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黄金色の部室  作者: 砂山 海


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第七話~妹~

 三話目を読み終えて、達成感と共に伸びをする。同じ姿勢で凝り固まった身体にストレッチが気持ち良い。ふとスマホで何時になったのかと確認すれば、もう夕方五時半だった。集中して読書していたためか頭が重く、これ以上はもう続けて読めそうにない。

「三話目も読み終えられたので、今日はもうこの辺にしておきます」

 身体に力が入らない。きっとまぶたが半分落ちて、だらしない顔をしているだろう。それでも本なんか読めないと思っていた私がこうして時間を忘れて読めるなんて、あり得ない事だった。

 でもそのあり得なさを覆したのは間違いなく如月先輩のおかげ。

「そうね、もういい時間だから私も終わりにしようかな。それにしても清水さん、思った通りやっぱりすごい。この短期間で集中して本を読めるようになったんだもの」

「それは如月先輩が私のレベルを一生懸命に探してくれたからですよ。そうじゃなきゃ、すぐに諦めていましたよ。だって読書嫌いだったから」

「過去形なのね」

 ニヤッと笑う先輩に胸が熱くなり、私もつい同じような表情を返す。

「さすが読書家ですね。頭もいいからかなぁ。先輩、学年トップなんですよね?」

「まぁ、そうね。と言っても二年生になってからはまだそういうテストしてないからわからないけど、一年生の時はそうだったわね」

 噂は本当だったんだ。

「それってコツとかあるんですか? 単純に勉強時間がすごいんですか?」

 先輩は唇をキュッと閉じると、視線を右上に向けた。そうして少し考えてから、私に目を戻す。

「勉強するのは嫌いじゃないの。ただ、そんなにはしていない。せいぜい二時間くらい」

 家に帰ってから二時間なんて、私からすれば途轍もない努力家に思えてしまう。

「まぁでも、コツというのならやっぱり本を読んでいるからかも。大学とかその上にはわからないけど、少なくとも高校のテストにおいては国語力が大事だと思っている。問題文は主に日本語で書かれ、ひっかけ問題も国語の読解力で何とかなるのがほとんど。英語だって国語の基礎力があれば案外解けるものよ」

「そっかぁ、じゃあこうして本が読めるようになれば私も頭が良くなるんですかね」

「必ずとは言えないけど、確率は上がるはず。清水さんがどのレベルなのかわからないけど、少なくとも平均くらいだとしたら読解力が上がるだけでぐんとレベルアップできるはずよ」

 学年トップの人が言うのだから、説得力はあった。きっと他の人に、例えば親や先生に言われたとしても素直に聞けなかっただろう。如月先輩だからこそ、だ。

 だからこそ、もっと親しくなりたいという欲求が生まれた。それは先輩の他に私しかいない部室でもあるから当然だろう。きっともう既にどこか特別なはず。

 それが私だけではないと今は信じていたいし、自惚れたい。

「あの、如月先輩」

 意を決して先輩を見詰めると、なぁにと微笑み返された。胸が疼く。そうして反射的に萎えかけた心を叩き、前を向かせる。

「その、できたら美空って呼んでくれて結構ですから。私ほら、一年ですし」

 精一杯の取り繕い、可能な限りのお願い。笑顔をこわばらせ、でもどこか泣きそうな顔できっと見詰めている。

「じゃあ、私も文乃って呼んでもらって良いかな?」

 まさかの逆提案に思わず「えっ?」と大声を出してしまった。さすがに名前の呼び捨ては無理だ。私はとっさに首も手も横に振る。

「さすがにそれは無理ですよ」

「じゃあ、私も無理よ。こういうの、一方的にお願いは聞けない方なの」

 小さく笑った先輩により親密にはもうなれないのかと思わず暗くなったけど、きっとこれは私の読解力を試されているに違いない。視線を下げる一瞬に、数百数千の思考が頭を駆け巡る。

 そうして顔を上げた時、答えが見えていた。

「じゃあ、文乃先輩でどうですか?」

「それでいいわよ、美空さん」

 譲れないものはそのままに、妥協は軽やかに。私達は見詰め合ってから今言った呼び方に照れを感じ、笑う。小さな苦笑のようだったそれはまるで大波になるかのように胸に広がり、やがて心地良さへと変わる。

「それじゃあ文乃先輩、また明日」

「えぇ、また明日。私はもう少し残っていようかな」

 まだくすぐったさ残る呼び名でそう挨拶をすると、私はカバンを持って入口へと向かう。そうしてもう一度先輩を見てからドアを開けて一歩踏み出そうとした時だった。不意に強い衝撃が私を襲い、後ろに飛ばされた。

「いったぁ」

 尻もちをつき、胸に強い衝撃を受けたため一瞬息が止まる。一体何事かと私は入口へ目を向ければ、ドアを境目にして女の子が同じように尻もちをついていた。肩までの髪の毛は艶があるものの、きつそうな目つきをしているので恐そうな人だとすぐにわかった。

「美空さん、大丈夫?」

 文乃先輩が慌てて近寄るけど、入口の女の子を見るなり大きく目を開け足が止まった。

「雪奈?」

 そう呼ばれた女の子は顔をしかめながら、ゆっくりと立ち上がる。そうしてちらっと私の方を見るなり「ごめんなさい」と言うものの、その言い方は無機質。ただ事務的で、悪いだなんて思っていなさそうだというのが鈍い私でもわかった。

 なんだこの人……。

 イラッとしながら立ち上がろうとする私をもう見ようともせず、その子が文乃先輩に触れられる距離まで近付いた。

「お姉ちゃん、私もう部活終わったから一緒に帰ろう」

「それはいいけど、美空さん大丈夫?」

 困惑したように眉根を寄せながら、文乃先輩が私に向かってすっと手を差し出す。私はもう一人で立ち上がれそうだったけど、好意を無視したくなかったのでその手をつかんだ。少し冷たく、でも柔らかい手。その手の感触に少しだけ心が救われながら立ち上がると、雪奈と呼ばれた子が私を睨んでいるのが目の端に映った。

「ごめんなさいね、妹が。美空さん、怪我はない?」

「はい、大丈夫です」

 すうっとどちらからともなく手を離す。眉を八の字にして心配そうに見つめる文乃先輩にはきっと、その少し後ろで私を凄い目で見ている妹には気付いていないみたい。

 前を見ていなかった私も悪いだろうけど、そんなのはお互い様だ。じゃなきゃ、あんな風に勢いよくぶつかったりはしない。なのにあんなにも睨むだなんて、性格的にかなり難がある人じゃないだろうか。

「ところで先輩、妹いたんですね」

「そうなの。雪奈は三組なのよね。美空さんは五組だったわよね」

「そういうのいいから。ほら、早く帰ろう、お姉ちゃん」

 すると雪奈と呼ばれた子がぐいっと先輩の手を引っ張った。先輩がわずかに体勢を崩しかけるけど、何とかこらえる。そうして苦笑いを浮かべながら、文乃先輩がその子を見る。

「そうね、じゃあ帰ろう。でも部室片付けてからじゃないと」

「その子にやらせればいいじゃない。一年でしょ」

 小馬鹿にするような言い回しに、心がささくれ立つ。なんだこの子、本当に先輩の妹なんだろうか。似ても似つかない。

「そんなわけにはいかないわよ」

 このまま先輩が片付けをするとなれば、この子もここに留まるだろう。たかが数分かもしれないけど、同じ空気を吸うのも今は嫌だ。

「あぁ、いいですよ先輩。片付けておきますから」

「でも」

「ほら、あぁ言ってるんだし。雑用なんか一年の仕事でしょ」

 そうかもしれないけど、お前には言われたくない。同じ一年なんだろうし。

 しかしここで言い合いなんかすれば、文乃先輩を困らせるだけ。だから私は「やっておきますから」と言って先輩達を帰した。部室を出ればすぐに話し声が遠ざかり、やがて聞こえなくなる。

「あの先輩にどうしてあんな妹がいるんだろう」

 偉そうで性格悪く、初対面の私を見下した態度。お金持ちの嫌な部分が全部つまっているかのような子。できれば二度と会いたくないと思いつつ、私は一人椅子や机を片付け始めた。

 気のせいか、黄金色の部室が少しくすんで見えた。雲でも出てきたのだろう。

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