30話 役割
◇ 役割 ◇
北に向かった転移者二人の消息が、ようやく分かった。
情報源は浜田だった。翻訳の仕事の中で、北の旅商人の台帳に「転移者二名への物資提供」という記録を見つけた。日付は三ヶ月前。場所は北の山道の入口近くの集落だった。
「そこから先の記録はなかった」と浜田が言った。「でも少なくとも山に入るまでは生きていた」
「山に入った後が不明なわけか」と誠が言った。
「行商人が一人、「北の旅人が無事に帰国した」という噂を聞いたと言っていました。本人ではなく噂の話なので信憑性は低いですが」
「でも帰れた可能性はある」
「可能性はある」と浜田が言った。「私は行きませんが」
誠は浜田に「今まで協力してくれてありがとう」と言った。浜田が少し驚いた顔をした。「お礼を言う人がいなかったので」と浜田が言った。何の感情もない顔で言ったが、言葉の重さだけはあった。
翌日、全員に決断を求めた。
「北の神殿に向かう。帰れる可能性がある。ただし保証はない。行かない選択も自由だ」
誰も「行かない」と言わなかった。
「全員行く、ということか」と誠が確認した。
加藤が「行かない理由がない」と言った。「ここにいても先細りだ。帰れる可能性があるなら行く」
佐々木が「先生はまだ本調子じゃないが」と言った。
「先生は俺が連れて行く」と誠が言った。
松本先生が「自分で歩けます」と言った。一週間の休息でだいぶ回復していた。顔に少し色が戻っていた。
「先生」と誠が言った。
「何」
「北に向かうとき、リードを俺にくれますか」と誠が言った。「先生が判断するのではなく、俺が判断する。先生は後ろで見ていてくれ」
先生が誠を見た。
長い間があった。先生の目が何かを考えていた。
「……わかった」と先生が言った。「田中に任せる」
その言葉が出たとき、周囲の空気が少し変わった気がした。正式に何かが移った感覚があった。
橘が「出発はいつにする」と事務的に聞いた。
「三日後」と誠が言った。「それまでに食料を準備する。木村に連絡する。全員の体調を確認する」
「木村を連れて行くのか」と誰かが聞いた。
「行くかどうかは木村が決める」と誠が言った。「俺から誘う」
異論はなかった。
その夜、誠は一人で空を見た。草原での最初の夜から、空は変わっていなかった。見知らぬ星が、同じ場所にある。だがこちら側の解像度が、少しだけ上がった気がした。




