↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫々専科 ~素敵な猫獣人、紹介します~  作者: 三日月氷魚
吾輩は猫獣人なんだニャン
PR
11/19

猫違いなんだニャン

 屋根裏から抜け出したトミサブローは、道に立って村の正面と裏手の入り口の双方を見渡した。

 食肉販売で知られた村だけあって、正面の入り口すなわち王都側に開いた門は、さすがに人通りが多い。

 須坂と猫獣人のアビやピピンの匂いは、いずれの方向からも満遍なく嗅ぎ取れる。表門のほうから須坂の匂いがやや濃く感じられるのは、先程まで門番をしていたからだろう。

 捜し求めるピピンの匂いは明らかに裏手のほうが強いので、トミサブローは裏門から村を出た。


 表門の道は王都へと通じていて、荷馬車がすれ違えるほどの幅がある。それに対して裏の道は荷馬車が通るには少しばかり狭く、あまり整備もされていない。猫型に戻って四足で駆け抜けたほうが余程楽そうに見える。


 裏門を出てすぐの辺りに新旧取り混ぜて牛獣人や羊獣人の匂いがするのは、おそらくは村の住人たちのものだ。人間や馬獣人らしき匂いは、地方とのやり取りをする行商人がいるのだろう。道から外れたものもないし、比較的新しい匂いも必ず古いものの中に同じ匂いがあるので、定期的に訪れている――言い換えればある程度信用のおける者たちだろう。盗賊が偵察に来ている可能性は低そうということだ。

 須坂は狼だの熊だのといった肉食系獣人の可能性も口にしていたが、少なくともそういった連中の野性味の濃い匂いはしないようだ。況してや虎獣人の匂いなど、どこにも感じられない。


 門からしばらく進むと道が二手に分かれているところに出た。

 トミサブローはじっくりと匂いを嗅ぎ比べる。ピピンらしき猫獣人の匂いが、より強く感じられるのは右側だ。鹿獣人の子どもは抱えて歩いていたのだろうか、ここまでの道でも、はっきりと判別できるほどには匂わなかった。


「影も形も匂わない(・・・・)んだニャン……」


 盗賊が村を狙っているという情報は疑わしいとトミサブローは考えている。熊獣人だか狼獣人だかというのは須坂がうろ覚えで語ったことだからあてにはならないが、そういった危険な野良獣人が近くに潜んでいる気配はない。虎獣人がどうのというピピンの発言もまた取ってつけたような話で信用ならない。

 何より妙なのは村の防衛に雇われた冒険者がアビたち猫獣人三人と須坂しかいないことだ。猫獣人は敏捷性や柔軟性には優れるが、身体はさほど大柄ではなく、肉食獣人の中では決して腕力に秀でているわけではない。虎獣人のような単体で圧倒的な力を持つ敵を相手に、非力な猫獣人と素人同然の人間だけではいかにも心許ないのだ。牛獣人の村がケチでまともな依頼料を払わなかった可能性も否定できないが、それならそれで大型の犬獣人でもひとりかふたり雇ったほうが余程安上がりで確実だ。


 ただでさえ戦力不足なのは明らかなのに、多少なりとも腕の立つマーブを村の外に出しているところも可怪しい。足手まといの子どもを避難させるのは大切かもしれないが、いちばんの戦力を村から離すのはあまりにも不自然だ。どう見ても実戦向きではないアビか、それこそ経験不足で戦力としては未だ頼りない須坂に任せるべき仕事ではないだろうか。


 尤も、盗賊の形跡を見つけたところで、トミサブローに具体的にどうこうしようという計画があるわけではない。元々の目的は須坂の様子をこっそり見守ることで、万が一、大きな危険が迫ったときには陰から助けようと考えていただけだ。

 その意味では、須坂を村に置いたままピピンの匂いを辿り、マーブの行方を追うという現在のトミサブローの行動は間違っている。自分が助けた鹿獣人の子どものことも気になるが、ピピンが事実を告げていたという保証はないのだ。彼らが何かを企んでいるとすれば、須坂から目を離すのは危険極まりない。

 それでも、アビたちの不審な行動の謎を解く鍵を握るのはマーブだと、トミサブローの素浪人としての経験と勘が告げていた。


「でも、とっくに引退してるんだニャン」


 そう自嘲しながらも、トミサブローにはマーブの捜索を諦めるということは考えられなかった。


               ☆★☆★☆★


 地面と空気の匂いを嗅ぎながらひたすら歩き続けたトミサブローは、いつの間にか街道から外れた狭い道へと出た。荷馬車はおろか、人がすれ違うのも難しそうな狭い道である。こういった道を獣道と呼ぶのだと名付け親は教えてくれたが、彼らの世界では獣は道具を使わないそうなので、どうやって道を作るのか甚だ疑問だ。


 気温はそれほどでもないが、着慣れぬ服のせいで、身体はすっかり熱くなっている。服の中に隠した尻尾を汗が伝って気持ち悪いが、狭い道とはいえ人と出会う可能性があるだけに、迂闊に脱ぎ捨てるわけにもいかない。

 己の汗の臭いに気を取られて、ピピンの痕跡を見落としてはいけない。気をしっかり持てと己を叱咤激励しながら、懸命に歩き続ける。


 木々を震わせ、風が吹き抜ける。その風のそよぎの中に、トミサブローは何者かが移動する気配――音と匂いを感じ取った。


「どこかで嗅いだ匂いなんだニャン」


 僅かに風に混じる匂いはマーブのものだった。そして、もうひとつ。微かに血の匂いが混じった草食獣人――鹿獣人の子どもの匂いだ。


「慥かリグ……だったんだニャン」


 先日、くくり罠から助けたときの怪我は死ぬような重傷ではないものの、すぐにほいほいと歩き回れるような怪我ではなかったはずだが、大丈夫だろうか? 子どもだから治りが早いのかもしれないが、それでも心配になる。

 聞こえてくる足音はふたつ。子鹿獣人がマーブと行動を共にしているのは間違いなさそうだ。

 村の裏門から出て、さらに街道から外れた道を歩いている。やはり王都へ連れて行くつもりはなかったようだ。


 自分がマーブたちから風下にいることを確かめながら近づくと、木立の切れ目の辺りに赤茶色の猫耳頭とその半分くらいの高さの焦げ茶色の頭とが見えた。

 木立の途切れた先からは川のせせらぎが聞こえる。その音の方向へ向かって、二足歩行の影が二つ進んで行く。


「無理をさせちゃいけないんだニャン」


 小さいほうの影がよろよろとふらつくのを目にしたトミサブローは思わず足を早めた。声をかけるにはまだ距離がある。本当に声をかけていいものかも迷うところだ。迷いながらもトミサブローは近づいていく。


 途中、須坂とともに鹿獣人の子どもを助けた場所の近くを通りかかった。トミサブローが村で頼んだので折れかけた枝や切り捨てた罠は片付けられていたが、今度はくくり罠の代わりに地面には網罠が隠されているようだ。くくり罠よりはいくらか安全かもしれないが、罠を仕掛けたところで、村長の言っていたような盗賊に対する牽制になるとは思えない。またもやリグのような子どもが怪我をするというオチになりそうで心配だ。


 トミサブローが疑問に思いながら通り過ぎる間に、猫獣人と鹿獣人の影は川べりにたどり着いていた。さほど深くも幅広くもない川だが、歩いて渡るのは子どもの鹿獣人にはきついだろう。況してや足の怪我がまだ十分に治っていないというのに、ここを歩いて渡らせるのはあまりにも酷だ。

 どうなることかと心配するトミサブローだったが、川べりに立った赤猫獣人が右側にいる鹿獣人の子どもののほうを見た。顔の半分を覆う大きな黒い眼帯は、以前と変わっていない。

 赤猫獣人は、何ごとか鹿獣人の子の耳元に囁くと、ひょいと肩に担ぎあげた。子どもは二、三度、足をばたつかせたが、すぐに大人しくなった。

 猫獣人は概して水が苦手なものだが、マーブは躊躇いも見せずに川の中に足を踏み入れた。


「勘弁してほしいんだニャン……」


 水嫌いに加えて、身を隠すものがない場所を歩かねばならないことを思い、トミサブローは頭を抱えた。

 そのとき、突然、トミサブローの背中に凄まじいまでの殺気が叩きつけられた。


 ――ザンッ!!


 何か大きくて重たいものが、ものすごい速度で迫ってくるのを感じたトミサブローは、慌てて地面を転がって逃げる。

 視界の端を鈍色の巨大な爪が通り過ぎ、同時にトミサブローの首筋の脇の地面が抉れて飛び散った。


「何をするんだニャン!!」


 くるくると転がり、起き上がったところでトミサブローの目に映ったのは、淡い黄色味を帯びた白に黒い縞模様の巨体の獣人だった。

 太い腕に厚い胸板。いかにも猛々しいが、その動きは猫のように靭やかだ。長い尾をくねらせ、低く唸りながら、こちらを睨めつけている。獣型の口元を歪めて剥き出した二本の牙は、顎よりも長く突き出している。


「牙虎獣人なんだニャン?!」


 ピピンが虎獣人がどうのと嘯いていたが、牙虎獣人は虎獣人もさらに格上の猛獣でも虎の仲間であることに変わりはない。これは偶然の一致か、それともピピンの言葉は真実だったのか。

 トミサブローが戸惑っている間にも、牙虎獣人の攻撃の手が休まることはない。


「や、止めるんだニャン!」

「ニャン、ニャンって、貴様、やはり猫獣人か!?」


 激しい動きにトミサブローの帽子が脱げ落ち、猫耳が露わになる。着慣れぬ人の服のせいで動きが阻害され、牙虎獣人の鋭い爪が袖、裾を切り裂く。

 村を出た段階で猫型に戻っていればよかった――。後悔が頭の中をぐるぐると回る。だがいまさら遅い。服を着たまま猫型には戻れないし、牙虎獣人の猛攻を避けるのに精一杯で変化する暇もない。


 牙虎獣人は巨体ながらもその速度に於いて猫獣人であるトミサブローに匹敵し、膂力に於いては遥かに上回る。トミサブローは牙虎獣人の攻撃を躱すことに全力を注がなければならない。


「子どもを返せ!!」

「子どもなんて知らないニャン!」


 逃げ回って、転げまわって、走り回って、足を動かし続けて、漸く、トミサブローは牙虎獣人と対峙した。散々に動き回ったせいで息が上がっているが、お蔭で牙虎獣人の脚力でも一足飛びに縮められないくらいには距離を取ることに成功した。


「貴様ら猫獣人が仕掛けた罠に掛かった鹿獣人のリグのことだ! 知らないとは言わせんぞ!」

「知ってるんだけど、ち、違うんだニャン!」


 牙虎獣人が鹿獣人の子どもの名を知っていることに、トミサブローは首を傾げた。が、攻撃姿勢を示す牙虎獣人に反応して身構える。

 トミサブローの知る限り、くくり罠を森に仕掛けたのは牛獣人だ。

 盗賊が鹿獣人の子を餌として寄越せと脅していると言っていたのはアビたちだ。ピピンは鹿獣人のことを「虎野郎の連れ」とも表現していた。

 目の前の牙虎獣人は鹿獣人を返せと言いつつ、捕らえたのは猫獣人だと主張している。

 一見、筋が通っているようで、微妙に齟齬のある言い分の数々にトミサブローは混乱した。


「くくり罠を仕掛けた痕跡が、そこの木にあった。リグの匂いと猫獣人の匂いがたっぷりとついてな!」


 牙虎獣人が獰猛そうに顔を歪めて唸った。唇が捲くれ上がり、ただでさえ長い牙がいっそう長く見える。


「リグをどこに隠したか吐け!」

「吾輩は助けたんだニャン」

「つべこべ言うな! 問答無用!!」

「……それは理不尽なんだニャン!」


 居場所を訊きながら問答無用では答えようがないと、トミサブローは慌てふためく。それを核心を突かれて取り乱したとでも解釈したのか、牙虎獣人はなおいっそう容赦のない攻撃をしかけてきた。

 トミサブローは再び、転げ回りながら牙虎獣人の爪を懸命に躱す。地面が抉られ、土塊が飛び散る。足に負った古傷が痛む。トミサブローの足は、凄まじいまでの酷使に耐え切れなくなっていた。


「やられた……んだニャン!!」


 紙一重で躱したはずが、まるで爪が伸びたかのように迫る。次の瞬間、服の後ろが大きく裂け、背中がカッと熱くなった。

 防衛本能のなせる業か、トミサブローの人型の身体がしゅるんと猫型へと変化した。


「むっ!? その雉柄の模様、エラの張った顔……貴様、素浪人のトミサブローではないか!! いったい、何故、こんなことを?!」


 破けた服の襟をむんずと掴まれ、倒れ伏したトミサブローは牙虎獣人に強引に引き起こされた。


「それはこっちの台詞なんだニャン……」


 首筋を掴んでぶら下げるのは、母猫獣人が子猫獣人を運ぶときのやり方だ。こうされては身体に力を入れて抵抗するのは難しい。猫獣人であるトミサブローには逃げることは不可能だった。

 情けないぼやき(・・・)ばかりが口を衝く。


「吾輩は家政夫のトミーなんだニャン」


 せめてもの抵抗とばかりに、トミサブローは牙虎獣人を恨めしげに睨みながら言い訳をした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。