13.十年前の世界~釜石
東日本大震災直後の悲惨な画像が多くあるので、ご注意ください。ご了承をお願いします。
ベルトリアから三日月に向かって飛んで、再びひゅーっと落ちて来た。
「あいてて……大丈夫?」
「うん、ここどこ?」
黒百合はお尻を払いながら立ち上がる。
「駅かな」
「そうだけど、変じゃない?」
ぼくは狭い待合室を見回して、言葉を失った。ここはどこなんだ? 山田線の宮古方面が運転見合わせ? 時刻表の大きな赤い×が不吉だ。海沿いを走る線路が壊滅している? ぼくの顔を見た黒百合が青ざめた。たぶん不安が伝染してしまったのだろう。
「か、梯さんは?」
「いないよ。ベル殿下のところからはぐれちゃってたし……」
「そうか、そうだった。その方がよかったかも」
動顚してはならないと思いすぎているせいか、混乱してしまう。
「どうする?」
「とりあえず外に出よう」
駅を出て左の方に行く。右手に製鉄所が見える。やはりここは釜石だ。しかも……。
橋の方に行く。二度と見たくなかったものが見えて来た。
「あれ、粗大ゴミ? 何この臭い?」
「瓦礫だ。いずれ震災ゴミと呼ばれるんだけど。ずっとドブ臭いから、耐えるしかない」
「前にここに来たことがあるの?」
黙って頷き、歩を進める。商店街だったものが目の前に広がる。
「あ、ああ、ああぁ! い、いやぁ……」
黒百合がぼくの胸に顔を埋める。手を握ると強く握り返してくる。なんの前触れもなくここに送り込まれれば当然だ。地震は我々がよって立つ生活の基盤を揺るがし、津波は変わらないと思い込んでいた日常をなぎ倒す。自然は安心・安全を保証しはしない。悪意もなければ善意もない。怒りもなければ癒しもない。卑小で利己的な人間が勝手にそう思っているだけだ。
「……落ち着いた?」
照れたように胸から顔を離した黒百合に言う。
「うん。ありがと。ごめんね」
かき合わせていたぼくのモヘアのカーディガンの涙のしみを指でなぞっている。モスはもちろん休憩する場所ではなくなっている。
東日本大震災の発生時刻は14時46分、釜石に津波が襲い掛かったのは15時21分、十年前に何度も確認して覚えてしまった。あの日は確か金曜日だった。週末を控え、ほっとしていた多くの人たちは激しい揺れに驚き、揺れが収まると叫んだかもしれない。
『今のは強い。津波が来るぞ!』
『山の方に逃げよう!』
三十分もない時間で命を掛けた決断をしなければならなくなる。
『でも、高い堤防があるから防いでくれるんじゃないの?』
過去何度となく津波の被害に見舞われた釜石湾の入り口には「世界最大水深の防波堤(Deepest breakwater)」としてギネスブックに認定された巨大防波堤が1,200億円を投じて、2009年に完成していた。しかし、2011年の東日本大震災においては「浸水を6分遅らせたほか、沿岸部の津波高を(推定)13mから(実測)7-9mに低減させたという効果」しかなかった。公共事業によるハード面での対応には限界があると言わざるを得ない。
何より四万人の釜石市全体の死者・行方不明者が1,000人を超えるという甚大な被害を出している。同レベルの高さの津波に遭遇した同じく四万人程度の大船渡市の死者・行方不明者が500人であったのと比べると差は大きい。この点について、釜石市は当初の情報に基き、「高いところで三メートル程度の津波が予想されます。海岸付近の方は直ちに近くの高台か避難場所に避難するよう指示します」と市内96か所のスピーカーで放送したのに対し、大船渡市は、津波の高さを言わず、大津波警報の発令と高台への避難のみを呼びかけたのが大きな差となったという報道もあった。その真偽は確かめようはないが、ソフト面の充実が必要なのは間違いない。
高台に逃げた者、この店内に留まり、ハンバーガーを食べ続けた者、待ち合わせた友だちを待っていた者、どうだったのかはわからない。……ただ看板の白い丸とその上に描かれた赤い×は少なくとも二回、生存者がいないか、遺体が残されていないかのチェックがされたことを物語っているだろう。
「前にここに来たの?」
「うん、十年前にね」
「前世って本当だったんだ。どうしてまた来たんだろうね。しかもあたしを連れて」
こら、カーディガンを引っ張るな。……妙に目が濡れてる黒百合の手の甲にそっと触れ、引き離す。
「わかんない。ぼくに世界を救う使命があると思えないし、お供にするなら二〇〇%、梯さんだし」
「何よそれ。あたしだってけっこう役に立つよ。……ここはどういうお店だったんだろ」
立ち直り早いな。遠慮会釈なしにお店を覗いてる。人は死体になると無遠慮に見られ、人のいた場所が残骸になると好奇心にさらされる。
「道がきれいだろ?」
「街並みと比べると異常なほど」
「歩きやすくして、ぼくらのような人間を歓迎してくれてるんだ」
「歓迎だなんて。申し訳なくて、身の置き所がないのに」
覗くのをやめて肩をすくめている。
「そういうのを含めて、被害の実際を知ってもらいたいんだよ。震災報道にもうみんなうんざりして、正直、楽しい番組を見たいって思ってた」
「そうだったんだ。見てたアニメが一週飛んだような気もするけど、よく覚えてないや。今はいつなの?」
「震災後のゴールデンウイーク、前世で釜石を訪れたのは五月一日だったかな」
「えっと、何年?」
知っとけよと思うが、ぼくだって阪神淡路大震災の年はすぐに言えないから仕方ない。
「二〇一一年、十年前」
「えっと、あたち六ちゃい? おたんじょうびきてないから」
もっとませた六歳だったと思うが、スルーする。元の世界は三月だったから少し混乱する。
古い体育館に人が集まっている。避難所になっているのかもしれない。
「何月生まれなの?」
「六月、双子座。おねえさんは?」
「十二月、射手座だよ」
「正反対じゃん。最高の相性ですねー」
「はあ」
うわの空で答える。ぼくは星座占いだけじゃなく、占い全般に関心がないし、こんなところで話すことじゃ……いや、そうじゃない。占いの無意味さを見せつけられるような状況だからこそ、"Fortune-telling"将来の幸運を告げることは大事なはずだ。現実に目を向けろと子どもから絵本を取り上げ、大人から夢を奪う人は現実の意味深さを知らない。
小さな市役所に入る。一階の市民課では何人かの人が淡々と業務をこなしている。ぼくらは誰にも見られない。誰にも止められない。あの日と、あの記憶と同じだ。
「上がって行っていいの?」
「本当はどうか知らない。でも、今は。……街を見たいでしょ?」
「怖いけど、見たい」
三階までのぼって、屋上に出る。鯉のぼりが風になびいている。
街流れ心づくしの鯉のぼり
「流れ」は「壊れ」や「消えて」の方が明確でいいのかもしれないが、やわらげたかったのと鯉のぼりとの関係で選んだ。「心づくし」は古今和歌集の、
木の間より漏りくる月の影見れば
心づくしの秋はきにけり
という歌を踏まえて、屋上に掲げて市民に『ああ、もうそんな季節か』とか『鯉のぼりか、いいな』と思ってもらいたい役所の人たちの思いやりの心を愛でている。
ついでに言うと『心づくしの秋』は自分の心をすり減らす秋とか、悲しい思いの限りを尽くさせる秋といったネガティブな解釈が通常行われているが、月の光が自分を思いやって慰めてくれるという風に解したい。
鉄骨や鉄筋コンクリート造りの建物は姿を留め、木造家屋は瓦礫になっていることが上から見ると一目瞭然だ。
「海岸に行ってみよう」
「危なくない?」
「もう余震もだいぶ収まってる」
市役所から左の方へ向かう。
「あの船、なんか変。近すぎる!」
大きな中国船が岸壁に乗り上げている。
「うひゃー! 派手にやらかしてるね」
「あまりショック受けてないね」
「そお? ま、人が傷ついたり、死んだりしてなければね」
海岸は風が強く冷たい。港の方へ行く。
魚市場だろうか。一面水浸しだ。人影はなく、しんとしている。福井の中央卸売市場が頭をよぎる。あの時、
「こっち見て」
市場に背を向けて街を見ていた黒百合が声を掛ける。
「なんか虚しいね。こういう看板を貼り付けて、注意もしていたのに」
二階までがガラスが割れ、三階は残っている。どのビルもそうなっていて、津波の到達した高さがよくわかる。
「じゃあ、駅に戻ろうか。花巻なら宿泊できる」
「はい。でも、ちょっと待って」
黒百合は跪き、首を垂れて祈る。ぼくもそれに倣って祈りを捧げた。千人の人を呑み込んだ海に向かってぼくらは黙禱する。
「ガンバレって被災者が言う言葉じゃないよね」
「うん、でも被災しなかった人が言うのもとてもキツイ」
そんなことを話しながらぼくらは駅に向かった。
とふつうの小説ならすぐに花巻の場面に切り替えるところだが、基本子どもの作文のようなこの作品では細々と語る。駅の隣にはお土産兼物産センターがあるから中に入ってみた。
拍子抜けするほどの日常がここにはある。もちろん仔細に見ていけばそうでないところもあるのだろうけど、印象としてはそうだ。
「お腹空いた」
黒百合の視線を追うと端っこに食堂がある。レストランでなく食堂、カフェでなく喫茶店。
「やっぱりこれだよね」と二人揃って、うにいか丼に姫ホタテの汁、小さな刺身まで付いた定食を食べた。
改札口で青春18きっぷを出そうとして怪訝な顔をされた。二〇一一年五月に二〇二一年三月のスタンプを押されたのを見せれば変に決まってるのだが、たぶん期間外だからということだけなんだろう。これからの旅程で通常の切符を買っていくのはつらい。
発車時刻を見計らってホームに出る。人影がない。
「この電車に乗って行ったら福井に着いたりしないですかね」
「大船でなくていいの?」
「それ言わないでください。自分のお布団思い出しちゃう。うぇーん、うえーん」
ぼろぼろに泣き出してしまった。釜石で見たものがよほどショックだったんだろう。しかし、無邪気というか、他愛もないというか、列車が走りだし、山の中に入って行く頃には窓にもたれて眠っていた。……本当になぜこの子と十年前の釜石に飛ばされたんだろう。何か意味があるのか、誰かの気まぐれに過ぎないのか。でも、黒百合で良かった。梯さんよりおまえの方がいいって思ってるんだよ、え? マジで?!
ああ、遠野か。ちょうど中間点だな。ずっと前に一度だけ訪れたことがある。不思議なおばあさんが不思議な話を聞かせてくれた。愛し合う娘と馬が地上では結ばれず、天でおしら様となった話が現実と地続きで語られる。きれいな川がきれいな林と境目なく流れていた。……
最後までお読みいただきありがとうございました。
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