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トランスpt.  作者: 夢のもつれ
第3章 猫へのお土産は何がいいかな(仮)
11/14

11.「君の名は?」「梯袖風です」

 別れ話をする時には蟹がいいと言われる。蟹の身を(むし)るのに夢中になって話が疎かになるからだそうだ。我々3人の話はもちろん別れ話ではないが、ぼくとしては無口に蟹を食べるのはありがたい。


挿絵(By みてみん)


「時季は終わってるって仲居さんは言ってたけど、おいしいよね」

「そうですね」

「もっと大きなのがいい」

 子どもか?! まあ、黒百合は子どもだけど。

「越前蟹は小ぶりな雌がおいしいんだよ。オレンジの卵がいっぱい入ってるだろ?」

「松葉蟹ってどこでしたっけ?」

「山陰辺りじゃなかったかなぁ。種類はいっしょだよ。ズワイガニ」

 この辺りの会話はそれぞれ30秒以上は間が空いている。いちいちスペースを開けると読みにくいから詰めてある。

「山陰って?」

「島根、鳥取だよ」

「あ、ああ」

「行きたいの?」

「わかんない県ベスト5だなって。それだけ」

 関東のJKの標準的な答えだよね。行ってもいいけど、山陰は遠い。

「あたしは金沢、富山に行きたいです。このセコガニもいいですけど、コウバコガニも食べてみたいです。休暇3日取って来ました」

「ふえ? (かけはし)さん、帰らないの?」

「どうしてあたしだけ除け者にするんですか? こんなところまで追いかけて来たのに!」

 しまった。こういう話になるのを避けてたのに。


「えっと金沢はいいけど、富山は大変なんです」

 話を逸らそうとする。

「どうしてですか?」

「ふふふ。訊きたい?」

「はあ」

「梯さん、福井までどうやって来ました?」

「大宮から北陸新幹線で金沢まで来て、大阪行きの特急に乗り換えです。あたし家が浦和なんで。福井って新幹線がないんですね」

 今回はいろんな地方の人の神経逆撫でにしてるなぁ。

「じゃーん。我々はこのJRの在来線乗り放題の青春18きっぷを使って旅行してるんです。がしかーし、金沢、富山間はJRの在来線はないので使えないんです」

「使えないんです!」

 おまえ、知りもしないくせにコールアンドレスポンスするか?

「そんな! JRがないと地元の人困るでしょ?」

「だいじょうぶです。線路がなくなったんじゃなくて、経営が三セクに移管されたんです」

「移管されたんです!」

 移管された()()って言うと、またご批判が来そうだから言わない。

「それを聞いて安心しました。でも、なんでそんな意地悪をしたんですか?」

 なんかQ&Aぽいな。

「意地悪じゃなく、新幹線と在来線の両方があるとJRの経営が大変だからってことです」

「なるほど……。あれ? 東海道新幹線や東北新幹線は在来線もありますよね」

「いい質問です。東京近辺は両方あっても採算が取れるってことでしょうけど、長野新幹線や東北新幹線の延伸くらいから新幹線と並行する在来線はJRから切り離すことになったみたいです。だから、一律の公平な基準ってわけじゃないです」

「わけじゃないです!」

「で、金沢、富山間を青春18きっぷで行こうとすると……」

「行こうとすると?」

「5:18の始発で出て米原、岐阜、高山を経由して富山には、な、なんと19:48着です」

「ふええ、お尻ボロボロになっちゃうよぉ。新幹線か三セクでいいじゃん」

「だーめ! それは負けなの」

「負けですか。了解です」

「おねえさんってわけわかんものと戦ってるよね」

 ありがと。」理解者が増えてるようでうれしいよ。


「えっと何の話でした?」

「あ、そうそう。どうしてぼ、もといあたしが福井にいるってわかったんです?」

 黒百合も興味津々で梯さんの顔を見てる。

「移植の時にチップを埋め込んだんですって。鮫島先生が『ちょっとうろうろし過ぎだから見て来て』って。で、スマホのアプリで探してきました」

 梯さんのスマホを見せてもらうと、ここ福井市いちばんの繁華街、片町が表示されているかと思いきや、なぜかさっき見たナイスな裁判所になってる。ポンポンと叩くと片町になる。勝山は捕まえるのに絶好だったか。


挿絵(By みてみん)


「この子の前ですみません」

 梯さんは小声で言ったけど、そんなの聞こえてるって。鮫島に人権だのなんだの言っても始まらない。怒っても梯さんに謝らせるだけだろう。

「それで福井まで来てくれたんですか。すみません」

「ねえ? 移植って何? チップ? この人やばくない?」

「美原さん、やっぱりこの子に説明してないんですね。それなのに連れ回したりして、良くないです!」


 それで最初から説明した。この小説の第1話と第2話をごくかいつまんでってところ。

「なるほどー。よくわかりましたー」

 棒読み。

「わかってくれた?」

「おねえさんってかわいそうな人なんですねー。こんなにきれいなのにー」

 それって第3話の真坂先生の対応じゃねえか。チップという動かぬ証拠があるのにそれはないでしょ。蟹の甲羅みたいに開けて見せられないけど。

「そうじゃなくてさあ」

「だいじょうぶです。おねえさんへの愛情もとい信頼は変わらないですから」

 幽谷黒百合(かくれだにくろゆり)にさえ信じてもらえないんならもう誰にも言わない方がいいかな。


「ともかく明日どこに行く?」

「福井はもういいんですか?」

「メインは移動だからね。この切符を使うことに意義がある。あ、」

「どしたの?」

「あと2枚しか残ってない。3人だから、もう1セット買えばいいけど」

「けど?」

「5枚セットだから、今度は1枚残る。さらにもう1セットでようやくキリがよくなる」

「そんなに付き合えません! 休暇はあと2日です」

「さすがにあと2日くらいで家に帰らないと」

 一人でやっとれって言われるかと思ってたのにノリがいいというか、モテてるというか。


「あ、そうだ。猫ちゃんはだいじょうぶなんですか?」

「餌と水を多めに置いて来たから、たぶんだいじょうぶ」

「猫飼ってるの? 見たいな」

「ああ」

 猫をもう一頭飼う気はない。

「あたしも見たいです」

 思わず返す笑顔がほころんでしまう。梯さんもにっこりしたから男は全員撃墜できるレベルだろう。


「じゃあ、明日は京都か大阪に行って、帰りがけに名古屋に寄るとか?」

 スマホで検索しながら言う。

「急に都会だね」

「京都と言ってもこういうのもある」

 梅小路蒸気機関車館の扇形庫の画像を見せる。蒸気機関車が発進を待ってる感じ。

「ほお! カッコいい! ここ行きたい!」

「あたしもいいですか?」

「はい」

「できれば嵐山に。嵯峨嵐山文華館があるので」

「えっと、百人一首が好きなんですか?」

「それもありますが、藤原定家が好きで」

「あ、もしかしたら」

「はい。

   旅人の袖吹きかへす秋風に

   夕日寂しき山の梯

です。袖を吹き返すほどの秋風が山中の粗末な架け橋の足元の覚束なさを一層感じさせ、夕陽が寂しく山を照らしているといったところでしょうか」

 目立たないけど、さわやかな梯さんにふさわしい。確か新古今和歌集の羈旅所収だったかな。


「黒百合ちゃんの俳句はないの?」

 すぐに割って入るんだから。

「これは和歌なの。ちょっと長いやつ。あ、歌ならあったかも」

 YouTubeで『黒百合の歌』を探す。織井茂子さんっていう人の歌で、背景は『君の名は』だろう。もちろんアニメじゃなく、岸恵子と佐田啓二。

「お、いいね、いいね。これ覚えようっと。カラオケに入ってるかな?」

「入ってるかもね。有名らしいから」

「有名やで。君の名はや。あんたら若いのによう知ってんな」

 また、おじさんが絡んで来る。そうも言えないからもごもご曖昧な返事をする。

「福井は若い女の子だけでも気持ちよく飲み食いさせてもらえるって聞いてたんですけど」

 ほへー。梯さんまだ1杯目だよね。周りがしんってなったよ。固まってる人もいるよ。


「おじさん、すごすご退散しちゃったね。ナースのおねえさん、すごいよ」

 みんなご機嫌でホテルに向かう。

「そういう呼び方やめて」

「じゃあ、なんて呼んだらいい? 下の名前は?」

 ぼくの顔を見る。ぼくも黒百合もハンドルネームだから本名を名乗る必要はないとの意味で首を振る。

「袖の風で袖風(しゅうふう)でどうでしょうか」

「あ、いいね」

「なんか書道家みたい」

 こんにゃろ。

「よくなかったかな」

「美原美月よりずっといいですって」

 そんなのほったらかしでまた『黒百合の歌』を動画に合わせて唄ってる。

「ああー! ああはっははー! ……ねえ、ニシパってどういう意味?」

「旦那様かな。ご主人様でもいいけど」

「ダーリンかぁ。…くーろゆりーは毒の花ぁ」


挿絵(By みてみん)


 道端に白川静の生誕の地記念碑があった。写真に撮る。白川静の学説は口は顔の口じゃなく祝詞を入れる器だと言ったり、牽強付会じゃないのかと思うことも多いが、古代中国の呪術師が憑依したようなイメージがこちらに流れ込んで来るのがすごい。そう、共感するのはいつもイメージなんだ。

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