だから自分で起業しちゃいました
甜瓜は夢を見ていた。
時刻は二十三時過ぎ。勤務先がホワイト企業で、健全な生活を心がけている社会人ならば寝床に入り、すっかり眠りに落ちていてもおかしくない時間帯だ。
甜瓜は猫々専科の事務所の裏手にある社員寮に住んでいる。ヒロインやパートナーとして派遣される猫獣人たちだけでなく、事務方のスタッフも扱いは同等だ。
甜瓜の部屋の右隣は保護猫活動のエキスパートである三千花の、左隣は落ちこぼれ召喚士であるデディアの部屋だ。それぞれパートナーである錆猫獣人のビビと、見た目ほぼ白の薄色三毛猫獣人のミアンが一緒に暮らしている。
甜瓜は現在、ひとり暮らしをしている。元々は押しかけ母猫獣人のピコランやその子どもであるニオたちも一緒だったのだが、ピコランが流離いの旅に出るようになった頃から――正確にはニオたちいちばん上の年代の子がいわゆるお年頃になってきたので、子どもたちは一括まとめて別の部屋へと移ったのだ。
実際には年頃もなにも、人間と猫獣人では生殖の仕組みやサイクルが違いすぎて、性的にどうのこうのというのは――特に人間の雌と猫獣人の雄の間では――滅多なことでは起こらないのだが、パートナー斡旋業という商売柄、そのへんのケジメはつけておくのが当然だ。
ここのところピコランのことが話題に出たり、当時のことを思い出したりすることが多くなっていた影響だろうか。夢は、甜瓜が猫々専科を始めた頃のことだった。
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ピコランが産んだ赤ちゃん猫獣人たちが、幼児と呼べるくらいに成長しても、甜瓜は相変わらずの無職だった。
被召喚者たちにウケる転生モノを扱う書店の販売員に応募すれば「何を好きこのんで普通の人間、それも日本人をわざわざ採用するか」と罵倒された。「メガネの奥は美人」とか「見た目は地味だけど隠れ巨乳」といった特典も無いくせにと馬鹿にされたのは未だに忘れない。
富裕層の女性に人気が出始めていたネイルサロンの仕事は好感触だったが、ピコランが嫌がったので辞退せざるを得なかった。いたずら心で一本だけ塗ってあげた爪をピコランは「邪魔くさい」といっていたが、それは「自由に爪が動かせなくて鬱陶しい」ではなく文字通り「邪魔で悪臭がする」の意だったと気づいたのは、ずいぶんと後になってからだ。
赤ちゃん猫獣人は乳児期を過ぎると、猫サイズから人間サイズへの変化の術を身に着ける。授乳から解放されたピコランもまた、常に二足歩行の人間大猫の姿になっていた。
勢いに飲まれてピコランたちを黙って受け入れていた甜瓜も、それまでは就職活動に奔走する合間に赤ん坊の世話を手伝ったりしていたが、この頃になるとさすがに先の生活の見通しに不安を覚え始めた。嫌な気分にさせられただけで何の助けにも癒やしにもならなかったエルフを派遣してもらうくらいなら、その分を金銭で受け取っておけば僅かでも助けになっただろうが、後悔先に立たずというものだ。
遊び盛りとはいえ乳児期よりは断然に子どもに手がかからなくなったせいか、ピコランの外出は次第に増えていった。お世話の仕事が減るから就職活動に専念できると期待していた甜瓜は、大いにあてが外れた。
召喚依頼主からの援助が終了し、次の月の家賃も覚束なくなる。近所でのちょっとした手伝いごとの手間賃程度では、食費もそろそろ危ういかもしれない。
何でピコランを受け入れてしまったのか、そろそろ出て行ってほしいとはっきり言うべきではないか――。
そんなことを悩み始めたある日のこと、外出から帰宅したピコランから甜瓜はほんのり温かい紙袋をぽんと手渡された。
明らかに油のいい香りがする袋の口をそっと爪先で開いてみると、中から狐色の衣のついた諸々がいくつも出てくる。
「これ、何?」
「ごはん」
「?」
「おかず?」
コロッケにメンチにアジフライ。イカリングっぽいのや玉ねぎのフライ。ちょっと豪華なところではエビやカツ。いわゆる揚げ物、カロリー高めのダイエットの敵のオンパレードだ。
メンチカツを摘んで食べ始めるピコラン。手で半分に千切って、ニオたち子どもにも少しずつ食べさせる。ときどき甜瓜を見上げては「どうして食べないの?」とばかりに不思議そうな顔をする。
甜瓜が説明を求めても、返ってくる答えは「ごはん」と「おかず」と「おやつ」の繰り返しだった。甜瓜は当然入手の経緯を訊ねたつもりだったが、通じなかったのか、それとも敢えて無視したのか。
「ピコランは〝揚げ物一番亭〟のおやっさんのお気に入りだからな」
そう教えてくれたのは街の名物猫のシタイさんだった。それも猫々専科を始めた後だから、ずいぶんと経ってからのことだ。
シタイさんによればピコランは美人で知られていて、何軒もの飲食店から食事を得ていたらしかった。そしてピコランにとっては、甜瓜もまたニオたちと同じく養うべき相手だと認識されているだろうとのこと。
情けない話ではあるが、食費すら賄えなくなりそうだった当時の甜瓜には、ピコランの厚意を拒否することは事実上不可能だったのは間違いない。
そんな具合にして、甜瓜は暫くの間、ピコランによって養われた。〝揚げ物一番亭〟ばかりでは胃がもたれそうと秘かに心配した甜瓜だったが、ピコランの人気は広範囲に及んでいて、〝焼き肉・豚さんの恥じらい〟や〝銘菓王都の誇り〟、〝麺屋マンティス〟といった有名店も含まれていた。
今になって考えてみると、当時のほうが食生活は充実していたかもしれない。
甜瓜が猫獣人の生活というか、猫獣人と猫獣人を愛でる人間との関係を知ったのは、こうしてピコランによって養われた経験によるところが大きい。
猫獣人は数は少なくとも二足歩行の獣型である故に街中では非常に目立つから、長いこと住んでいれば、そういった関係性にも自ずと気づくことはあっただろう。だが猫嫌いの客から毛が飛ぶから不衛生だとのクレームがつくこともあるので、飲食店の側は必ずしも猫獣人との関係を大っぴらにしているとは限らない。猫獣人の側も――単に面倒だったり興味がなかったりするので――わざわざ言いふらすような真似はしない。
だから甜瓜が猫々専科の商売を思いついたのは、ピコランのお蔭だといっても決して間違いではないだろう。
街中を一緒に歩くと、ピコランが人間に人気があるというのはよくわかった。明らかに猫好きなのだろうが、すれ違う人がはっと振り返ったり、涎でも垂らしそうなだらしのない顔でピコランをじっと見つめていたりする。街並みとは似合わぬ服を着た明らかに召喚者とわかる中には、手を差し出しながら近づいてきて「ちっちっ」とまるで野良猫に呼びかけるような失礼な態度をとる輩もいたりする。
ピコランは毛色が明るめの茶トラ模様である。耳は大きく、ほっそりした身体は靭やかで、尻尾は顔の印象から想像するよりもさらに拳ひとつ分くらい長い。たまに気まぐれで触らせてくれる毛皮は、うっとりするほど柔らかく滑らかだ。
ぱっちりと切れ長をいとも簡単に両立させた大きな目は、マスカットのような緑の中に琥珀色とも紅茶色ともつかぬ瞳が煌めく。最近でこそ落ち着いてきたが、赤ちゃんを産んだばっかりの頃には、瞳孔がまん丸く大きくて、見ている側がドキドキするくらいにキラキラと輝いていた。
鼻先はもちろん唇もアクビをした拍子にちらりと覗く舌先も、全部が綺麗な桃色をしている。当然、肉球も斑のひとつすら入らない、ピカピカつるつるのさくらんぼのようなぷにぷにだ。
あるときピコランとポテトフライを分け合いながら歩いていると、甜瓜は被召喚者の男に呼び止められた。
「あ、あの……その猫獣人、譲ってもらえませんか?」
「え……?」
あまりに失礼な物言いに甜瓜が睨みつけると、男は「ひっ」と情けない声を上げて縮こまった。一旦は逃げ腰になった男だが、諦め切れない様子でちらちらとピコランを見ながら、改めて口を開く。
「あ、俺、麦田っていいます。一週間前に召喚されました。そ、その猫様が所属しているの……どこの紹介所ですか? 俺があたったところは、どこも猫獣人は扱ってなくて……モフモフ好きには狼とか犬の獣人ばっかり勧めてくるんですよ」
「えっと、そうなの?」
甜瓜がピコランのほうを見ると、こくこくと小さく頷いていた。面倒がるのを無理に話を聞き出すと、被召喚者に相棒を紹介するいわゆるヒロイン紹介所に登録している猫獣人は、ほぼ皆無なのだという。
「だって勇者も賢者も人型になれって、しつこいんだもん」
「そ、それは違う! そいつらは猫様の素晴らしさを知らないだけだ! 真のモフリストのなんたるかを理解していない!!」
滔々と熱弁を振るう麦田をどうにか落ち着かせて聞き出したところによると、猫獣人をヒロインに希望する被召喚者には二種類あるということだった。
ひとつは猫耳、猫尻尾の美少女を侍らせたいと欲する連中。良くいえば彼女にしたい、要は性的玩具にしたいと望む、わかりやすいと同時にある種女の敵な輩だ。ヒロイン斡旋自体にそういう側面があるのは事実だし、甜瓜自身も美形の男性エルフをパートナーに選んだだけに否定はし難いが、ただでさえ人型になるのを好まない猫獣人にすれば迷惑な存在でしかない。
それに対して麦田が属するのは純粋に猫獣人を愛でたい派閥だそうだ。元々、日本にいるときから猫好きで、猫を飼い、すべてに猫を優先させる生活をしていたという。そんな彼にとり、耳と尻尾だけが猫仕様の獣人など邪道らしい。
「モフりもじゃらしも、俺、自信があります」
麦田は暗闇の中の猫にも負けないくらいにまん丸い目でピコランを見詰めて、懸命にアピールした。その指先は、心なしかぴくぴくと蠢いているようだ。
ピコランと遊ばせてほしいと懇願する男性に、甜瓜は悩んだ。が、嫌がるかと思った当のピコランは、あっさりと願いを聞き入れた。ただし条件付きで――。
「うちの子たちと遊んでくれるなら、いいよ」
擬似恋愛を求めているわけではないと力説していた通り、麦田は大喜びでその申し出を受けた。
☆★☆★☆★
翌日、昔のことを知りたがる三千花やデディアを相手に、甜瓜は夢の話をして聞かせた。
「え? まさか初対面の男を家に招き入れたんですか?」
「さすがにそれはないわ。子どもたちを連れて近所の公園で遊んだだけよ」
三匹の子猫、もとい三人の子猫獣人と遊ぶ麦田の姿を甜瓜は思い出す。猫好きを豪語していただけに、子猫心を擽るじゃらしの技術は実に巧みだった。
子どもとはいえ人間サイズの子猫獣人だから、それなりに身体は大きい。元の世界では子猫を相手に自分の手や手のひらを猫に見立てて遊んでいたという麦田は、猫獣人相手だと、結構、本気で取っ組み合いができたと満足そうな顔をしていた。
遊んでいるうちに、通りがかりの人間、それも被召喚者――男女問わず――が寄ってきたりもした。最初は羨ましそうに眺めるだけだった被召喚者たちだが、そのうちに我慢できなくなって一緒になって取っ組みあったり、疲れて猫の開き状態で眠ってしまった子どもたちのぽっこりしたお腹をこっそりモフったりしていた。
「で、これは行けると。商売になるって思ったわけですか」
「いや、そのアイディアを話しただけなんだけどね……」
甜瓜は就職活動の合間に相談に訪れたクーノ勇者・賢者紹介所で、雑談として獣型の猫獣人を求める被召喚者が多いと話しただけだ。それが人と場所と金が提供され、期限を区切られた上で、気がつけば甜瓜が猫獣人専門のヒロイン紹介所開設の責任者になっていたのだ。
「だから所長のギュエンさんに頭が上がらないんですかぁ」
感心したようにいうデディアに甜瓜は苦笑を返す。慥かにデディアの言う通り、クーノ召喚所の所長からは常により良い猫材を集め、事業を拡大するように求められ続けている。ねっこかふぇも猫缶もその一環であり、今もなお甜瓜は新しい事業展開を日夜考え続けているのだ。
呼び鈴が鳴り、勢い良く開け放たれたドアから、ほっそりした美形の茶トラ猫獣人が姿を現す。
「甜瓜! お湯とタオルを準備して!!」
甜瓜につられるように、三千花とデディアもガタガタと急いで立ち上がり、慌ただしく支度を始める。
「ちびのネウくんも、お兄ちゃんですねぇ」
「甜瓜さん、今度は保育園か、いっそのこと産院でも始めません?」
それもいい考えかもしれない。甜瓜はそう思った。
これにて『スイカとメロン』は完結。次は未定。




