21 ジャクソンの好機と岩の亀3
いざとなれば武器などなくとも男は戦うものなのだ。
ジャクソンは自らに言い聞かせる。
「我々の挨拶を邪魔し、妨害した忌々しき聖女よ」
緑衣の者が声を発した。まるで歌うように節をつけて言う。
いちいち仰々しいのだ。
(剣があれば、とっくに、切り刻んでいる)
システィナの前で武張ったところを見せなくないと、思ってしまったのが良くなかった。
誘われたことに対し、浮かれていたことは否定できない。
「あれは、陛下と妃殿下に捧ぐ、その力を魅せるための舞台と贄であった」
両腕を広げて、緑衣の者が言う。
どうやら先日、システィナが翼竜をリドナーたちに代わって駆除したことがお気に召さないらしい。
ジャクソンも遅ればせながら、システィナの勇姿は目の当たりにしている。ただ、惚れ直しただけだった。
「つまり、貴様の狙いはシスティナ様か。そうはさせん」
ジャクソンは椅子の脚をへし折って棒切れとする。
振れれば何でもいい。
(これで一撃ぐらいはかましてやれる)
ジャクソンはブンッ、と棒切れを振ってみた。風を切る音がする。何もないよりはマシだ。
「あんな場で、魔剣と竜が力を解放したら、どれだけの犠牲が出るか。無辜の人々に犠牲を出すわけには行かないでしょう?」
システィナが澄んだ声で言い返す。
聖女らしい、人々への慈悲に満ちた言葉だ。
ジャクソンなどは聞き惚れてしまうほどなのだが。
「リベイシアの民など知ったものか。妃殿下以外の聖女は滅びよ。故に私は岩の亀を呼ぶ」
緑衣の者が両腕を広げて天を仰ぐような仕草をした。
「つまり、あの2人の実力をひけらかすためだけに、大勢の人を巻き込もうとしたということ?それも本人たちが望んでもいないのに?なんてことを」
システィナが絶句する。
理知的な女性であるだけに、理屈からかけ離れた相手の行動原理に困惑しているらしい。
視界に見える範囲の庭園が翳る。何か巨大なものが上にいるのだ。
「システィナ様っ!」
ジャクソンは細身のシスティナを抱えて、大きく飛び退く。
とにかく距離を取ることだ。そして相手の全貌を目の当たりにする。
「これは、トータストーンヌス」
システィナが目を見張る。
岩のような甲羅と極太の四肢。尖った頭部と屈強な口が特徴的だ。ネブリル地方の湖水に生息しているという。
「我が渾身に、無防備な平和ボケ達が敵うのか。高みの見物と致しましょう。では」
緑衣がトータストーンヌス越しに、滑るように距離を取り、やがて姿を消した。
巨獣越しでは追うことも出来ない。
(こんな屋敷では)
使用人を巻き添えにするのではないか。ジャクソンは危惧するも、敵から視線を外さない。
首が伸びてきた。
「ちぇやぁっ!」
咄嗟にジャクソンは棒を振るう。
顔のあたりを強打して、驚かすことには成功したらしい。首が戻る。
(だが、ここはまだ奴の間合いか)
たらりと背中を汗が流れる。
システィナも同じ考えだったらしい。
「閣下、お下がりくださいませ、ライトリバー」
システィナが叫ぶ。
光の奔流がトータストーンヌスに向けて流れる。目眩ましだ。
ジャクソンはもう一度、システィナの華奢な身体を抱えて敵から距離を取る。
「ジゼルッ!誰でもいいわっ!近くにいるっ?閣下に剣を!」
有り難いことに、気の利いたことをシスティナが叫んでくれる。
まだトータストーンヌスの視力が戻らないらしい。目を瞑って首を左右に振っていた。
(さすがに俺もあの大きさに生身では)
ジャクソンは棒を構えたまま思う。
「ナマクラでもいい、あとは腕前でなんとかする」
ジャクソンは声を張り上げた。
魔獣を前にして、剣がないと落ち着かない。
「あら?当家にナマクラなんて一振りもありませんよ?」
ここに来て、なんとも魅力的な笑みをシスティナが浮かべていた。
つい見惚れてしまう。
(これを前にして骨抜きにならない男がいるのか?)
自分の場合は今、骨抜きになると命を落としかねない。
「システィナ様こそ、愛用の水晶球無しでは。戦力と数えるべきでしょうか」
そもそもはまったく危険に晒さないのが一番だ。
他の男どもならばともかく、自分はリベイシア帝国を代表する騎士団長なのだから。
ジャクソンはシスティナの前に立つ。
(そして、トータストーンヌスに構いすぎて、システィナ様が奇襲を受けてはならん)
緑衣の者が嫌なところを見計らって戻る可能性もある。
(普通に考えれば、本命はシスティナ様の暗殺だ)
自分のような剣士などいくらでも代わりは効く。
大聖女なき今、筆頭聖女であるシスティナの代わりが務まる者はいない。
ここでシスティナを討たれるわけにはいかないのだ。
「祈りに時はかかりますが、やれますわ」
システィナがほほえむ。
また骨抜きにされそうだ。ジャクソンは気を引き締め直すのであった。




