29話 先生の限界
◇ 先生の限界 ◇
松本先生が倒れたのは、ルヴェニアに来て三週間目の朝だった。
前日まで普通に動いていた。朝の仕事に出かけようとして、通路で壁に手をついた。そのまましゃがみ込んだ。誠が気づいて駆け寄った。
「大丈夫ですか」
「……少し、めまいが」と先生が言った。
熱はなかった。外傷もなかった。しかし立てなかった。顔の色が悪かった。
共同の部屋に連れて行って寝かせた。橘が確認した。「疲労と栄養不足です」と言った。「体は動いているように見えて、長い間ぎりぎりの状態が続いていた。あと、精神的な疲弊もあると思う」
「精神的な」
「先生はずっと責任を持とうとしていた」と橘が言った。静かな口調だった。「みんなが生き延びることへの責任。判断を間違えたことへの後悔。誰かが死んだことへの罪悪感。それを全部持ったまま、ここまで来た」
先生の部屋を誠が覗いた。先生は目を開けていた。天井を見ていた。
「先生」と誠が声をかけた。
「すまない」と先生が言った。
「謝らなくていい」
「迷惑をかけている」
「先生がいなくなったら困る」と誠が言った。「だから休んでくれ。それだけでいい」
先生が少し目を細めた。「お前は本当に……」と言いかけて、止まった。
「何ですか」
「頼もしくなった」と先生が言った。「転移した最初の日、田中がここまでやれると思っていなかった。先生失格だな、生徒のことを見ていなかった」
誠はその言葉をどう受け取ればいいかわからなかった。
その夜から、誠が代わりに全体の動きを仕切ることになった。誰かが決めたわけではなかった。朝の確認をする人間、仕事の割り振りをする人間、情報を整理する人間——それが自然に誠になった。
「リーダーになったね」と橘が言った。
「なった覚えはない」と誠が言った。
「でも全員が田中の顔を見て動いている」
誠は黙った。
橘が「それが嫌か」と聞いた。
「嫌ではない」と誠が言った。「ただ、俺がいなくなったとき、全員がどうなるかが気になる」
「全員を連れて帰ることを考えているから」
「そうだと思う」
橘が少し黙って「難しいこと考えてるな」と言った。誠は「お前に言われたくない」と言った。橘が少し笑った。久しぶりに笑った顔を見た気がした。




