13話 網
◇ 網 ◇
ガレンでの暮らしが十日を超えた頃、誠は道を覚えた。
市場の位置、役所の場所、転移者居住区から出てはいけないと言われているがほぼ無視されている時間帯——朝と夕方は比較的動きやすかった。
食料を買うには金が必要で、金を得るには仕事が必要だった。転移者が就ける仕事は限られていた。荷物運び、清掃、農作業の補助。誠たちは宿屋の清掃を得た。橘の交渉の結果だった。金は少なかったが、食料の一部を現物支給してもらえた。
ある日の夕方、市場から帰る道だった。橘彩と西村の二人が誠の少し前を歩いていた。
人通りが多かった。誠はいつも人の流れを意識していた。この街に来てから身についた習慣だった。どこに人が集まり、どこが空いているか。どこに「待っている」人間がいるか。
待っていた人間が、いた。
路地の角に三人。こちらを見ていた。目が橘ではなく西村に向いていた。西村は橘の隣を歩きながら話していた。まだ気づいていなかった。
誠は足を速めた。「橘」と声をかけた。「こっちから帰ろう」
「なんで、こっちの方が遠回り——」
「こっちから」
橘が誠の表情を見て、何も言わずに向きを変えた。西村も続いた。
だが遅かった。別の一人が反対側の路地から出てきていた。
「お嬢さんたち、転移者だろ」と男が言った。言葉が半分わからなかったが、雰囲気は理解できた。「悪いことはしない。ちょっと来るだけでいい」
誠は前に出た。「この人たちに用はない」と言った。
男が笑った。後ろの三人が近づいてきた。
「田中くん」と西村が言った。声が震えていた。
「走れ」と誠が言った。「橘、西村を連れて先に行け」
「あなたは」
「行け」
橘は一瞬止まって、西村の手を引いて走った。男が一人、橘の方に向かった。誠がその男の前に出た。男と誠は一秒対峙した。男が動こうとした瞬間に、誠は横に体を投げた。男の腕が服を掴んだが、引きちぎれた。
走った。振り返らずに走った。
角を曲がったところで、橘と西村が待っていた。「こっちだ」と橘が言い、三人で路地を抜けた。
転移者居住区に戻ってから、初めて息をついた。
西村が地面に座り込んだ。肩が細かく震えていた。「行商人の言ってた奴隷商人って、ああいう人たちだよね」と西村が言った。
「そうだと思う」と誠が言った。
「危なかった」
「うん」
橘が西村の肩に手を置いた。何も言わなかった。それだけでよかった。
夜、誠は松本先生に報告した。先生は「居住区から外に出るときは必ず複数で、男性同伴で動く」というルールを作った。誠はそれで十分だとは思わなかったが、今できる最善だと思った。
木村がその話を聞いて言った。「捕まってたら、どうなってたんだろう」
「奴隷として売られる」と誠が答えた。
「……それって、もう二度と会えないってこと?」
誠は何も言わなかった。




