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扶養家族ができたのに、誰も雇ってくれなかったんです

 猫々専科はホワイト企業である。労働基準法などないアルスガイアだが、それを差し引いても、かなりな優良企業だろう

 当然、パワハラの類いはない。ヒロイン斡旋という業務上、セクハラがゼロとは言い切れないが、派遣対象が猫獣人なのでそもそも通じていないようだ。獣人差別もなくはないが、獣人嫌いがわざわざ客として訪れることは、まずない。

 職場環境は穏やかだし、労働時間もまともだ。残業代だの有給休暇だのといった仕組みはないが、働いた分はきっちり給与に反映されるし、休憩も休暇もしっかり取れる。尤もメインの派遣スタッフは猫獣人だから、言われなくとも勝手に好きなだけ休んでいるが。


 始業時間は一応は九時。時間表記が二十四時間制なのは、元々、明確な時間の定義がなかったので、被召喚者が日本の習慣を持ち込んだのだ。

 当然、そんなきっちりとした時間管理を猫獣人たちが気にするわけがない。始業時間を前にオフィスに集まっているのは勤勉な人間たちだけだ。

 その人間たちですら、朝早くから客も来ないだろうと、のんびりした空気で雑談に興じている。今朝の話題は三千花による猫あるある(・・・・・)だ。それに対してデディアが妙に対抗心を燃やして猫獣人あるある(・・・・・・・)を披露するおまけもつく。


「――なんで猫って寝るときに人の首周りをふんすかふんすかするんでしょうね? 入ろうかなぁ、やめようかなぁ、ってね。入りたいならさっさか入ればいいのに、うるさいやらくすぐったいやらホント迷惑。でも可愛いんですよね」

「うちのミアンはわたしと一緒に寝るんですよぉ。でもすっごく寝相が悪いんで、わたしはソファに逃げちゃいますぅ。そしたらいつの間にかミアンもやっぱりソファで一緒に寝てるんですぅ」


「猫って、自分でこの人に飼われるって決めるんですよ。道歩いてたらいきなり呼び止められて『撫でれ!』『モフれ!』ってお腹を見せてきたり、車にさっさと乗り込んで『連れてけ』って命令する猫もいるんですよ。勝手に窓を開けてうちの中に入ってきて『ここに決めた』って居座ることもよくありますよね」

「うちのミアンは、わたしの部屋に『いれてーよー』って強引に入り込んできたんですぅ。おやつも勝手に『これチョーダイ』って取られちゃうんですぅ」

「それはデディアちゃん、ちょっと下手(したて)に出過ぎなんじゃ……? でも、なんだかんだいって強引に居座るのって怖いもの知らずの子猫か臨月のお母さん猫が多いような気がしますね」


 二人のとりとめのない会話を聞いているうちに、甜瓜もまた自分のもとに訪れた、もとい強引に居座った猫獣人のことを思い出していた。


「私も似たような経験があるわ。うちのピコランもそう、お腹が大きい状態で召喚されて間もない私のところに押しかけてきたの――」


               ☆★☆★☆★


 専門知識を求められて召喚された賢者とはいえ、召喚依頼主に採用されなければ、以降の暮らしは順風満帆とはいかない。

 死んでなければ適当に異世界見物をした後に元の世界に帰ることが可能だが、甜瓜の場合は死亡召喚だったから、残念ながら最初からその選択肢はなかった。

 当面の生活は召喚依頼主が持つ。正確には最初から召喚料にその費用が含まれているので、召喚した召喚業者が面倒を見てくれる。その金が続く間に被召喚者はこの世界で自立し自活する道を自分で見出さなければならない。

 持ち込んだ荷物が売れれば生活費の足しになるのだが、甜瓜の場合は金目の物は一緒に召喚された薬剤師にほとんど持ち帰られてしまった。肝心の専門知識も、甜瓜の場合は薬剤師ではなく単に量販店の商品知識に過ぎず、売りにはならない。


 召喚を依頼した薬屋に薬剤師ではなく一般の店員として雇ってもらおうとしたがあえなく失敗。ならばと被召喚者が始めたコンビニもどきの店員を狙ったが、それも駄目。当時、仮住まいとして用意された部屋の近くのレストランでウェイトレスにも挑戦したが、こちらの世界で求められる素朴で元気なウェイトレス像には甜瓜は見た目も性格もマッチしていなかった。


 被召喚者にヒロイン――甜瓜の場合はパートナー――が紹介される制度は当時からあり、甜瓜は興味本位でエルフの男性を選んだのだが、それも良くなかった。神話にも登場する種族だとかでプライドがやたらと高く、甜瓜のことを何も取り柄がないと馬鹿にした。希少種故に紹介料が高かったらしく、通常よりも短い派遣期間だから良かったものの、そうでなければ甜瓜は精神的に病んでいたかもしれない。


「人間の小娘が、もう少し己の分を弁えよ」


 契約期間の終了に伴い、エルフの男が侮蔑とも説教ともつかぬ言葉を残して去った後のことだった。

 たとえ嫌味な相手でも同居人が居なくなれば、部屋は急に広くなったように感じられるものだ。だが甜瓜がそんな喪失感を自覚する間もなく、甜瓜の前にビルランが現れた。


「何よ、この部屋。エルフ臭いじゃない、掃除しなさいよ」


 仕事探しに疲れきった甜瓜が家の扉を開けるなり、するりと脇から滑りこんだ茶トラ猫(・・・・)、それがピコランだった。


「ね、猫? 猫が喋ってる?」


 ピコランを初めて見たときの甜瓜の反応は、まずそれだった。

 甜瓜がアルスガイアに召喚されて二週間は経っていたから、当然、甜瓜も街の中で耳の長い兎獣人だの、角を生やした牛獣人だの、尻尾を千切れんばかりに振る犬獣人だのを目にしていた。ただ街で見かける獣人は人間の姿に耳や尻尾をつけたような姿をしており、甜瓜の脳内では獣人=コスプレ人間的なイメージができていたのは否定できない。

 それでもピコランの姿が人間大の二足歩行する猫であれば、案外と素直に猫獣人だと認められたのかもしれない。だがピコランは甜瓜がよく知る獣の猫の大きさ、甜瓜が腕の中に抱き上げられるくらいの大きさしかなかったのだ。


 だから猫(・)が喋ってる――そう思って甜瓜は驚いたのだ。


 今ならば猫獣人に限らず獣人の多くは――難産を避けるための例外はあるが――元の獣の姿で妊娠出産することが多いのは知っている。だが当時の甜瓜にはそんな知識はなかったし、獣サイズならば獣に違いないという思い込みのまま、獣が喋るなんてあり得ないと思って混乱に陥ったのだ。

 もちろん猫獣人であるピコランが、そんな細々した状況説明をしてくれるわけもない。況してや、そのときの彼女は臨月どころか、今、まさに出産しようという状況だったのだ。


「ほら、ぼけっとしてないで! さっさと布とお湯を用意してよ!」


 目をらんらんと輝かせたピコランは、次から次へと甜瓜に指示を飛ばした。それに従って、甜瓜はお湯を沸かし、タオルを引っ張りだし足りない分はシーツを切りなどして、出産に備えた支度をしていった。


「あ、ここ! いい感じ! ここにするわ」


 命じられるままに甜瓜がトイレだの戸棚だの靴箱だのを開け閉めして見せていった結果、ピコランは台所の床下貯蔵庫が気に入ったらしかった。ジャガイモによく似た芋の入っていたバスケットに、バスタオルを丸めたのを置いて寝床にする。中央にいい感じの窪みを作ってやると、ピコランは一頻りふんふんと匂いを嗅いでから、満足そうに座り込んだ。


「まさか、産むの?」

「そーだけど?」


 結果として、甜瓜はビルランに叱咤されつつ、三匹――三人の赤ん坊を取り上げたのだった。


               ☆★☆★☆★


「妊娠してるって気づかないって……そんなことってありえますか?」

「わかんないわよ、細身の体形であんまりお腹も目立ってなかったし……」

「わたし、知ってますぅ。猫獣人は赤ちゃんがいるとき、ちっちゃくなるんですよぉ。ぁ、うちのミアンは、お腹が空きすぎても、ちっちゃくなりましたけどぉ」

「猫の生態も猫獣人にも詳しくなかったの、その頃は!」

「あ、もしかして茶トラ猫だから雄……男性だって勘違いしたとか?」

「だからそれ、一般常識じゃないから」


 三千花によれば、遺伝子異常や染色体異常である三毛猫の雄ほどの珍しさではないが、茶トラ猫の場合も雌雄の比率は偏っていて雄が八割方を占めるそうだ。だが猫好きと同等の知識を求められても、昔の甜瓜には無理な話だ。


「人間にお産を手伝わせるって、猫々あるあるよねえ」

「へえ、猫獣人じゃなくてもそんなことってあるのねぇ。ピコランが強引な性格なだけかと思ってたわ」


 人間たちが和やかに笑い合っていると、カランという呼び鈴とともに店舗部分の入り口が開かれた。入ってきたのは茶トラ柄の若い猫獣人と子猫獣人の二人組だ。


「ん? ママの話、してたの?」

「あらニオちゃん、ネウちゃん。え? ママって……ピコランっていうのは二人のお母さんだったの?」

「そうよ。ニオは、そのときに取り上げた三人のうちのひとり。他の二人は茶白でニオだけがピコランと同じ茶トラだったの」


 ちなみに茶白の片方は男の子、もう片方は若干珍しい女の子だった。どちらもニオとよく似た、というよりはピコランの顔貌を継いだ美形猫獣人たちだ。甘えん坊なニオと違って、二人はとっくに独立していて、それぞれお気に入りの人間の家に棲みついている。


「五年くらい前の話なのよね? ってことは、え? ニオちゃんていくつ?」


 普通の猫の年齢がこうだから、と三千花は指折り数えて首を傾げている。甜瓜にとっては猫々専科を始めてから身につけた知識だが、五歳は動物の猫なら人間換算して三十代の半ばくらいになるはずだ。

 だが、ニオはいつも半眼で眠たそうなために大人びて見られがちだが、きらきらと煌めく琥珀色の瞳は少年のものだ。


「ちゃんとした計算法はわからないけど、ニオは感覚的には十六、七くらいに当たるんじゃないかしらね」


 ならばわたしが、と三千花が計算式を考案しようと決意表明をしている傍らで、甜瓜やニオの過去を初めて聞いたとデディアは興味津々だ。


「ピコランもニオたちと一緒に暮らしてるんですかぁ?」

「ううん、今はいないよ」


 まん丸い焦げ茶の瞳をくりくりさせた屈託のない笑顔で弟のネウが答える。それを見守る兄のニオの穏やかな笑みを見て、何かを察したように三千花が「あ、ああ……」と表情を曇らせた。明らかにピコランが死んだか行方不明だと勘違いしているようなので、甜瓜は慌てて否定した。


「えっとピコランは全然、元気だから」

「ママは俺の弟と妹を作りにお出かけしてるんだよ」

「ここに戻ってくれば、いつでも好きなだけ産めるもんね」

「えっ……!?」


 身も蓋もないニオ・ネウ兄弟の言葉に絶句する三千花。意味がわからないのか、デディアはきょとんと首を傾げている。

 ニオ・ネウにもう少し言葉の教育をしておくべきだったと、甜瓜は激しく後悔して頭を抱えた。

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