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トランスpt.  作者: 夢のもつれ
第3章 猫へのお土産は何がいいかな(仮)
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【特別編】第二王女殿下のバレンタインデイ

今回は美原風香さんとのバレンタイン特別企画ということで、「敵国に潜入した執事、第二王女を溺愛する〜皇太子殿下『可愛いは正義』なのでございますよ〜」とのコラボです。ベルフレア殿下が大好きなので、執事のアランとともにお願いして出演してもらいました。

https://www.alphapolis.co.jp/novel/452889842/917449734

 一月の三日月が綺麗な夕方のこと、まるで夕空に穴が開いたようにひゅーっと、王女殿下のお城の庭に黒百合と美月が落ちて来た。


「あいてて……大丈夫?」

「うん、ここどこ?」


 黒百合はお尻を払いながら立ち上がる。


「お城……かな?」

「そうみたいだけど、どこの国の?」


 異変を感じて美月は質問を重ねる。


「そりゃヨーロッパの」

「どうやって来たんだよ。さっきまで福井にいたんだよ」

「なるほどねー」

「それにあの窓を見てごらん。シャンデリアに本物の蝋燭が使われてる。貴重な文化財を焼失しかねないことをする国は絶対にない」

「なるほどねー」


 黒百合は驚きのあまりどうやら脳がフリーズしてるご様子だ。


「ここは一体どこなんだ?」

「異世界ちゃいますかー?」


 大船のヤンデレがなぜ関西弁なのかは置くとして、そう考えた方がある意味現実的なのかもしれない。


「そこにいるのは誰なのだ?!」


 自分の私室から三日月を愛でていたベルフレアが不審な人影に気付いて声を上げた。


「殿下、わたしが確かめてきますので部屋にいてくださいね」

「わかったのだ!」


 アランは矢のような速さで庭に降りると黒百合と美月に鋭い視線を向けた。


「うわぁ、ごめんなさい!」

「すんませんでした!」

「君たち、何者ですか」

 

 アランは二人に剣の切っ先を向ける。


「あ、あやしい者ではありません。み、美原美月(みはらみつき)と言います」

「た、ただの一般市民です。幽谷黒百合(かくれだにくろゆり)と申すです」


 あやしい者に限ってそう言うのだが、この女の子たちは大丈夫そうだとアランは値踏みして、剣を収めた。しかし、変な名前だ。


「どこから来たのかい?」

「日本です。東京です」

「大船、神奈川県です。確か」

 

 聞き慣れない地名だ。


「ニホン? トウキョウ?」

「イエース。オオフナ、カナガワ、OK?」


 美月が黒百合の肘をつつく。その拍子にお腹が鳴る。


「まあ、いい。ついてきてくれ」


 アランは軽くため息を吐いて、二人を小さな客間に連れて行き、警備の者に念のため見張っててくれるよう頼んだ。厨房に寄って彼女たちに食事を出してやってくれと言う。アランの無意識の優しさが出ていた。


「何者だったのだ?」

「よくわかりませんが、殿下に危害を加える心配はないかと」

「見たいのだ」

「はい?」

「会ってみたいのだ」


 殿下は退屈してるからなと同情する。が、いいのだろうか。服装や身振りから判断すると、彼女たちはかなり異質の文化の国から来たようだ。


「どうしたのだ?……アラン、心配いらないのだ」

「はい。ですが、いろいろと私達とは違うみたいなのです」

「ならばよけいベルは会わなければ、なら……のだ」


 会わなければならないのところで噛んでしまったけれど、六歳の殿下にその地位にふさわしい好奇心と、王女らしい威厳を感じてアランは感動してしまった。


「かしこまりました」


 二人を王女の居室に連れて来る。階段を上り、長い廊下を行くと豪華な内装に目を奪われる。大きな風景画や肖像画、美しい陶器のストーブ、美月は若い頃に訪れたヨーロッパ各国の宮殿やお城を思い出していた。クリーム色の金の飾りの入ったドアの前でアランは立ち止まる。


「殿下はこの国の第二王女であらせられます。くれぐれも失礼のないように」


 アランは二人にそう言い含めたのだが……。


「かっわいいー! 高い、高ーい!」

「こらなのだ! 下ろせなのだ!」


 黒百合は部屋に入ると挨拶もせずにベルフレア殿下に飛びつき、ベルフレアを高い高いした。美月は思わず眉間を抑えた。


「やめろー。お姫様に何をするんだ! す、すみません。あいつは常識というものが……」


 アランに命乞いをするつもりで見ると、思いのほか、優しい目をしている。


「見ててわかります。天然というものでしょう?」

「はい、時々ひやひやさせられます」


 アランもお目通りしたばかりの殿下に『あっち向いてほい』なる遊びを教える黒百合のテンションについていけず、困った表情をしていた。


***


 しかし、ベルフレア殿下は案に相違して黒百合が気に入ってしまったようだ。彼女が来ないとメイドたちに催促するのだ。


「黒百合を呼ぶのじゃ! 今日はあの者の国の折り紙とやらを教えてもらうことになっているのだ」

 

 部屋に現われた黒百合は王女様に折り紙を教えたり、お人形遊びをしたりする。窓の外にちらつく雪に目を遣りながら、黒百合は思い出したように言う。


「もう二月なんですね」

「二月なのだ。いちばん寒い季節なのだ」

「あたしたちの国ではチョコの季節なんです。この国にもチョコがありますね」

「あるのだ。お菓子職人がチョコを作るのだ」

 

 このお屋敷のお菓子職人がチョコでいろいろ作ってくれるのを王女様は楽しみにしている。


「この季節は自分で作るんです。買ってもいいんですが、自作の方が愛が伝わるんです」

「愛が伝わるとはなんなのだ?」

他人(ひと)が作ったものと、自分が作ったものとどちらが想いが伝わると思いますか?」

「うーん、自分で作る方かしら」

 

 ちょっと大人な質問に思わず語尾を忘れてしまう殿下。


「でしょでしょ?」

「それと二月にチョコを作るのとどういう関係があるのだ?」

「あ、そうでした。えっと、この国にはバレンタインデイってありません?」

「聞いたことないのだ。おまえたちは知ってるのだ?」


 小首を傾げる仕草がなんとも言えないほどかわいい。


「バレンティンならなんとなく」

「そりゃホークスやないかっ!」


 黙って聞いていた美月がツッコミを入れる。


「女性から好きな男性に告白するのって勇気がいるじゃないですか」


 激しく頷くメイドたち。王女様も「まあそうかな」という顔をしている。


「それが一年で一日だけ、二月十四日のバレンタインデイだけは女性から告白してもいいんです」

「ほおぉ」

「きゃー!!」


 ベルフレア殿下とメイドたちは目を輝かせ、歓声を上げた。


「誰に上げるの?」

「そりゃ、あ、ないしょ」

「いいじゃん」

「こほん。殿下のおん前です」


 メイド長が騒がしいメイドたちをたしなめる。 


 実際の日本での義理チョコとか友チョコといった説明は、この国の人たちの許容量を超えるから黒百合は言わない。


 それからというもの殿下とメイドたちは厨房の一角を占拠し、そこは甘いチョコの匂いでいっぱいになる。


 ヤンデレのわりにお菓子作りが趣味の黒百合の指導の下、ハート型や星型のガナッシュ、まあるいトリュフ、きれいなストロベリートリュフといった比較的簡単なものから、チョコクッキー、チョコブラウニー、チョコマフィン、ガトーショコラといった手間が掛かったことが一目でわかるもの、果てはチョコマカロン、フォンダンショコラ、チョコファウンテンまで試作したのだった。


 たくさん作るとだんだん上手になるし、だんだんお腹のラインが気になるメイドもいたが、そういう心配が必要ない王女様はますますチョコ作りと試食にのめり込む。


 黒百合はこういうことを言った。


「王女様、中身も大事ですが、ラッピングも大事なのです。プレゼントはお菓子の舞踏会、きれいなドレスを着せてあげないと」

「うむうむ、それはそうなのだ。きれいなドレスでアランと踊りたいのだ」


 黒百合は聞いていないふりをして目を細める。たくさんの箱、紙、リボンが王女様の部屋に集められた。もちろんメイドたちもあれがいい、これがいいと夜遅くまで工夫を凝らす。


 スイーツやデザートをあまり食べないアランはベルフレアが何をしているかよくわかっていなかった。


「殿下は黒百合さんと一緒に、最近何かに熱中しているようですね?」

「ま、まあ、お菓子作りですよ」


 アランには言わないでと言われていた美月はどぎまぎしながら答える。


「でも、ずっと作ってませんか?」

「じょ、上達したいからでは、ないでしょうか」

「お菓子職人になるわけでもないのに。なんでしたらわたしがおいしいお菓子を作る魔法でも」

「それは本末転倒かと……女の子は料理とかお菓子を作るのが好きなんで……すよ」


 自信なさげに語尾が詰まる。ぼくだって女の子のことはわからないよと美月は思う。しかし、王女様のお願いを叶えるため、アランと一緒にいるように努める。


「美月さんは見かけと違ってさばさばした人ですね。とても話しやすいです」

「ありがと。うれしいよ」


 確かに男でアランの話し相手になってくれそうな人はいなさそうだ。しかし、美月は男に褒められてもうれしくないよとぼやいていた。


 ベルフレア殿下は自分がお願いしたことも忘れて、そんな二人を見てやきもきしていた。


「アランは最近、美月と仲がいいのだ」

「いいことじゃないですか」


 メイドの不用意な言葉に王女様は頬を膨らませる。


「いいことだけど、ずっといいってわけではないのだ!」

「……申し訳ありません。でも、お気になさることはありませんよ。アラン様に限って、王女様のことを忘れたりはしないですから」

「美月はきれいなのだ。年もアランより三つほど上でお似合いなのだ」

「王女様、顔色が!……誰か! すぐにお医者様を!」


 チョコの食べ過ぎとの診断にほっとするお付きの者たち。


 バレンタインデイまであと一週間、お風呂を済ませ、髪を乾かしながら美月と黒百合の話題はこの先どうなるか、どうすればいいかに収斂していく。


「どうやって来たかもわからないから、どうすれば帰れるかもわからない」

「あたしはずっとここにいてもいいよ。王女様もアランさんも親切だし」

「ホントお気楽だな。家族とか心配してるでしょ?」

「ああ、家族ね。……た、大変だ! どうしたらいい?」

「だから、それを考えようと」


 いろいろ可能性を考えるが、議論は尽きず、名案は浮かばず黒百合は眠ってしまう。明け方前にふと空を見ると三日月を裏返したような下弦の月が上って来る。


『待てよ。あの夜は。……ひょっとしたら』


 美月はいろいろと計算を始める。


『ああ、ネットが繋がれば一発なのに』


 その夜から月の出の時間を測ろうとしたが、月は次第に見えなくなってしまった。


 バレンタインデイ前日の土曜日、ベルフレアの部屋にはベルトリアの言葉となぜか日本語で『立入禁止』と書かれた貼り紙があった。もちろんプレゼントを手渡すリハーサルで、背の高いマネキン人形まで運び込まれている。


「こ、これお願いします!」


 メイドが順番にマネキンに向かって自分の考えた告白をする。


「だめ! そんなんじゃ愛が伝わらないでしょ」


 誰でも遠慮なく指摘していいことになっている。


「愛してます! ずっとお慕いしていました。受け取ってください!」

「そんな長いセリフ、お相手に言えるの?」

「言えません。しゅん……」


 ベルフレアの番になった。


「あ、アラン。……」


 二十秒間ベルフレアが固まって、じわっと目に涙を浮かべ始めたので、慌ててみんなで慰める。


「だ、大丈夫ですよ。何もおっしゃらなくてもアラン様はわかってくださいますよ」

「ええ、黒百合様から王女様がどれだけチョコ作りに努力されたかを伝えていただいて」

「……告白したいのだ。チョコを渡すだけでは嫌なのだ。アランが美月と仲良くしてると不安なのだ」


 そのいじらしさに涙を誘われる者も少なくなかった。


 いよいよ二月十四日、春のような温かい陽射しにあふれ、風もほとんどない穏やかな一日だった。お屋敷のあちこちでメイドと想い人がチョコを手に愛を語り合う光景が見られた。


 アランを連れて美月が王女様の部屋に入って来る。


「今日はみんなそわそわしてますね。この暖かさに浮かれてるんでしょうか」


 ずっと蚊帳の外に置かれていたアランはちょっとピンぼけな発言をしてしまう。


「そうかなのだ」

「殿下としばらくお会いしてなかったような気がします。申し訳ございません」

「いいのだ」

「お呼びだそうですが、なんでしょうか?」

「お呼びなのだ」

「はい? 殿下、お加減でも悪いのでは?」


 黒百合が見かねて、口添えしかけるのを美月が止める。幼くとも自分だけの力でやれるところまでやってみるのは重要だ。


「なんともないのだ。……アランはチョコは好きか?」

「えっと……どうでしょうか」

「ベルはチョコを作ったのだ。最初は黒百合に手伝ってもらったが、これは全部ベルが作ったのだ」


 差し出された小さな箱は、春のお花畑が描かれたラッピングに王家の紋章が入ったリボンで優雅に結ばれていた。


「これは……まるで殿下の晴れ姿のようではないですか。もちろんいただきます! ありがとうございます!」


 チョコの箱を開けると、にっこりと微笑み合う殿下とアランを甘い香りが包んだ。交互にチョコを食べさせ合う二人を眺めながら、美月と黒百合は語り合う。


「これこそHEVね」

「なんだよ、それ」

「ハッピーエンド、ヴァレンタインに決まってんじゃん」

「確かに。いつの間にか浮き始めたね」

「え? あ、帰れる?」


 夕闇に明かりを灯したような三日月に向かって二人は舞い上がり始めた。


「あの二人は日本とやらに帰ったのでしょうか」


 庭のベンチから立ち上がりながらアランが訊く。


「そうなのだ。ベルはわかっていたのだ」

「本当ですか?」

「美月は美しい月という意味なのだ。だからあの日も、今日も美しい三日月なのだ」




最後までお読みいただきありがとうございました。楽しんでいただければうれしいです。

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