第十一話~衝突~
朝目覚めて頭の片隅に残っている不安に溜息をつき、最寄り駅から通学路を歩いている最中もずっとビクビクし、校門をくぐってから更に警戒しながら私は教室に入った。
文乃先輩は言っていた、悪い人を使ってどうこうなんてあろうものなら親が黙っていないと。それはそう。けれどいきなり教室に来てケンカ売ってくる人間がマトモだと思えない。何が起こるかわからないからずっと緊張し、警戒し続けている。
だからもう、教室に入った時には一日分の疲れがあった。これが狙いだとしたら、相当嫌な奴だ。
「美空、大丈夫?」
私が机に突っ伏していると、早矢が心配そうに声をかけてくれた。今はそんな優しさが胸に染み入り、嬉しい。けれど私は気怠さが抜けきれないので、ゆっくりと声の方へ顔を向けた。
「うん……まぁ。いや、やっぱ大丈夫じゃない」
「体調悪いの?」
「昨日のあの騒動で、ずっと疲れてる感じ。一応先輩に言って、何とかしてもらうように伝えたんだよね。先輩もしっかり注意しておくって言ってくれたんだけどさ」
すると教室の入口がざわつき始めた。嫌な予感がし、私はそちらへと目を向ける。
「ちょっと、清水さんいる?」
怒声を張り上げているのは妹。もう如月さんとか、さん付で呼びたくも無い。ましてや名前なんてもってのほか。というか何でまた来たのだろうか。
周囲の視線が私に集まるのがわかる。けれど相手にするのも面倒臭い。どうせどんなに素晴らしい言葉を伝えても、誰もが納得する理由をわかりやすく伝えても、アイツは聞き入れない。会話もできない奴と、話したくなんか無い。
「ちょっと、いるんでしょ。清水さん、話があるんだけど」
強くなる怒声と比例し、ざわつく教室。私の方を見る視線も多くなる。もうお前が行かないと収まらないから早く行け。そんな無言の圧が強くなるけど、行って誰が助けてくれると言うのか。みんな無責任だ。
「美空……」
周囲の圧に耐えきれなかったのか、早矢もポツリと私の名前を呟いた。そこでもう逃げられないとわかり、ふつふつと湧き上がっていた怒りを全部かき集めて立ち上がる。ガタンと大きな音がした時、一瞬みんな静まった。そうしてキッと入口でわめいている人物を睨みつけながら、わざと足音を立てて近寄った。
「何よ、うるさい」
けれど妹は一切動じるどころか、私の顔をみるなり顔を真っ赤にして睨み返してきた。
「アンタねぇ、お姉ちゃんに何言ったのよ」
わなわなと身体を震わせ、これでもかと睨みつけてくる。私はずうっと文化部で、体育だってそんなに得意じゃない。けれど妹は私より頭半分は小さいから、どんなに凄まれても威圧感はそこまで無かった。
「何って、そっちがうるさいからでしょ。私はただ、文乃先輩と部活がしたいだけなんだけど」
「それが余計な事だって、昨日散々言ったでしょ」
ずいっと一歩近づき、今にも私につかみかかりそうな勢い。けれどここで引いたら、私はもうあの場に行けなくなる。だから引けない。
「あのさぁ、一体何言ってるの? 余計な事? 何が? 部活としてあの場があって、私は文乃先輩から一緒に部活がしたいって言われてるの。それに私、あそこでは読書をしてるだけ。そんな事言われる筋合いなんて全く無いの」
「それが余計だって言ってるのよ」
困った、話が通じない。もう何でも私を否定する事だけになっていて、歩みよりも何も無い。ほんと、どうしてあの先輩にこんな妹がいるんだろうか。
「あのさぁ、じゃあもし私が辞めたとして他の人が入部しても同じことをするつもり?」
「当たり前でしょ。あそこはお姉ちゃんのための場所なの。他の人が行っていい場所じゃないの。その理由もわからないくせに」
無茶苦茶だ。文乃先輩は私に来てと言っているのに。そんなに先輩を孤立させたいのだろうか。
「理由? 何かあるのなら言ってよ」
「知る必要も無いわよ、アンタなんかに」
頭がおかしいんだろうか。これで本当に学年トップクラスの学力があるのだろうか。ちょっと目の前で顔を真っ赤にしている非論理的な妹を見ていると、どうも信じられない。
「……アンタさぁ、ちょっとおかしいんじゃないの? 理由を教えてと言えば知る必要も無い、先輩から来てと言われていると言っても理由もわからないくせにって。もう少しまともな話できないの? 国語、勉強できてるの?」
薄ら笑いで見下ろすと、より一層私を睨む目が大きく開いた。
「何も知らないくせに」
大声で叫ぶと、妹が急に私につかみかかってきた。
その勢いと身体に見合わない力に押されて、私は数歩後ろに下がった。近くの机に腰が当たり、その痛みと音に私も遂に我慢できなくなりつかみ返す。周囲が大きくざわめくけれど、何を言ってるかわからない。
とりあえずこのままだと何をされるかわからないし、制服も破けるかもしれない。私がその手を振り払おうとした時だった。それを嫌がった妹が大きく手を振ったのが見えた。
一瞬、目の前が暗くなった。左目辺りを襲う鈍い痛みと衝撃。目の近くだったため私は思わず手を離し、顔を抑える。思わず背を丸めた時、周囲の声が一際大きくなった。
「おいヤバいぞ」
「怪我させたんじゃないの」
「誰か先生呼んできて」
もう一度殴られるのかと思ったけど、何も無い。私はおそるおそる右目で妹の方を見れば、何人かに腕を押さえつけられていた。
「顔殴るなんて、酷い」
「イカれてるんじゃないの?」
「マジで殴ったよ。ヤバすぎ」
周囲の非難が一斉に彼女に向けられる。その顔はしまったと言わんばかりに苦々しく眉根を寄せ、口元を歪ませていた。
「大丈夫、清水さん?」
「あの子おかしいよ。保健室行こう」
私は左目を押さえながら身体を伸ばし、右目で妹を睨む。周りに取り押さえられ、周囲から悪者扱いされているからか、何も言わない。けれどまだその眼は反抗的で、私に嫌悪感を存分に向けていた。
「おい、何の騒ぎだ?」
ほどなくして先生が慌ててきた時、丁度授業開始のチャイムが鳴り響いた。




