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黄金色の部室  作者: 砂山 海


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4/18

第四話~三冊の本~

 部室に戻ると如月先輩が先程の三冊を机の上に置いた。一つは外国のやつで、表紙が古そうだから古典的名作なのだろう。もう一つは日本のやつで、字体とかも今風な感じ。もう一冊も日本のやつらしいけど、表紙がポップな感じなのできっと小中学生向けなのだろう。

 レベル別に分けたんだな、と瞬時に判断できた。そしてそれに嫌な気はしない。私の事を考えてくれたんだなと、素直にそう思えたから。

「とりあえずどれがパッと見、興味ありそう?」

 表紙とタイトルから、まず私は一番難しそうな外国のやつを手に取った。そうしてペラリと最初のページをめくった途端、拒絶反応が起こる。

 まるでページ全体が真っ黒かと思うほど字が詰まっていた。それでも頑張って少し読んでみたけど、翻訳された文章がすごく変に思えて全然頭に入らない。ぶつぶつと変な所で切れていたり、妙に詩的で意味がわからなかった。

 また致命的だったのは登場人物の名前。外国人ばかりだと、全然覚えられなかった。

「これは無理かも」

 結局私は一ページ半で挫折し、そっと机の上に置いた。図書室まで行かせてこれだと怒るかなと、ちらっと如月先輩の方を私は覗くように見る。けれど先輩は嫌な顔一つしていなかった。

「普段読書をしない人には難しいかもね。私も外国文学はちょっと苦手なところもあるもの。でも翻訳者によって結構印象変わるから、いつか読む機会があれば覚えておいて」

「はい」

 きっと読書家だろう如月先輩でも苦手というのだから、そりゃ私には無理だ。私は次に今風の字体で真ん中だろうレベルの小説を手に取った。

 舞台は日本の某県の山奥にある廃屋だった。ページ自体は黒い印象を受けるけど、先程のものよりはマシ。やや回りくどい言い回しが多いけど、読めない事はない。

 けれど五ページ読み進めても、まだ廃屋とそこの歴史の説明だった。おどろおどろしくリアルに迫る感じがするけど、長い。それでも普段読書をしない私が、こんなにも字ばかりの小説を五ページも読んだのは自分を褒めたかった。

「さっきよりは読めますけど、でもこんなに読んでも何も進展が無いのはキツイですね」

 私がそれを机に置いて如月先輩をおずおずと見れば、先輩はまたも同意するようにうなずいた。

「これはまぁ、昭和の名作なのよね。でも今の視点からすれば少し古臭く、展開が遅いように思うのかも。ただ伏線の張り方や今も変わらない心理描写は色褪せないから、いつか読んでみたらいいよ」

「そうですね」

 次は残った三冊目。でも、手が伸びなかった。もう何年分もの読書をこの短時間でしたような気がして、頭から煙が出ているんじゃないかと錯覚する。でも折角借りてくれたんだし先輩に悪いかなと思いつつも、私の身体が明確に拒絶していた。

「あの……今日はもう、いいです。ちょっと疲れちゃって」

 怒られるだろうか、それとも失望されるだろうか。胸が苦しく硬く突き刺さるような痛みを感じつつ、おそるおそる如月先輩へと目を向ける。でも先輩はやっぱり嫌な顔一つせず、私を包み込むように笑っていた。

「いいよ、無理しなくて。それにしてもすごいよね」

「えっ? 何がですか?」

 思いもしなかった言葉にキョトンとしていると、先輩が少し顔を寄せてきた。そうしてふわりと漂う、良い女性の匂い。甘く懐かしく、でもどこか人間味のあるそれに私の胸が痺れた。

「だってちゃんと中身を見て、判断した。面倒臭がらず。それだけですごいよ。読書している人の上位層だよ。清水さん、やっぱり読書できる下地があるどころか、もっとすごい領域なんだよ」

「そうなんですかね。なんか、実感は全然無いんですけど」

 褒められているんだろうけど、いまいち実感がわかない。でも嫌な気はしなかった。

「でも、おかげでわかった事は沢山あるよ。明日、もっと気に入るだろう小説を持ってくるからね」

 と言う事は明日も私はここに来ないといけないんだな。

「今日は疲れたでしょ。後はもう、好きにしていいから。読書したいなら、それでいい。部の事を訊くのも、かまわない。特にやる事も無ければ帰ってもいいわよ」

 じゃあ帰ります、とはすぐに言いにくかった。私はぼうっと部室を見回す。資料室を使わせてもらっているからか、文芸部の荷物と言えるものは無い。本棚はあるけど、小説の一冊も置かれていなかった。

 如月先輩に目を戻せば、本を読まず黙って静かに私の方を見ていた。左手首にそっと右手を重ねている姿が妙におしとやかで、美しい。

「あの、他に部員はいないんですか?」

 今の今まで他の部員の姿が見えない。部活という割にはあまりに不自然な状況に私が思わず訊けば、如月先輩が静かに首を縦に振る。

「基本的にはいないわ。文芸部という名前だけど、実際には同好会扱い。そしてそれを存続させるために、名前を貸してくれる友達や先輩がいるだけ。顧問は古典の長田先生だけど、それも名前だけ」

「じゃあ、実質先輩だけなんですね」

「だから清水さんが来てくれれば二人になるけどね」

 そんな風に言われて悪い気はしないけど、それよりも先に当たり前の疑問が浮かぶ。

「え、じゃあ何でここで本読んでるんです? 図書館とか、家とかでもいいじゃないですか。わざわざ名前借りてまで、ここで読まなくても」

 すると如月先輩が流れ落ちた髪の毛をかき上げる。その仕草がやけに大人っぽくて、私は思わず胸が高鳴ってしまった。

「学校の片隅でね、部活動の一環で読むのが良いの。読書って本自体を楽しむと言うのもあるけど、私はそのシチュエーション込みで楽しみたいのよ」

「そういうものですか」

 静かに口角を上げた如月先輩の言葉が、上手く私の中に入っていかない。すると先輩はすぐにそんな私を察したかのように、少し身体を前のめりにしてきた。

「例えばカフェで読書してる人とか、旅先で読書する人とか、あるいはキャンプで読書する人がいる。基本的に家で読めばと思うでしょ。でも違うの。特別感をもって読書をすると楽しいのよ。読書ってのは贅沢な時間の使い方だからね」

「なるほど」

 けれどやっぱり、理解できない。きっと私が本を読めないからだろう。もし少しでも本を読めて、それが楽しいと思えるようになれば違うのだろうか。

「明日、うちの本棚から何冊か持ってくるから」

「てことは明日も来なきゃいけないんですか?」

 すると如月先輩は嬉しそうに、楽しそうにクスクスと笑い出す。

「どっちでもいいけど、来てくれた方が嬉しいかな」

 それから五分ほど部室にとどまっていたけど、さすがに手持ち無沙汰になってしまったので失礼しますと言って部室を出た。運動部の掛け声はまだ勢いを失っていない。私は図書室の時と同じようになるべく足音を立てずに階段まで行くと、そこでようやく大きな息を吐いた。

 美人さんといれるのはいいんだけど、やっぱ気疲れしちゃうなぁ。

 階段側の壁に寄りかかり、天井を見上げる。何だか首や肩が凝った気がして、そのままゆっくりと回しているとこちらへ足早に近付く影が目の端に映った。

「美空、まだいたんだ」

 聞き慣れた声に私は顔を向ける。

「あぁ、うん。早矢は部活の最中?」

「そうだよ。ちょっとトイレ行って、職員室に用事があったから二階に来たんだ。それで部室に戻ろうとしたら美空がいたから。美空はあれなの、文芸部にいたの?」

「そんなとこ」

 しかし今日した事と言えば図書館に行って借りた本を数ページで挫折しただけ。だからきっと真面目にやってるだろう早矢に対して恥ずかしくなり、誤魔化しながら視線を外してしまう。

「で、ちゃんと辞めるって言ってきたの?」

「言ったんだけど、何故か明日も行く事になっちゃって」

「えっ、何で?」

「先輩が本持ってきてくれるって言うから。無視するのも可哀想だし」

 すると早矢が鼻で一つ笑ってから溜息をついた。

「ほんとお人好しだよねぇ。普通は適当な事言って、もう行かなくなるだけだよ。それとも、もしかして気に入ってるとか?」

「なにが?」

 一瞬、如月先輩の顔が浮かんだ私はひゅっと背中が強張った。

「文芸部。本読む柄でもないくせに」

 だからそう言われ、肩の力が抜ける。そうして早矢から改めてそう言われ、少し考えてみたものの何も浮かばない。

「……わからない。まぁ今日ちょっと勧められて読んだけど、やっぱり難しいんだよね」

「だからさぁ、漫研に入ろうよ。学校で堂々と漫画読めるんだよ。かなり緩いし、先輩達も優しいよ」

 私は少し反動をつけ、壁から離れる。そうしてゆっくりと階段を降り始めたので、早矢も付いてきた。

「気に入ってるかはまだわからないんだけど、気にはなってるかな」

「何よそれ」

 階段の踊り場まで来ると、すっと早矢が私の顔を覗き込んできた。どこか悪戯っぽい顔に私が思わず目を合わせれば、一人納得したかのように大きく早矢がうなずく。

「そう言えば文芸部の部長って如月先輩って言うんでしょ。うちの部の先輩に訊いてみたら、何だか有名人らしいからすぐ教えてくれたよ」

 その名前が出た瞬間、私の胸が大きく跳ねあがった。背中まで震えるような鼓動。私はもう顔がおかしくなっていないか、耳が赤くなっていないかと気が気でない。だってあの部室に行く理由のほとんどが、如月先輩なのだから。

「そんなに有名な人なんだ。まぁ、確かに美人だもんね」

「そうなんでしょ? 先輩達全員が、すごい美人だって言ってたもん。容姿もそうだけど、ヤバいらしいよあの人」

「ヤバい?」

 あんな大人しく世話焼きで美人な人なのに、まさか反社の娘とかなのだろうか。それともサイコパス? いやでも、そんな風には見えないし、思えない。けど本当にヤバい人ってパッと見どころか接していてもわからないと言うし……。

「なんかね、二年の学年トップらしいよ。あと、親が大会社の役員らしいの」

 思っていたのとは違い、またある程度思っていた通りの情報に私は静かに長く息を吐く。胸の重しが取れたかのようで、思わず微笑んでしまう。

「あぁ、まぁあの先輩なら納得だわ」

 そして如月先輩と接していて違和感と言うか軽いズレのようなものの理由がやっとわかったような気がした。

 時折感じられる同年代には無い知性と教養。立ち居振る舞いと上品な笑顔。そして余裕。それはきっと私達のような庶民では得られないもの。また如月先輩が獲得した知識と教養、そして知性や品性は簡単に真似できるようなものではない。

 どうしよう、これで更に近付きづらくなっちゃったんだけど……。

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