7話 道の先
◇ 道の先 ◇
十日目だった。
松本先生が「近道がある」と言った。行商人に聞いた道ではなく、草原を斜めに横切れば一日分の距離が短縮できると言った。橘が「行商人の言った道を外れるリスクは?」と聞いた。先生は「草原を直進するだけだ、道に迷う要素はない」と答えた。
誠は黙っていた。
結論から言えば、先生の判断は間違いだった。
草原を斜めに進んで三時間後、地形が変わり始めた。草の密度が増した。足元が柔らかくなり、歩くたびに沈んだ。湿地に入っていた。引き返そうとしたとき、先頭を歩いていた藤堂グループの一人が足を取られて転倒した。転倒した先に、何かがいた。
色が草に溶けていた。体長は一メートルほど。爬虫類に近い体型で、素早かった。
転倒した加藤の腕に嚙みついた。
悲鳴が上がった。全員が散らばろうとして互いにぶつかった。藤堂が農具を振り回しながら生き物を蹴りつけた。生き物はそのまま草の中に消えた。
加藤の腕の傷は深くなかったが、嚙まれた跡がはっきり残っていた。毒があるかどうかわからなかった。念のため布で縛った。
引き返した。元の道に戻るのに二時間かかった。日が暮れかけていた。
先生は誰にも謝らなかった。謝る言葉を持っていなかったのかもしれない、と誠は思った。
夜の焚き火のそばで、藤堂が誠の隣に来て座った。誠と藤堂が二人で話すのは珍しかった。
「先生、限界だと思わないか」と藤堂が言った。
「何が言いたい」
「リーダーを変えた方がいい。それだけだ」
「誰に」
「俺でもお前でもいい。先生より現実を見えている人間がやるべきだ」
誠は少し考えた。「先生のせいで今日、怪我人が増えたのは事実だ。でも、今すぐ交代させることに俺は賛成しない」
「なんで」
「先生がいる限り、ここには一定の秩序がある。先生をどかしたら、次のリーダーが誰かを巡って分裂する。今その体力が俺たちにあるか?」
藤堂は少し黙った。「お前は頭が回るな」と言った。馬鹿にした感じではなかった。
「それだけじゃない」と誠は続けた。「今日の件で先生の信頼は落ちた。だから次から先生の判断には自然と複数の人間がチェックを入れるようになる。それでいい。今はそれでいい」
藤堂は何も言わずに立ち去った。
木村が後ろから来た。「何話してたの」
「何でもない」
「……なんか藤堂と仲良さそうだったけど」
「仲良くはない」と誠は言った。「でも無視もできない」
翌朝、加藤の腕の傷の周囲が黒ずんでいた。毒があったのかもしれなかった。川の水で洗って清潔に保つことしかできなかった。加藤は「痛みはある、でも動ける」と言った。
誠は加藤の腕を見て、何も言えなかった。




