猫獣人、隠れる
【地域猫獣人活動の指針】
地域猫獣人活動とは、猫獣人の方と地域住民の方との共生を目指しての取り組みです。
野良猫獣人の方たちを強制的に排除したり、可哀想だからと食事のみを供与するだけでは、増え続ける野良猫獣人問題を解決することはできません。
各地域の野良猫保護団体では、野良猫獣人の方の一時保護、安定した生活を得るまでの仮住居の紹介などを行っています。また将来的な自立を目指し、猫獣人の特長を活かす職業訓練や就労支援にも力を入れています。
野良猫獣人の方ご自身や、困っている野良猫獣人を見かけた方は、地域の行政または各地の野良猫保護団体にご相談ください。
王都野良猫獣人保護協会・アルスガイア地域猫獣人促進連合
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「門田三千花さん、年齢は四十六歳……嘘、全然、見えないですねぇ」
同年代かと思いました、と三千花の履歴書に目を通した目の前の女は笑った。
どう考えても嘘である。慥かにびしっとビジネススーツを着こなした姿は、いかにも出来る女然としていて、意外と年齢が行っているかと思わせるところもある。だがきゃらきゃらと華やいだ笑い声はアラサー、それも三十代ではなく二十代後半だろう。
向こうは共感を得ようというつもりだったのかもしれないが、三千花の採点ではマイナスがついた。尤も採用するのも評価をするのも、実際は相手のほうである。
「お仕事はXX市野良猫保護団体って具体的には何をやってたんですか? 公務員? それとも獣医さんとか……じゃないですよね?」
「いえ、XX市をメインに活動してるってだけで、市の団体ってわけじゃありませんから。NPOです。そこで事務職、会計とか庶務とか、それと雑務全般ですね」
「野良猫保護団体の雑務っていうのは、実際に猫ちゃんに触れたりする機会はありましたか?」
「ええ、もちろん。猫、大好きですから。保護した野良猫は引き取り手を探すんですけど、それにはまず人間に慣らす必要があるんです。そのお手伝いを……猫慣らしボランティアとか保護猫シッターとか呼ぶんですけどね」
「ああ、それならバッチリね。三千花さん向き。保護した野良猫獣人の慣らしのお仕事、お願いします。ってことで仮採用決定ね」
面接官の女は立ち上がると、にっこりと笑って手を差し出してきた。
女の台詞の中に、何か違和感があったけれども……。どこか釈然としない思いを抱えつつも、三千花は相手の手を握り返した。
「で、いまさらなんですけど、水華さん。わたし、いまいち状況が飲み込めてなくって……」
面接官の女に貰った名刺に目を走らせながら三千花は問い掛ける。
女の名前は水華甜瓜。「スイカでもメロンでもない」と自己紹介していたのはこのことか、と納得した。が、普通は甜瓜と書いてメロンと読むことぐらい、大学では近代日本文学を専攻した三千花には常識以前の話だ。
「デディアからは、どう聞いています?」
デディアというのは、最初に三千花が会った少女のことだろう。光の加減か髪が緑っぽい金髪に見えたし、仕事をするには非常識なコスプレっぽい服装だったのだが、どうも外国人だったらしい。道理で説明が要領を得なかったはずである。
「採用面接に来て倒れるなんて、ほんと、お恥ずかしい限りです。ゆっくり休ませていただいた上に、面接も受けさせていただけて……本当に感謝しています」
NPOやボランティア団体というのは、構成員が入れ替わると組織の性格もがらりと変わることがよくある。三千花がいた野良猫保護団体も、一流企業の部長だったとかいう退職男性が入った途端、経費削減とうるさくなり、「ボランティアに有給の専従事務職なんて不要だ」と、三千花は失職の危機に陥った。仕方なく新たな仕事を求めて転職活動に勤しみ、今日の面接に漕ぎ着けたわけである。
ところが、三千花自身ははっきりとは覚えていないのだが、が面接が始まる前に昏倒してしまったらしい。これは駄目かと諦めかけたのだが、最初に対応してくれたデディアという少女が、熱心に面接を受けて行くように勧めてくれたのだ。「せっかく召喚したのだから」と失礼な物言いにはイラッと来たが、外国人だとすれば少々日本語が怪しくても仕方ない。
「獣医師か獣看護師って指定してたんですよ。でもちょっとした手違いで――」
デディアが手配したという求人は、動物に関係する職業の経験者という曖昧な条件になっていた。デディアは粗忽者なのだと水華甜瓜は苦笑している。
急ぎの仕事は保護した野良猫の慣らしだそうで、それなら資格は関係ないし、三千花も何度か経験がある。
「気に入らなければすぐに元に戻れるようにしますので」
にこやかに微笑みながら甜瓜嬢は、そんなことを口にする。三千花の所属団体に伝手があるとは信じられないが、せっかくの気遣いなのだからと、三千花は曖昧に笑って礼を言った。
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世話をする猫は自分の家に連れて帰るつもりでいたのだが、そうしないでくれと甜瓜から頼まれた。代わりに住む場所、といっても甜瓜の経営する会社すなわち三千花が採用された会社の寮に一時的に住まわせてくれるという。
正確には、世話をする対象の保護猫が、すでに寮の部屋に連れて来られていて動かせないそうだ。つまり三千花のほうがついでだったということだ。
ちなみに会社の名前は猫々専科。猫獣人の斡旋紹介業だという。デディアといい勝負の意味不明な説明しかなかったが、三千花なりに話を噛み砕いて推察した結果、猫耳コスプレをしたり猫の着ぐるみを着たタレントの派遣業のようなものだろうと理解した。
猫の世話をするというのも、会社を挙げて猫好きを謳っているので、一種のイメジアップ戦略に違いない。
寮は面接をした事務所の隣の建物だった。別棟ではあるけれど、中で連絡通路がつながっていて、建物の外には出ないで部屋まで直通で行けるようになっている。
人手不足なのか知らないが、社長の甜瓜自身が寮まで案内してくれた。しかも三千花の部屋の隣が、甜瓜の部屋らしい。上司の隣部屋というのは気が重いが、何かあったときにすぐに相談できると前向きに考えることにした。
「慣れるまではねっこかふぇ――って、うちの系列のお店ね。猫カフェとネットカフェを足してねっこかふぇ。そこから食事は毎食デリバリーさせます。もちろんビビ――面倒みてもらう子の分も一緒ですから」
「お手数おかけします。あ、後で着替えとか洗面用具とか買いに行きたいんですけど、コンビニって近くにありますか?」
「……ああ、洗面用具なら貸しますよ。猫々専科は半獣人型になるときのために、下着も含めて着替えは新しいのをたくさん用意していますから」
「あ……ありがとうございます」
あまりの手回しの良さに絶句する三千花。だが保護猫が落ち着くまでは、頻繁に出入りしたり部屋を空けることは避けたい。ここは助かると思って、厚意に甘えることにした。
「猫ちゃんの名前は? ビビってビビアンちゃんですか? どんな猫ちゃんなんですか?」
「ビビアンじゃなくってビビリのビビ、ですね。毛色は……知らないわ」
「知らない……って?」
部屋は二人用、それも寝室二つ、バスルームも二つの豪勢な造りだ。ビビが先に占領してしまったので、手前側の部屋が三千花と、既に決まっている。
「保護団体の人が連れて来て、そのまま奥のベッドルームに隠れちゃって出てこないんですよ。誰も入れせないし」
「わあ、それじゃあ部屋ん中、めちゃくちゃに汚れてそうですねえ。おトイレの始末もできていないわね、きっと」
「それは大丈夫じゃないかしら。水洗式のトイレだし」
幸いなことに、保護されたばかりの野良猫とはいうものの、トイレの躾は既にできているらしい。人間に飼われてたことがあるのだろうか。それで部屋に立てこもるということは、虐待されていた可能性も考えられる。これは長期戦になるかもしれない、と三千花は覚悟を決めた。
「猫ちゃんを保護した方からお話を伺いたいんですけど?」
「うーん、やめておいたほうがいいんじゃないかしら。可哀想な猫獣人を保護してやっているっていう意識が強くて、ちょっと感じが悪い人なんですよ。正直言うと、猫々専科のことを不謹慎だとかブラック企業だとか煩く口出ししてくるんで、だったらあんたの手伝いはいらない、うちで全部面倒を見るって啖呵切っちゃって――」
甜瓜はビジネススーツに似合わぬ仕草で、頭に軽く手をやり「てへっ」と舌を出した。苦言を呈したくなる気持ちも理解できたが、猫の扱いならともかく、タレント派遣業界のことなど知りもしないであれこれ言うのはお門違いだろう。
それに保護ボランティアの中には、慥かにピントのずれた正義感を振り回す人が少なからずいる。保護猫を引き取りたいという人にしつこく年収や家のローンのことを質問したり、「猫を飼う」ではなく「猫ちゃんのお世話をする」と言い改めるように強要したりと、面倒くさいを通り越して変な人のせいで真っ当な活動をしている人たちが迷惑を被っているのも事実だ。
下手に関わりを持って、後々、絡まれるのは三千花としても気が進まなかった。
「一応、簡単には申し送りを受けていますから。えっとですねぇ……大人にはまだ成りきっていないくらいの年齢。それから食事はほとんど手を付けていないけど、人間と同じ物を好む。部屋から出るのを拒否しているし、他人が立ち入るのも駄目。無理に引きずり出さないように――って、これくらいかしら」
それだけ聞けば三千花には十分だった。
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就職面接に訪れただけの三千花の荷物は少ない。それでも窓を開け放して空気を入れ替え、借り受けた着替えや洗面道具を片付けたりベッドメイキングをしたり、やることはたくさんある。
その間、三千花の動きを気にしているのか、隣の部屋からはガタッとかゴソッといった音が時折聞こえてきた。
部屋に入った最初に、敢えて忠告は無視して、三千花は隣の部屋を覗いてみた。もちろん、ドアを乱暴に開けるようなことはせず、そっと隙間から中の様子を窺っただけだが。
案の定、結果は金色に光る二つの目と「フシャッ!!」という威嚇音だった。
雨戸が閉まっているらしく、中は真っ暗で、当然、姿も見えなかった。多少はドアから光が差し込んだが、それでも黒い影が迸る様子しか見えなかったので、毛色はどちらかというと濃い色だと思われる。
寝室が二つなだけでなく、バス・トイレもそれぞれの寝室に併設されていることに、三千花は大いに驚いた。海外ではそれほど珍しくない造りらしいが、日本人の感覚からすれば随分と贅沢に感じられる。デディアとかいう少女も外国人のようだったし、社長は日本人でも、案外、従業員は日本人以外が多いのかもしれない。
リビングとキッチンは共用、ひとつしかない。ビビが奥の部屋に閉じこもっているのだから、実質、三千花の独占状態だ。猫と競っても仕方ないのだが、事実、そうであるのは間違いない。
流しには、先ほど、猫部屋を覗いたときに回収した餌の皿が置いてある。人間の食べ物を好むからと与えていたらしく、ハムサンドがふた切れ、手付かずのままで残されていた。
正直、キャットフードを与えるべきだとは思うのだが……。キャットフードは絶対拒否、人間の食べ物だったら辛うじて食べることもあるという状況だとしたら、下手に変えるわけにもいかない。
ハムサンドにはマヨネーズは使われているが、マスタードは塗られていなかった。塩分と油分が猫には多すぎるが、玉ねぎなどの禁忌食品が使われていないのなら、今日、明日くらいは申し送りに従って様子をみたほうがいいかもしれない。
夕方に届けられた食事は、人間も猫も同じメニューの炒飯だった。具は卵と鰹節、猫まんま炒飯といった趣だ。目を皿のようにしてチェックしたが、玉ねぎやネギの類いは一切入っていなかったので三千花はひとまず安心した。
「ビビちゃん、晩ごはんよ」
大きな音を立てないように全身に神経を行き渡らせながら、そっとドアを開けて水と一緒にに餌を中に入れた。開けるときに少しだけ躊躇って時間をかけていると、部屋の奥に逃げ込む気配が感じられた。もちろん「シャッ!」という威嚇音付きで。
「それじゃ、ビビちゃん。わたしは今晩はあっちの部屋にずっといるから、怖がらずにゆっくり食べてね。じゃ、お休みね」
それだけ言うと、自分の部屋へと三千花は引き上げた。明日の朝には炒飯が少しでも減っていたら嬉しいな、と願いながら眠りについた。




