第三話~初めての図書室~
「でもSNSとかショート動画の方が面白くないですか?」
短時間で楽しめてすぐに笑えたりエモくなれるそれらに比べ、読書はとにかく時間がかかる。それに難しい事も書かれているから、気軽になんて無理。
けれど如月先輩は顔色一つ、眉の動き一つ変えず微笑んでいる。
「それらを面白いと思う気持ちはわかるよ。私もたまに見たりするから。でもね、あまりにあっけない。表面をさらさらっと撫でるだけ。読書はその世界を想像し、登場人物になり切って作品に入り込むの。するとね、色んな人生を体験した気分になれる。私はそれがすごく楽しいのよ」
「はぁ……」
やっぱり私と如月先輩じゃわかり合えないかもしれない。こんな私がここにいたところで、邪魔になるし居心地が悪くなるだけだろう。
そんな気のない返事すら、嫌な顔をするどころか包み込むように笑ってまだ私の目を見てくれる。
「難しく考え過ぎよ。別に昔の作品を読めなんて思わないし、今あるベストセラーじゃなくてもいい。ちなみに清水さんはどんなジャンルが好きなの?」
「いやだから私、読書はしないので」
「映画でも漫画でもゲームでも、何でもいいのよ」
そう言われてもこれというものがとっさに思いつかなかった。特定のジャンルにハマると言うよりは広く浅く、話題になるものを流し見している程度だから。それでも無い頭で何か最近面白かったかと考えれば、半年前に早矢と観に行った映画が面白かったと思い至る。
「……ゾンビ映画、とか? そういうパニックホラーの映画を観に行って、それは結構面白かったかもしれません」
「なるほど、そういうのが好きなんだね。それじゃあ、ちょっと付き合ってもらっていいかな」
驚くよりも早く、如月先輩が嬉しそうに立ち上がっていた。ガタリと動いた椅子の音が遅れて聞こえてきたような感覚の中で、さぁと言わんばかりに立つように促される。
「あの、どこへ?」
「図書室よ。私の手持ちにはそういうの無いもの」
部室を出ると廊下は割と静かで、中庭越しの教室がある廊下側ももうほとんど生徒がいなかった。階下やグランド側から運動部の威勢の良い声が聞こえてくるばかり。遠い音ばかりが響く廊下の中、私達は無言で歩を進める。自分達の足音が妙に響いていた。
「あの、図書室ってそういう本もあるんですか? 私、行った事なくて」
三階への階段を上っている最中、耐えきれなくなり私は如月先輩の背に声をかけた。するとすぐに振り向き、歩みを緩めてくれる。
「色々あるわよ。文献みたいな本から、昔の小説、最近のものまで。ジャンルだって純文学はもちろん、ファンタジー、ミステリー、サスペンス、ラノベもあるの。もちろんホラー小説も」
「なるほど」
相槌を打ったものの、別に読書に興味があるわけではないからテンションは上がらない。
それにしてもこういう事が無ければ、きっと高校三年間で一度も行かなかっただろう。そう言う意味では新鮮な体験なのかもしれない。昨日初めて見かけた時はその落ち着いたたたずまいからクールで近寄りがたいなと思っていたけど、案外世話焼きなのだろうか。
それとも単に部員が欲しいだけなのだろうか。
図書室のドアの前に来ると、私は少し緊張した。声はもちろん、音を立ててはいけないから。それこそまるで先日観た映画であったように、音を出したら何かに襲われて死んでしまうのではないかと、おかしな妄想が広がる。
そんなわけないのに。
私の気持ちとは裏腹に、如月先輩は慣れた手つきでドアを開ける。するともうすぐに、空気感が違うのがわかった。見るからに重いのだ、空気が。私は如月先輩に続いてそうっと入り、足音に細心の注意を払う。中にいた図書委員の視線が向けられた時、心が凍るようだった。
流れるように歩く如月先輩とは対照的に、少し背を丸め足元ばかりに気を遣ってしまう。机に向かっているのはざっと見ただけで五人だろうか。どの人達も勉強ができて、真面目そうだ。
「この辺だと思うけど」
ぼそっとだけど如月先輩が声を出した時、私は思わずギョッとした。いいんだろうか、と。私は思わず辺りを見回すけれど、周囲は誰一人先輩に注目していない。みんな自分の世界に没頭しているのだろうか。
「とりあえず、三冊借りるわね。部室に戻りましょう」
カウンターで貸し出しの受付を済ませて図書室から出れば、私はやっとまともに呼吸できたような気がした。まるで海の中を潜っていたかのような感覚から解放され、ちょっと清々しい。
「緊張しました、すごく。音立てたら死ぬかと思ってました」
「そう? 清水さんって面白い人なのね」
クスリと笑った如月先輩に馬鹿にされてるのかなと思ったけど、多分違うのだろう。まだほとんど知らない人だけど、きっとそういう意図はない。そう言う人じゃない。不思議とそんな確信はあった。




