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落ちこぼれ聖女は絶対に祈らない  作者: 黒笠


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21/23

21 ジャクソンの好機と岩の亀3

 いざとなれば武器などなくとも男は戦うものなのだ。

 ジャクソンは自らに言い聞かせる。

「我々の挨拶を邪魔し、妨害した忌々しき聖女よ」

 緑衣の者が声を発した。まるで歌うように節をつけて言う。

 いちいち仰々しいのだ。

(剣があれば、とっくに、切り刻んでいる)

 システィナの前で武張ったところを見せなくないと、思ってしまったのが良くなかった。

 誘われたことに対し、浮かれていたことは否定できない。

「あれは、陛下と妃殿下に捧ぐ、その力を魅せるための舞台と贄であった」

 両腕を広げて、緑衣の者が言う。

 どうやら先日、システィナが翼竜をリドナーたちに代わって駆除したことがお気に召さないらしい。

 ジャクソンも遅ればせながら、システィナの勇姿は目の当たりにしている。ただ、惚れ直しただけだった。

「つまり、貴様の狙いはシスティナ様か。そうはさせん」

 ジャクソンは椅子の脚をへし折って棒切れとする。

 振れれば何でもいい。

(これで一撃ぐらいはかましてやれる)

 ジャクソンはブンッ、と棒切れを振ってみた。風を切る音がする。何もないよりはマシだ。

「あんな場で、魔剣と竜が力を解放したら、どれだけの犠牲が出るか。無辜の人々に犠牲を出すわけには行かないでしょう?」

 システィナが澄んだ声で言い返す。

 聖女らしい、人々への慈悲に満ちた言葉だ。

 ジャクソンなどは聞き惚れてしまうほどなのだが。

「リベイシアの民など知ったものか。妃殿下以外の聖女は滅びよ。故に私は岩の亀を呼ぶ」

 緑衣の者が両腕を広げて天を仰ぐような仕草をした。

「つまり、あの2人の実力をひけらかすためだけに、大勢の人を巻き込もうとしたということ?それも本人たちが望んでもいないのに?なんてことを」

 システィナが絶句する。

 理知的な女性であるだけに、理屈からかけ離れた相手の行動原理に困惑しているらしい。

 視界に見える範囲の庭園が翳る。何か巨大なものが上にいるのだ。

「システィナ様っ!」

 ジャクソンは細身のシスティナを抱えて、大きく飛び退く。

 とにかく距離を取ることだ。そして相手の全貌を目の当たりにする。

「これは、トータストーンヌス」

 システィナが目を見張る。

 岩のような甲羅と極太の四肢。尖った頭部と屈強な口が特徴的だ。ネブリル地方の湖水に生息しているという。

「我が渾身に、無防備な平和ボケ達が敵うのか。高みの見物と致しましょう。では」

 緑衣がトータストーンヌス越しに、滑るように距離を取り、やがて姿を消した。

 巨獣越しでは追うことも出来ない。

(こんな屋敷では)

 使用人を巻き添えにするのではないか。ジャクソンは危惧するも、敵から視線を外さない。

 首が伸びてきた。

「ちぇやぁっ!」

 咄嗟にジャクソンは棒を振るう。

 顔のあたりを強打して、驚かすことには成功したらしい。首が戻る。

(だが、ここはまだ奴の間合いか)

 たらりと背中を汗が流れる。

 システィナも同じ考えだったらしい。

「閣下、お下がりくださいませ、ライトリバー」

 システィナが叫ぶ。

 光の奔流がトータストーンヌスに向けて流れる。目眩ましだ。

 ジャクソンはもう一度、システィナの華奢な身体を抱えて敵から距離を取る。

「ジゼルッ!誰でもいいわっ!近くにいるっ?閣下に剣を!」

 有り難いことに、気の利いたことをシスティナが叫んでくれる。

 まだトータストーンヌスの視力が戻らないらしい。目を瞑って首を左右に振っていた。

(さすがに俺もあの大きさに生身では)

 ジャクソンは棒を構えたまま思う。

「ナマクラでもいい、あとは腕前でなんとかする」

 ジャクソンは声を張り上げた。

 魔獣を前にして、剣がないと落ち着かない。

「あら?当家にナマクラなんて一振りもありませんよ?」

 ここに来て、なんとも魅力的な笑みをシスティナが浮かべていた。

 つい見惚れてしまう。

(これを前にして骨抜きにならない男がいるのか?)

 自分の場合は今、骨抜きになると命を落としかねない。

「システィナ様こそ、愛用の水晶球無しでは。戦力と数えるべきでしょうか」

 そもそもはまったく危険に晒さないのが一番だ。

 他の男どもならばともかく、自分はリベイシア帝国を代表する騎士団長なのだから。

 ジャクソンはシスティナの前に立つ。

(そして、トータストーンヌスに構いすぎて、システィナ様が奇襲を受けてはならん)

 緑衣の者が嫌なところを見計らって戻る可能性もある。

(普通に考えれば、本命はシスティナ様の暗殺だ)

 自分のような剣士などいくらでも代わりは効く。

 大聖女なき今、筆頭聖女であるシスティナの代わりが務まる者はいない。

 ここでシスティナを討たれるわけにはいかないのだ。

「祈りに時はかかりますが、やれますわ」

 システィナがほほえむ。

 また骨抜きにされそうだ。ジャクソンは気を引き締め直すのであった。


 

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