢いるもの」
私はブレザーのポケットからすっとスマホをチラつかせた。けれどこれはハッタリ。急な事で録音ボタンなんて押していないし、そんなのした事が無いから見ないで操作なんてできるわけがなかった。
けれど如月さんはそれに対し、顔色を変えなかった。ただずっと冷たい目を私に向けるばかり。嘘と見破っているのか、それとも動揺を隠しているかわからない。けれどそうやってこちらが動揺するのを待っているのかもしれなかった。
「警告はしたからね」
それだけ吐き捨てると、くるりと背を向け去って行った。私はその背が消えるまで睨みつけていたけど、やがて見えなくなると一気に力が抜け大きく息を吐く。するとまるで止まっていたかのようなクラスのざわめきが復活し、それらが私に向かう。
「清水さん、すごいね。一歩も引かなかったじゃない。かっけぇマジで」
「急に来てあんな言い方無いよね」
「やるじゃん、マジで。てかなに、アイツ。偉そうに」
「三組の如月さんでしょ。親が金持ちらしいけど、嫌な奴だよね」
それは全て私への賞賛、如月さんへの憎悪。当たり前だ、あんな言い方をすれば敵を作るだけだろうに。
こんなにもクラスの人達から注目されるなんて無かったし、ましてや大半が話してもいないのに味方してくれる事が嬉しい。私はそんな幸せを噛みしめつつも、でもやっぱりあの言い方と立ち居振る舞いや声のトーンに苛立ちを消せない。
だから私はそんな賞賛の中、無言で自分の机に移動して座ると突っ伏した。




