8.ハーフリングの村
次の日。レオニードたちはドワーフの村からわりと近い、聖なる土があると言う村に足を踏み入れた。
ここは土に横穴を掘って住む、ハーフリングの村だ。
穴に住むといっても他の種族の影響を受けているのか、家の内装は木材などを使っているし家の入口には木製の扉もある。
背の高さはドワーフといい勝負で、この種族は耳がとんがっている。彼らは畑を耕し羊の放牧もして、人族と同じような生活をしていた。
ときどき人族の行商人も来るはずなので人族を見たことはあるはずだが、レオニードたちの人数が多いからか、彼らが村に入って来るとハーフリングたちはクモの子を散らすように皆家に入ってしまった。
レオニードはしょうがなく馬から降り、そこから一番近い家のドアをたたいた。
「すいません」
しかし、誰も出てこないし、返事も無い。
さっき確かにここに、一人入って行くのを見たんだが、とレオニードは思った。
彼は、今度は用件を言ってみることにした。
「すいません。この村の長と話をしたいんですが」
すると、ドアの横の窓が開き、中から手が出てきた。
「あっち」
と言って指をさして、すぐ窓が閉まる。
皆がその方向をみてみると、少し玄関の立派な横穴住居がある。
あれかもしれない。
「ありがとう」
レオニードはそう言うと、その家の方に向かった。
今度は、その立派な玄関のドアをたたく。
「すいません」
「なんだ?」
今度は奥から声がした。
「ここの長の方と話したいんですが」
「わしだ。何の用だ?」
相手はまだ出てこない。レオニードは、皆を見まわして肩をすくめた。
「実は、女神のお告げで、聖剣を鍛えるために、聖なる土を別けていただきたいのです」
「帰ってくれ……」
すると、扉の向こうで誰かと話す声がした。
「あなた……させたら」
という女性の声が聞こえる。
するとドアが開いて、髭を生やした中年ぐらいの歳に見えるハーフリングが出てきた。
どうやら彼が村長の様だ。少し仕立ての良さそうな服を来ている。
「聖なる土を別けてやらんでもないが、それには条件がある」
「どんな?」
「実は、あの山の中腹に洞窟があってな」
その村長はそう言いながら、レオニードたちの後ろの方を指す。
その先には、少し高い山があった。
村長は続ける。
「その洞窟に住みついた、大蛇をどうにかしてくれたら、別けてもいい」
「どのくらいの大きさですか?」
「太さはそこの人ぐらいだ」
村長はポンザを指さした。
ポンザは少し太っている。
レオニードは、けっこう大きいなと思ったが、やるしかない。
「わかりました、それをやっつけたら、聖なる土を別けてもらえますね?」
「ああ、約束しよう」
そう言うとその村長は家に入り、ドアを閉めた。
レオニードは皆を見て言う。
「やるしかなさそうですね」
大蛇も危険そうだが、火を吐かず空も飛ばない分、ドラゴンよりは簡単そうに思えた。
レオニードたちは村を抜け、村長が示した山のふもとに行った。
そこからは細い山道が続いている。
馬と、油を乗せた荷車はここに置いていくしかなさそうだ。
「じゃあ、大蛇を倒してくる。ユシカさんはここに残って、馬と荷物を見ていてもらえますか」
レオニードがユシカに言った。
するとユシカは、レオニードをまっすぐ見る。
「私も行きます」
「え?」
「今回も火が役に立つかもしれないから」
「では私が残って荷物の番をしましょう。この細い矢では、大蛇にはかすり傷ぐらいしか負わせられないだろうから」
アミルが申し出た。
ユシカは荷車に行くと、空いた小さい水袋に油を入れ、それと火打石を持った。
ポンザは、昨日ドワーフの村で貰った斧を持っている。
そしてレオニードは、アミルにトトと聖なる火のランプを託し、他の仲間とともに徒歩で山に入って行った。
途中でポンザが横に続く獣道と思われるところを確認する。
「動物の足跡がありますが、それほど古くは無さそうですね」
「この山は動物が豊富そうだから、大蛇も腹は空かせていないに違いない。いきなり襲われることは無いかもしれんな」
と、エルマ。
さらに山を尾根伝いに昇ると、道は途中で二つに分かれている。
そこでオズナが、
「左じゃな」
と言った。
皆、オズナの不思議な力は知っているので、誰も疑わない。
彼らが左の道を進むと、やがて沢に出る。その沢沿いを昇っていくと、洞窟があった。
人間が立ったまま入れるぐらいの大きな洞窟だ。
きっとこの洞窟に違いないが、どうしたものか、とレオニードは考え込む。
大蛇が棲んでいる暗い洞窟の中に入っていくのは、あまりにも無謀だろう。
その時、頭上からキーという鳴き声が聞こえた。
この辺りは鷹が多いのか、とレオニードは思って見上げてみる。
「では、煙でいぶりすとしよう。皆で枯れ葉を集めて、洞窟の前に置くのじゃ」
オズナがそう言い、彼らは手分けして枯れ葉を集め、洞窟の入口付近に積み上げた。
「あの枯葉に火を点けてはくれまいか。火が点いたら皆とともにすぐに洞窟の入口の横に隠れるのじゃ」
オズナが、ユシカに言った。
「はい」
ユシカが火を点けに行き、レオニードはその間に大蛇が出てきてしまった時に備えて、ユシカを守るように剣を構えて洞窟の中を凝視した。
今の所動きは無いようだ。大蛇は満腹で寝ているのかも知れない。
ユシカが枯れ葉に火をつけ終わると、煙が上がり始める。
皆は言われた通り洞窟の入口の横に隠れた。
しかし、煙は少しは洞窟に入って行くが、大部分の煙は上に昇っていってしまう。
そこでオズナが呪文を唱えると弱い風が吹き始め、煙が洞窟の中に入って行った。
やがて大蛇が、煙にいぶされて洞窟から頭を出した。
村長の説明の通り、けっこう大きい。
その時、入口の横にいたユシカが、その大蛇の頭に油をかけた。
油は大蛇の頭の左半分にかかり、そこに落ち葉の火が燃え移る。
頭の半分と片方の目の辺りに火が燃え広がると大蛇は暴れ出した。地面に頭をこすりつけて、必死に火を消そうとするが、なかなか消えない。
やがて火が消えて、大蛇が少しぐったりしたとこに、エマルが何かを合図した。
すると、上空から鷹が飛んできて、大蛇のもう片方の目を鋭い爪で傷つける。
視界を失った大蛇は再び暴れ出し、突進して近くの大きな木に頭を打ち付けた。
それで、大蛇が一時的に動かなくなったところを、ポンザがすばやく近づいて斧を振り下ろすと、大蛇の首が半分切れた。
これは致命傷に違いない。
しばらくの間、大蛇はのたうち回っていたが、やがて動かなくなった。
「いいぞ」「よくやったな」
皆がポンザを褒めた。
「いやー……」
ポンザはちょっと照れているようだ。
「……あっ。倒した証拠を持って帰らないと」
ポンザは大蛇の死骸に歩いていき、大蛇退治の証拠にと、大蛇の牙を抜いて沢の水で洗ってから袋にいれる。
「でもさっきの鷹は?」
レオニードがそう言ってエマルを見ると、腕に鷹がとまっている。
「今まで黙っていたが、俺の相棒だ。レオニードのトトと喧嘩するかもしれないから離しておいた」
エマルが鷹の首を撫でながら言った。そして腰の袋から餌を取り出して与える。
「さて、大蛇はこれで倒したが、あの村長は約束をたがえると見た」
オズナがレオニードに言った。
「え? そうなのですか? では、どうしたら……」
「こんな山の中で、しかも周りには有用な植物も無さそうじゃ。この山には獣も多く蛇の餌には事欠かないじゃろうから、村は襲われんじゃろう。本来なら放っといてもよさそうな蛇の退治を頼んできたからには、それなりの理由があるはずじゃ。おそらく村長の目的は……この洞窟の奥に何かあるのではないか?」
皆は洞窟の奥を見る。
枯れ葉の火は消えているが、洞窟の中には煙が充満している様だった。
そこで、オズナが再び呪文を唱えると、洞窟にたまっていた煙が風に乗って外に出てきた。
「これで大丈夫じゃろう」
オズナはそう言ってニコリとした。
「便利なものですね」
と、レオニード。
レオニードたちは松明を作り、それに火をつけると、洞窟に入って行く。
入口付近には大蛇の胴が少し残っていて歩きにくかったが、奥に行くと大蛇の胴も無くなり、少し広くなっている場所に出た。
すると、そこの隅の壁際には、金貨や宝石の付いた冠などの財宝が積みあがっている。
「彼はこれが欲しかったのね?」
ユシカが言った。
「でも、なぜこんな所に財宝が?」
レオニードの疑問にオズナが答える。
「おそらく昔、この洞窟は盗賊どもの隠れ家じゃったに違いない」
「なるほど。ところがある時、大蛇がやってきて彼らを食べ、ここに棲み着いたといったところですかね?」
「おそらくな。……では、これを持って行って隠そう」
「え?」
「そして村長がごねたら、これと交換で聖なる土を手に入れればよい」
「そういうことですか」
レオニードたちは手分けして、財宝を運び出した。
そして、山のふもとのアミルと合流すると、その近くの道から少し入った木の根元に穴を掘り、その中に財宝を入れて埋めることにした。その間にユシカがアミルにいきさつを話していた。
財宝の上に土をかけて埋めると、目印としてその横の木に縄をかけておく。
そして、皆で村に戻り村長の家に行った。
ポンザが村長の家のドアをたたく。
「なんだ?」
村長が出てきた。
「言った通り、大蛇を倒したぞ」
「証拠は?」
ポンザが、持って来た大蛇の牙を村長の足元に放り投げた。
それを見た村長は、
「どうにかしてくれ、と言ったが、殺してくれとは言っとらん。帰ってくれ」
と言って、ドアを閉めた。
レオニードたちは顔を見合わせる。
「そちらが約束を守らないなら、あの洞窟の中から運び出した財宝は持っていくぞ」
と、レオニードが言った。
「ま、待て……」
村長があわてて出てくる。
「待て、悪かった。聖なる土はやる。財宝をくれ」
「一度約束を破ったんだからな。まず聖なる土だ」
「わかったよ。ついて来てくれ」
そ言うと村長は、村の中心に向かって歩き出したので、レオニードたちは後をついて行く。
すると村の中央に柵で囲った場所があり、その中央に白い像が建っている。
その正面にまわると、女性の像だった。
「この像は?」
レオニードが村長に聞いた。
「フリッグ神様だ」
そうか、初めて見たが美しい、とレオニードは思った。
「このフリッグ様の足元の土が、聖なる土だ」
村長が続けて言った。
ポンザは持って来た袋に、その土を詰め込むと、村長がせかしてくる。
「さあ、聖なる土を手に入れたんだから、早く財宝の場所を教えてくれ」
「ああ。大蛇がいた山のふもとに、埋めてある。目印として木に縄をかけておいた。その根元を掘れば出てくるさ」
レオニードがそう言うと、村長は一目散に駆けて行った。
レオニードたちは、その村を出た。
村から少し離れた所で、オズナがレオニードを見る。
「次は最後の水の国じゃな。水の国はレオニード殿の同族が住んでおる」
「そうなのですか!?」
「そなたの先祖はそこの出身じゃと聞いたことがある。昔、そなたの先祖はそこの王の弟じゃったが、聖剣を手に入れてから、そこを出て北へ領土を広げて行ったという話じゃ」
「それは早く行ってみたいですね。ではまいりましょう」
レオニードたちは、そこから東北東に向かった。
山を越えると、荒れ地が広がっている。
そこをさらに進むと、だんだんと緑が多くなり、草原地帯に出た。
すると、前方に羊や牛、そしてその先にはテントが見えてくる。
それを見て、オズナが首を傾げた。
「こんなところに人が住んでおったかの?」
彼らはさらに、そのテントに向かって馬を進めた。
「遊牧民でしょうか?」
ユシカが聞いた。
「遊牧民がこんな北まで来ることはないはずじゃが」
羊の群れの近くにその世話をしている少年がいたので、レオニードは、ここは何の村なのか聞いてみようとした。
するとその少年は、レオニードやエマルを見ると、テントの方に逃げ出す。
レオニードたちは、理由がわからず顔を見合わせた。
「なにかあるのかな?」
レオニードはそう言って、その少年の行ったテントの方に馬を進めた。
すると、大人が何人かテントから出てきて、レオニードたちを見ている。
さらに近づくと、大人たちがひざまずいた。
「すいません、許してください」
「え?」
「どうか命は……」
「何を言ってるのだ?」
エマルが聞いた。
「あなた方は、私たちを追ってきた騎士ではないのですか?」
「私たちは旅の者です」
レオニードが言った。
それを聞くと、人々は安堵の表情を浮かべる。
レオニードたちは馬から降りて、村人に近づいた。
「いったいどうしたのです?」
レオニードは、理由を聞いてみることにした。
「実は我々は、チェスカの村の者ですが、ドラゴンに襲われてサマ王国の王都に向かって逃げたんです。ところがサマ王国の騎士が、王都に入れてくれず、そこをまたドラゴンに襲われて、こちらに逃げてきたのです」
「ああ、あなた方の村でしたか。でもなんで、騎士に追われてると思ったのです?」
「どうも王様が、我々をドラゴンの餌にして、王都にドラゴンが近づかない様にしたのではないかと……」
「まさか! でも、どうしてそう思ったのだ?」
エマルが驚いて聞いた。
「騎士たちは、ドラゴンの巣と王都の間の目につきやすいところに、無防備のまま私たちを足止めしました。もし守ってくださるなら、王都の中に入れてくれるはずだし、もし王都が狭いのなら、王都の前の草原でも良かったのに。それに兵士や騎士を警護のために、そこに残してくれてもいいはずです。ところが、そこにまたドラゴンがやってきて。早く気がついたから我々は逃げられて、そのときは襲われたのは羊だけで済みました。しかし、これが続いて羊がいなくなったら、今度は私たちの番です。それで私たちは、そこをこっそり逃げ出してきました」
「たしかにそうじゃ。それで、勝手に逃げたことをとがめられると思ったのじゃな?」
オズナが聞いた。
「はい」
「それはちょっと、ひどいじゃない?」
アミルが言った。
「そうだったのか。それで、行く当てはあるのかい?」
レオニードが聞いた。
「いえ、どうしたらいいかわからないのです」
「それはかわいそうだな」
そう言って、レオニードは考え込む。
するとポンザがレオニードに言う。
「旦那様、うちの村に来てもらったらどうでしょう?」
「私もそれを考えていた。うちの村は畑が中心だが、北に草原がある。そこなら放牧ができるだろうから」
それを聞いた村人の顔に喜びの表情が浮かんだ。
「レオニード殿の領地はここから、北北東に三日の場所じゃ」
オズナが言った。
「そうですか。ではポンザ、この人たちを案内して、先に帰ってくれるか?」
と、レオニード。
「でも、私は旦那様の……」
「お前しかいないだろ?」
「そうですね」
「父に言って、村に入れてあげてほしい」
「わかりました」
「私は聖剣が鍛えられたら、そのままドラゴンを退治に行く。父にもそう伝えてほしい」
それを聞いた村人が聞いてくる。
「ドラゴンを退治なさるので?」
「そのつもりだ」
「失礼ですが、お名前は」
「レオニード・オイマール」
「オイマール様? あの、東のモラブ地方の?」
「その通り」
ポンザが胸を張って答えた。
レオニードは村人に言う。
「ドラゴンは我々が退治する。その後チェスカにもどってもいいし、そのまま我が領地の村にいてもいい」
「ありがとうございます」
「ではポンザ、たのんだぞ」
「はい」
それを聞き終わると、突然エマルがレオニードの前にひざまずいた。
「エマル殿、どうしたのです?」
レオニードは驚いて聞いた。
「レオニード殿、実は言わなければならない事がございます」
オズナはそれを見てニコッとした。
レオニードも、ひざまずいているエマルの前に腰を落とす。
「なんです?」
「実は私は、サマ王国の騎士団長から密命を受けた密偵でした」
「なんと!」
「私の鷹で連絡をとりあっておりました。そして、騎士団長からの命令で、聖剣が鍛えあがったら奪えという命令が出ています」
「それを言ってもいいのか?」
「私は今日限り騎士団をやめます。今の話を聞いて、騎士団にいる気がうせました。私は父から騎士というのは王国やその民を守るものだと聞いて育ちました。前々からサマ王や騎士団長は民をないがしろにする傾向があるのを知っていましたが、今回のこの村人に対する仕打ちはひどすぎます。そして、この旅でレオニード様の人となりを見させていただきました。財宝にも目もくれず、そして正直で、民を思いやる心をお持ちです。ぜひ、レオニード様の下で働かせてください」
「それは……」
レオニードはオズナの顔を見た。オズナがうなずいている。
オズナはこうなることを見通していたようだ。
だから、今まで黙っていたのだろう。
「わかった。正直にいってくれてありがとう。これから私をささえてくれるか?」
「はい、喜んで」
「では、立ってくれ。共に行こう」
「はい」
レオニードはここでポンザと別れ、ポンザはチェスカの村人を率いて、モラブ地方に向かった。
サマ王国の王城では、北西で起きた出来事が知らされる。
「陛下」
騎士団長がサマ王の執務室に入ってきた。
「どうした?」
「ただいま、北西のコーリンの砦より知らせが参りました」
「何があった」
横に立っていた大臣が聞いた。
「北方のヴィシュラン族が攻めてきたのですが……」
「何!?」
サマ王は椅子から立ち上がった。大臣も表情が険しくなる。
騎士団長が続ける。
「ところが、その後ドラゴンが現れて、奴らの王を食ってしまったそうです」
「何と!」
大臣の表情が複雑になり、最後には笑顔に変わった。
「それでやつらは総崩れになり、ヴィシュランは退却して行ったそうです」
騎士団長の報告を聞き終わると、サマ王は椅子に再び腰かけた。そして笑い始める。
「ふふ……はっはっは、これは愉快だ」
「まことに」
大臣もそう言って、横の椅子に座った。
「まさかドラゴンに助けられるとはな」
サマ王が言った。
「陛下。もし、ドラゴンを飼いならすことができれば、世界を支配する事も可能ですな」
騎士団長が真面目な顔で言う。
「そんなことができるわけないだろう?」
大臣が困惑して、騎士団長を見た。
「わからんぞ?」
騎士団長はあれこれ考え始める。
その表情は、ドラゴンと一緒に近隣の国々を攻め落とす様子を思い描いているかのようだった。




