ミルドレッドという人 -ゲイル目線-
まさか書くのに、一か月もかかってしまうとは思いませんでした。
しかも若干、あっちゃこっちゃに時間軸が飛んでいて読みにくいかも……
手直ししないといけない匂いがプンプンしとりますが、まず載せちゃいます。
応援メッセージ、ありがとうございます。
皆様の声で、『書くぞ!完成させるぞ!!』という思いが沸いてきます。
…頑張ります。
この国の建国時に存在した貴族は、全部で六家だった。
基礎となる公爵四家、そしてフォード侯爵家とコンタージュ侯爵家だった。
公爵家は、王族と共に主に民を守り、司る為に存在した。
そして、フォード家は陸続きになる他国との戦を指揮する家となり、コンタージュ家は海から襲い来る戦いに備える家となった。
そして、建国以来フォードとコンタージュは似て異なる歴史を持つことになる。
フォードは、陸地での戦いの為、国の中とのつながりと武力を自由に行使するための自由を強く求めた。よって、国の中の影響力がある貴族から配偶者を求めることが多くなっていった。
一方、コンタージュは異なる。
コンタージュは海からの脅威を排除することになる。そのため、先代は考える。国の中だけのつながりだけでは、いつか戦力が底をつく。海には海の縄張や掟がある。その力を上手く利用する手はないものか。すなわち、配偶者と言うなの繋がりを海に求めた。
コンタージュが国の貴族であったことも味方し、血縁者は海を渡り他国の姫となったり、ある者は他国の貴族の養子となった。また、他国の海に面した領地をもつ貴族が配偶者となったのだ。
脈々と、コンタージュの血は海に広がっていった。
しかし、血を広げれば広げる程、共通の敵が存在する。それは“海賊”。
彼らはどこの国にも属さない。自分たちが生きる為、自分たちの欲望を叶えるため、思うまま海を渡っていっていた。
そしてそれはコンタージュの血をもつ者達の命も脅かされることになる。
コンタージュの領主はまた考える。そう次は“海賊”をも味方にすることを。
そして近年になり、迎えることになった。
海賊の姫・女海賊長の妹をコンタージュ領主の“花嫁”に。
現領主の妻、ラフィニアとゲイルの母である。
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「で、コンタージュの若頭がなんの用だい?戦争前に、パーッとイイ思いでもしたいのかい?」
伯母は、俺の顔を見て口元を片手で隠し、クスクス笑う。
俺は伯母の面白くない冗談を聞きながら、部屋の中を見渡した。
そして、自分のいっぱいいっぱいの感情を相手に悟られないように余裕な態度を崩さぬよう、口を開く。
「…海の匂いがしませんね。最近は海へ帰っていないのですか?船長。」
俺の言葉に、伯母は表情をゆっくり変え無表情になる。
「そうだね。最近どこの海もこうるさいもんだ。陸の人間が海に手を出すとろくなもんじゃない。……何しに来たんだ?まさか世間話にきたんじゃなかろうよ。」
挑発した言葉は伯母を悪い意味で刺激したらしい。貫録があり妖艶、なのに老婆にも見える伯母の瞳が、敵を見るように眇める。
俺は眼鏡をクイと上げて目を細めた。
「…契約に基づいて、貴女たちの武力をコンタージュ領に献上してほしい。」
「………。」
伯母は、ゆっくり俺に背を向けた。
バックリと空いた背中が見えるドレス。しかし、俺の眼はドレスよりも背中へいく。
彼女の背に彫られた刺青へ。
赤から紫、黒へと色のグラデーションが美しい蝶。
女海賊長、ミルドレッド=シソーラス。
海を知る人物は彼女をこういう。羽を捥がれた“荒ぶる蝶”と。
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少し昔の話。俺が祖父に聞いた話だ。
コンタージュ領主(祖父)は、他の海賊に捕えられていたミルドレッドの妹、のちに俺達の母になる女性を保護した。
祖父は、保護した女性の面倒を父に見させ、その間に2人は恋に落ちた。
彼女の引き渡しの時、女船長ミルドレッドに祖父はパーレイを要求した。
それは父と女性(母)、彼らの結婚を許してほしいという要求だった。
ミルドレッドは、母を詰った。
国の貴族へ嫁ぐなど、不幸以外の何者でもないと。
母の命は海にあるのだと。
しかし、母は受け入れなかった。父の傍こそが自分の場所だと訴えた。
そして、父も母を必ず幸せにすると譲らなかった。
そこで祖父は言ったのだ。
“不幸になるというのなら、お前が妹の近くにいて監視すればいい。少しでも自身の妹が不幸だと感じたら、コンタージュを滅ぼし、海に消えればいい。”と。
だが、慎重なミルドレッドは頷かなかった。
彼女は海で生きていたかったから。妹と仲間と共に。
だから、祖父は渋るミルドレッドに囁いた。
“ならば、お前が妹を幸せにしてみせろ。コンタージュ領でお前たちの居場所を作ってやる。彼女を守るために必要な武力も削がないと約束しよう。しかし、
もしもの時は、その力をコンタージュ(妹)に行使しろ。”
祖父はこれこそが狙いだった。
この時、確実に海に影響力があった“女海賊”を手中に収める。
母は囮で、父はその囮を捕まえる餌。本命は、ミルドレッドだった。
母は、泣いた。その事実を知った時に。
しかし知っても尚、自分の父への強い思いを抑える事が出来ず、結局、姉をコンタージュに縛りつける事に同意した形なった。
伯母は、母を捨てる事は出来ず、コンタージュに繋がれた海賊となった。
陸に下りた海賊(彼女たち)は、自らのプライドと屈辱が混ざり合う仕事をしながら、ただ生きるしかなく、仲間をそんな場所へ落としてでも、伯母は、妹から離れようとはしなかった。
母を強く愛しているのは、父ではなく、実は姉ミルドレッドかもしれない。
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「妹は元気かい?」
俺を背にして、まるで今日の天気を聞くように、聞いてきた。
「元気ですよ。身体は。でも、この領はかつてない程危機に直面していて、母の心労は計り知れません。」
自嘲気味に肩を竦ませて答えた。俺の仕草なんて見えないだろうけど、伯母は小さく笑った。
そして、机の端にある煙管を手に取る。
「あんたは元気そうだね。」
「そんな。不甲斐ない自分を責め、母を思うと、身も細る思いですよ。」
白々しい言い方だった。
お互い、一番言いたいことを隠しながら上辺だけの会話。
伯母と母は、コンタージュ領に足を着けてから、一度も会っていない。
母は、伯母に後ろめたく思っており、伯母は、自身が妹の傍にいてはいけないと思っているから。
伯母は煙管に葉を詰め、その吸い口に赤い唇を寄せて種火を付けた。紫色の煙が、細く昇っていく。
彼女は一口長く空気を吸うように煙を吸い吐く。白い煙が彼女の赤い唇から揚がった。
その後、ゆっくりと座っていた机から降りると、煙管を咥えたまま、部屋にある飾り棚からウイスキーのボトルと2個のグラスを持って注いだ。
飴色の液体がグラスを滑る様を流し見る。
彼女は片方のグラスを俺に寄越し、もう片方を自分が持った。
煙管の煙をもう一度深く吸って吐くと、カンッと葉を灰皿へ落とした。
「一度だって、あたしの力を借りにきたことがなかったコンタージュが、助けを求めに来たってことかい。」
俺に静かに問いながら、伯母はウイスキーを口に含んだ。
俺もガラスを持ち、中の液体をクルリと回した。
「最大の窮地に陥るこの国とコンタージュ領の“すべて”を守るためなら、貴女にも頭を下げる。」
「下げてないじゃないか。頭。」
「…今からでも下げましょうか?」
どこまでも本気と冗談が入り混じる言葉尻を作る。
本当はそんなことしなくても、こちらに後がないことを悟られているんだろうが。
「……お前の言う“すべて”の中に、私の妹がいるのだろう?………力を貸すさ。……ただ、聞きたい。」
「……何をですか?」
「妹は、幸せかい?」
「……俺には答えられません。本人に聞いてください。命のやり取りをする戦が始まる前に。」
「………可愛くない甥っ子だ。」
口元に笑みを浮かべて、伯母はグラスに残るウイスキーを飲み干した。
俺も、グラスを煽り液体を飲み干す。
「貴女の戦艦を、潮の流れが速いあの海域付近に進めてください。貴女ならギリギリの場所を責められるでしょ。その際、秘密兵器を乗せて欲しいんです。」
「なんだい?」
「こんな事になる前に仕掛ける気だったんですがね。…蜘蛛の巣状に作っておいた、大型に設計し作った鎖網があります。それをあの海域に張りたいんです。」
「………海に蜘蛛の巣を張るのか。」
借りにも“蝶”を背負う女性に、蜘蛛の巣を張るよう指示を出すのは、俺が彼女を捕えた蜘蛛(祖父)の血縁者だからだろうか。
皮肉なものを感じながらも、俺は頷く。
「普段、激しい潮の道で守れられた岸壁ですが、この戦いの間に潮が止まる。…本当なら、潮の勢いを殺してしまわないか、張ること自体もう少し吟味したかったのですが、仕方がありません。」
「…いいのかい?そーんな大事な事をあたしらに頼んで。そんな事ほっぽって、さっさと海に消えるかもしれないよ?」
「逃げるはずがないでしょ、貴女は。…守りたいものが貴女にはあるのだから。…その鎖網を敷く最中、横から敵船が迫ってくるはず。出来るだけこちらも陸から援護しますが、危険な作戦です。………お願いします。海を知り、海を生業にした者しか、この作戦は出来ない。」
俺は、飲み干したクラスを机に置くため、彼女に近づいた。
「……もし、裏切ったらどうなるんだい?」
「……少なくとも、この領民が命を落とす。貴女の大事な人間も。…力を貸してください。」
コツッとグラスを彼女の脇に置くと、伯母は俺の後ろに回り込み、首にナイフを突きつけ耳元で囁いた。
「 。」
俺は首のナイフではなく、囁かれた言葉に驚き、息を飲む。
伯母の顔は見えない。一瞬にして張りつめた空気に、知らず両手を握りしめた。
するとすぐに、しなやかな猫のように、するりと白く細い腕が解かれた。
そして、カッカッカッと大股で部屋を歩き、扉を乱暴に開けた。
「出航だぁ!!!!!!!みんな、持ち場に付きな!!!!!!」
洞窟中に、ミルドレッドの低く威厳がある声が響く。
すると、洞窟中の女、男が怒声を返した。
「「「「「「「「「「「「サァーーーーーーーー」」」」」」」」」」」」」
この洞窟で暮らすもの“全員”が、“女海賊・ミルドレッド”の支配下にある“海賊”なのだ。
返事と共に、ドドドドドドドと地響きのような音が洞窟内に響く。
人の足音、男客の悲鳴も聞こえてきた。
ミルドレッドは、扉の横に待機していた、シルバーブルーの女性にファーと金具があしらわれたクロックコートと羽が美しい帽子、金のサーベルに小型ナイフが数本収まっている皮のベルト。拳銃2丁を身につけさせる。
「…………っ。」
俺は、優美で勇敢、獰猛で繊細な伯母の背中に、何も声を掛けることが出来ず、頭を下げる。
膝を着き、敬意を示した。
『 役目を終える。海へ還る。 』
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この洞窟の奥に、コンタージュが把握していない船が何隻も存在する。
何者にも勝つために作られた軍艦とは違う、スピードと攻撃力に特化した海賊船。
多くの海を乗り越え、血塗られた船。
ミルドレッドが乗る船は、それは綺麗な黒い船だという。
来た道を俺一人引き返すと、俺をここに連れてきた従者が洞窟の脇で待っていた。
「御用は終えましたか。」
「あぁ。屋敷に戻る。」
「御意。」
そして、また来た道を馬を走らせた。
沈黙の帰り道。
石畳を馬のヒズメの音が響いている。
ポツポツと、頭や肩に雨粒で濡れた。土砂降りになる前に帰ろう。
そう思うのに、騎乗中、伯母を思いや、伯母が母に対する想いに意識がいってしまう。
でも、所詮、俺では“知った気になる”にしかない。
だが、これが俺と妹・ラフィニアだとどうだろう。
最近特に思い知った、自分の妹へ過度な理想・期待・庇護欲。
母や伯母から受け継いだ血は、血縁を自身の手の届くところにおいておきたい衝動が、他の人より強いようなのだ。
俺と母の、ラフィニアへの愛情は、他の貴族間の家族愛より強いと言えるんじゃないだろうか。
ラフィニアの婚約者選びもそうだったのかもしれない。
通常コンタージュは、後継者以外、とくに女系は国外に出すことが習わしで、しかしそれを拒んだのは母だった。
「ラフィニアの結婚相手は、この国の中で選びましょう。この子だけは、命を直接やりとりする場所から逃れさせたい。」
結局、母の強い希望は、父と祖父が希望した国外縁談を白紙にした。そしてその直後、祖父は、あのアホ息子の親と口約束を成立させ、このシーズン中に婚約破棄。
今は、国の四公爵の一角と再度婚約に至るわけだが。
ラフィニアにとっては、どの選択が幸せだったのだろう。
まだ幼い彼女の人生をどんどん曲げていたのは、俺達家族なのかもしれない。
そう思うと、自身に対する嫌悪が胸を渦巻き、それしか考えられなくなってくる。
俺は慌てて首を振り、騎乗に専念する。
過ぎたことを今考えてもどうにもならない。
今、俺は侯爵次期当主で、このコンタージュを守るために動いてる。
俺自身の感情はどうでもいい。
俺自身も“駒”になり、戦場を走るのだ。
ゲイルは、ラフィニアが動いていることを知りませんので、自身が動けるすべてで対応しようとしています。
※注釈1
ここで出てくる“鎖網”とは、碇を繋ぐ鎖を、網状につないだものです。
勿論、一隻でその鎖を積むことはありません。
彼女たちが持っている複数の船が運ぶことになります。
※注釈2
彼女たち海賊の乗組員たちは、皆娼婦になったのか。そこに拒否権はなかったのか?暴動は?
など、気になる方もいらっしゃるかな?
ミルドレッドが乗組員たちに選ばせています。共にくるか、以前と同じ生活をおくるかを。結果、以前の生活では、行きつく先は縛り首なので、皆、ミルドレッドに着いて来ました。
また、ゲイルに“海に出たのか?”と問われています。
これは自身の乗組員たちだけでは、娼館は維持できないため、他国の人間を買って働かせているからです。
まぁ、あまり穴を探そうとせず、本編をお楽しみください。
次回は、久しぶりにラフィニア(妹)が動きます。
(最近、彼女が大人しくし過ぎで、作者も心配。主役はどっち(笑))




