19話 決裂
◇ 決裂 ◇
朝の光の中で、木村健は城門近くの路地に立っていた。
誠が「話がある」と伝えると、木村はすぐに顔色が変わった。逃げようとした気配があったが、逃げなかった。
二人きりになった。
「昨夜のことは知ってるよな」と誠が言った。
木村は答えなかった。答えないことが答えだった。
「なぜ俺だったんだ」と誠が聞いた。
「……一番金になるのは、一番頭が回る人間の情報だって言われた」と木村が言った。「橘か田中か、どっちかにしろって。橘を売ったら、橘がすぐ気づくと思って。お前は……少しだけ、気づかないかもしれないって」
「買い被りだ」と誠が言った。
「そうだったな」と木村が言った。初めて誠を見た。目が赤かった。「昨夜ずっと考えてた。最悪だって」
「本当に最悪だな」と誠が言った。
「わかってる」
「でも」と木村が続けた。「正直に言うと——俺はお前が違う選択をしたとも思えない。全員がそうだ。追い詰められたら、誰かを売る」
誠は黙った。
「違う?」と木村が言った。
誠には「違う」と言えなかった。言えなかったことが、どういう意味を持つのかも、誠にはわからなかった。ただ一つだけわかることがあった。
「俺にはわからない」と誠が言った。「俺が本当に追い詰められたとき、同じことをするかどうか、俺自身がわからない。だから否定はしない」
木村が少し揺れた。
「でも、俺にはもうお前と一緒に動けない」と誠が続けた。「俺たちを信頼している人間がいる。その人たちを守るために、俺はお前と切れる必要がある。それだけだ」
木村は下を向いた。肩が震えていた。
「そっか」と木村が言った。
長い沈黙があった。
「俺、これからどうすればいい」と木村が聞いた。誠に求めているわけではなく、誰かに——あるいは空に向けて言っているように聞こえた。
「俺にはわからない」と誠が言った。
それ以上、言えることがなかった。
木村が路地の奥に歩いていった。振り返らなかった。角を曲がって、消えた。
誠はしばらくそこに立っていた。
怒りはあった。でもそれと同じだけ、他のものもあった。それが何かを言葉にできないまま、誠はその場所を離れた。




