22 ジャクソンの好機と岩の亀4
「では、俺が時を稼ぎますので」
剣があったとして、いかにも硬そうな甲羅や皮膚を自分は断ち切れるのだろうか。
ジャクソンは目眩ましから回復し、こちらを睨みつけてくるトータストーンヌスを睨み返してやった。
魔獣特有の赤い眼が禍々しく輝きを放つ。
自分たちを敵と再認識した様子である。
「裁きの光を、心の矢として虚空に放ちます」
神に対して語りかけているのか。いかにも恭しい語り口でシスティナが唱える。
フワリとシスティナの身体を純白の光が覆う。
揺蕩うように波打っている様を、ジャクソンは見つめ過ぎないよう努力した。
(見惚れてはならんが、神々し過ぎる上に、美し過ぎる)
思っている矢先、また首が伸びてきた。
棒切れで正確に眼球付近を殴打する。
「ぬぅおっ」
先のような軽い攻撃ではない。重みにジャクソンは声を漏らす。
まだ剣が来ない。剣があれば気合を込めて、まんまと伸びてきた頭を切り裂いて見せる。
払うだけでも精一杯だ。
「間に合いましたわ」
システィナの声が響く。
(いや、早すぎます)
ジャクソンは声に出す間もなかった。
「サザンアロー」
システィナが身に纏う聖なる魔力を無数の矢に変えた。
純白の矢が雨となって、トータストーンヌスの頭部に降り注ぐ。
少しずつ、頭部の皮を砕き、ついには頭部に突き立ち始める。そしてとうとう血を流してトータストーンヌスが動かなくなった。
(圧倒的ではないか)
ジャクソンは思う。
勝った。それでもまだ矢が降り注ぐ。一瞬だけ矢が逆流した気がした。そんな錯覚を覚えるほど。
「少々、やり過ぎましたわね」
小首を傾げてシスティナが微笑む。
あまりの美しさに今度こそ見惚れかけてしまう。
「閣下、こちらを」
初老の執事の声。
結局、剣は間に合わなかった。
そうジャクソンは思ったのだが。
輝くシスティナの背後、空に光るものを見た。
反射的に身体が動く。日ごろの鍛錬の賜物だ。まさにこの時のための努力だったのではないか。
「システィナ様っ!」
ジャクソンは受け取った剣を抜き放ち、銀色に輝く、尖った何かを斬り裂いていた。
地面に転がる。
(槍でも放たれたのか?矢か?いや、これは)
斬り裂いたものを、ジャクソンはマジマジと見つめる。
「ジャクソン様っ!」
驚いたシスティナが身を寄せてくる、
役得である。抱えたことといい、戦いの場だということを忘れそうなほどだ。
「な、なんと」
執事が腰を抜かしていた。
「ヤリハリウオ。空を飛ぶ魚ですわね。でも、なぜ、いえ、分かりきってますわね」
油断なくシスティナが辺りを見回す。
「嫌な気配はありませんが。撃退しましたかね」
ジャクソンもヤリハリウオ、そしてトータストーンヌスに視線を送って告げる。
無尽蔵に魔獣を呼び出せるわけもない。
錯覚だと思っていた矢がヤリハリウオだった。トータストーンヌスの体内にも罠を仕込んでいたのだ。
「その気になればいくらでも魔獣を呼び出せるなら、最初から私たちを生かしておくこともありませんものね」
ほうっとシスティナが息を吐く。
大型の魔獣を呼び出すには近付くしかなく、そしてヤリハリウオのような不意討ちも何匹も仕込んでおけるものではないようだ。
ジャクソンも頷く。
「しかし、我々でなければ、無傷で済みましたかどうか」
どちらが欠けても無傷とはいかなかった。どうしても自負を感じてしまう。まして隣にいるのは筆頭聖女システィナなのだ。
「そうですわね。でも、それにしても、こんなに刺激的なお茶会は初めてですわ」
いたずらっぽくシスティナが笑う。
(こんな可愛らしいお顔も出来るのか)
なぜロラン・シセイが婚約破棄したのか。まったく理解出来ない。
「俺もですよ。腹の探りあいのようなことをするよりもよほど、お互いの事が分かったような気がしますね」
声を上げてジャクソンは笑う。
「お嬢様も騎士団長閣下も、なぜ戦闘になって喜ばれておられるのですか」
腰を抜かしたままの執事がボヤいていた。
「システィナお嬢様っ!」
侍女も駆けてくる。不必要なまでに何本もの剣を抱え込んでいた。なんとなく愛嬌のある姿であり、ジャクソンはシスティナと顔を見合わせて笑い合う。
「まぁ、なんてことでしょう、お庭が大変なことに」
トータストーンヌスの亡骸を前に、侍女ジゼルが絶望的な表情を浮かべる。
「ごめんなさい。いっそ消し飛ばしておくんだったわ」
システィナがすまなそうに言う。
「なら、俺もその槍魚を粉微塵にするのでしたな」
ジャクソンも応じる。
執事に続いて侍女ジゼルも困り顔だ。
「私たちらしいのではないでしょうか。私、なんだかお腹の探りあいになりそうなジャイルズ様との顔合わせは億劫になってきました、無しにしようかしら」
そういえばジャイルズがそんなようなことを言っていた気がする。
「ぜひ、そうしてください」
ジャクソンは即答するのであった。




