どこに居ても己の全てを尽くすのみ -ゲイル目線-
明けましておめでとうございます。
暦の上では、“立春”春ですね。
冬眠明けのクマのように、執筆を再開します。
………お待たせしました。
薄暗い執務室からバルコニーへ出ると、港が見える。
通常、あの港には大小様々な船が何隻も入港し、人の行き交いが活発だ。
しかし、今見えるのは自軍の船が待機し、戦いに備えて積み荷を運んでいる。
第2軍まで出航し、今港にいる船は3軍だ。
祖父と父はすでに軍艦に乗り出陣し、海の上で敵船を迎え撃つ為、他国軍と陣営を組んでいる。
俺と母は、この領地で戦いに備え、領民をまとめ、軍を指揮していた。
まあ、俺も領館は母に任せ、明日、ここを出てもう一方の港へ向かうことになっている。
……確実に劣勢に追い込まれるであろう港へ。
死を近くに感じる。
そう思うと、自然と自嘲気味に笑みがこぼれる。
「…はは、こんな時に…。」
頭にちらつくのは、王都にいる妹と、守るべき花の事だ。
俺は、常に、何時命が終わってもいいように、思い残すことなく生きることにしている。
今回の王都滞在もいつもと変わらないと思っていた。
だというのに、胸に引っかかる感情。
妹の事。
シルビアの事。
中途半端にしてきた感はあまりある。
だから
俺は、まだ死ねない。
眼鏡を指で押し上げ、顔を無理やり上げた。
満点の星空と月が見える。
黄色い月は細く、まるで夜空をハサミで切れ込みを入れたようだ。
耳に届くのは、遠い波の音。
瞬きして一度見れば、星がチラチラと瞬いている。これから争いの地になろうとしているようには、とても思えない静かな夜だ。
でも、後3日もすれば、ここからも敵船を確認する事になるのだろう。
胸に広がるイラつきをどうにか鎮める。
何という失態だろう。
自分の帰還と伝令が行き違い、祖父の指令を果たせず、明らかに不利になるこの状況を作りだしてしまった。
この今後起こるであろう局面を、自分の持ち駒だけで切り開かなくてはいけない。
頭を軽く振り、自身の両手を見る。
この手にこの身に、この領民の国の未来が掛かっている。
絶対に何とかしなくてはならない。
何とかしなくては。
領地に帰り、母から祖父が俺に増員要請の指示があったことを聞いた時、我ながら自分らしくもなく取り乱した。
だが、あの後冷静に頭を冷やし、思いついたのだ。
今から新しい駒を作るより、すでにある駒を使えばいい。いや、すでにあるとは語弊がある。
誰のものでもない駒を、こちらに引き入れればいい。
が、もちろんリスクがある。
しかし、そのリスクを鑑みてもやってみる価値はある。
俺は両手を握り閉め、部屋を早足で横切り、廊下へ出た。
蝋燭の炎が揺らめく廊下を、早い足取りで過ぎ、母の部屋の前で止まる。
ノックをすると、すぐに返事が返ってきた。
ゆっくりと扉を開き中に入ると、母が簡易なドレスにショールを羽織った姿で部屋の椅子に腰を下ろしていた。
「…ゲイル、何か用ですか?」
「はい、母上。」
母の琥珀色の瞳が、俺を見る。
厳粛な雰囲気を纏う母は、現当主の父の留守を守る者の姿だ。
「伯母上に会いたいのです。」
「………お前は何を言っているのか分かっているの?」
「……はい。考えつくした結果です。」
「意思は固いのね。」
「はい。」
「……分かりました。手配しましょう。」
「ありがとうございます。」
母はゆっくりと立ち上がり、胸に揺れる小さな金の笛を吹いた。
音は聞こえない。
しかし、その聞こえない音に呼ばれるように、黒い人影が天井から現れた。
その人間は母の足元に跪いている。
「…御用は。」
「姉さまの元にゲイルを連れていって。」
母の言葉にその従者は俺をちらりと見ると、口を開いた。
「…すぐにご案内してもよろしいのでしょうか?」
母は、ゆっくりと俺を見た。
引き返すなら今というような視線だ。
しかし、俺は母に頷き、その従者に視線を移した。
「時間が惜しい。すぐにでもお会いしたい。」
「……だそうよ。連れていって。」
母の命令に、従者はすくっと立ち上がり頷いた。
そして、低い声で小さく呟いた。
「自分の身は自分で守ってください。…外に馬を待たせます。」
そういうと、そいつは窓から外へ出た。
俺も急いで後を追おうと、部屋を出ようとしたら、母に呼び止められた。
「ゲイル。くれぐれも…戦う相手を間違えないように。」
「……はい。」
母の言葉を胸に、俺は今度こそ部屋を出た。
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門の前に2頭の馬が待っていた。
俺は外套を着こみ、その馬の元に近づくと、母の従者がいた。
さっきの奴だ。
「コンタージュの奥方の命により、貴方をご希望の方の元へ送り届ける。しかし、努々忘れないでください。今から行く場所は、とても安全な場所ではない事を。」
「あぁ。」
俺は従者が用意した馬に跨り、夜の道を走る。
まるで俺を巻こうとするように走る前を行く従者。しかし、俺は海軍総司令指揮官だ。
こんなことで巻かれることはない。
俺は、男の後を離されることなくついていき、港街の花街へ入った。
コンタージュ領は、他の領地より花街が栄えている。
何故なら、ここは“海を生業にする男たちが住まう地”だからだ。
何か月も男だけで海の上の生活した男たちは、この地で心身ともにメンテナンスをする。
身体の疲れや心の疲れ、男の性を、思う存分発散するのだ。
その場所は大きく発展し、港に隣接している貨物倉庫、飲食店、宿屋、等健全な店を抜けていくと、赤いランタンが両サイドに付いた、大きな洞窟があらわれる。
その洞窟を真っ直ぐ通ると、煌々と明かりに照らされた、大きな洞窟都市が広がるのだ。
地上2階建て地下2階の巨大洞窟都市は、すべて春を売る店で出来ている。
店の娘たちは、一階部分の格子が付いた明るい洞窟の中に居て、海の男たちを出迎える。
妖艶に微笑む女、可憐な笑みを浮かべる女。
様々な顔立ち、体つきが違う女たちが、今宵の主人を求めて自分を売り込んでいる。
俺は、その様子を眺め、ここに連れてきた男を見た。
「伯母上はどこにいるんだ。」
「…こちらです。」
男は、俺がこの光景に抵抗を示すとでも思っていたのか、若干意外そうな顔をしたが、すぐに切り替えし、前を歩いて行く。
すると、俺達が彼女たちの部屋の前を通ったことで、彼女たちの関心を引いてしまったらしい。
「いい男!!」
「お兄さん、私を買って~」
「いい思いさせてあげるわよ。」
明るい声を上げ、俺達を誘う女たち。
しかし、俺達はそんな言葉に足を止めることなく進んでいく。
すると、洞窟の脇に更に小道が現れた。
が、その脇に屈強な男が2人、扉を守るように立っている。
「何用か。」
「ここは立ち入り禁止だ。」
小道を守る男たちに、俺を案内している男が近づき、耳元で何か話している。
すると、その男は小さく頷く。
「その男だけ、通れ。」
俺を指差し、指をクイと曲げる。
「分かった。」
俺は、ここまで連れてきた男の顔を見て頷くと、警戒心を強めながら足を前へ進めた。
洞窟なので、足音は響くが、何故か静かだと思う。
ほどなくして、木の扉が見えた。
しかしその扉の脇に机と椅子が置いてあり、そこに金縁眼鏡を掛けシルバーブルーの眼を持つ女性が腰かけていた。
何か書類を書いていたのか、羽ペンを動かしていた手を止め、神経質そうな顔立ちで、俺を見る。
「何用でしょう。」
「使者を送らず、不躾に窺った事を詫びよう。俺は、ゲイル=コンタージュ。伯母上にお願いがあり参上した。何卒、お目通り願いたい。」
「……コンタージュ。それを示すものは?」
俺は、外套の捲り、自身の胸に光るダイヤモンドに百合モチーフの勲章とサファイアに剣モチーフの勲章を見せた。
彼女は、自身の眼鏡を押しあげ俺の勲章をマジマジと見つめると頷き、スカートの裾を持ち上げた。
「ゲイル=コンタージュ様。無礼をお許しください。」
「いい。それより、伯母上に会いたい。取次でくれ。」
「………少々お待ちを。」
そう言い残し、彼女は自身が書いていた何かの書類と、机に置いていた他の書類を束ね掛けた。
そして、木の扉をゆっくり開け中へ入っていく。
メラメラと洞窟を照らすランタンを見ながら、待っていると、ゆっくりと扉が開いた。
そして、中から、先ほど俺と話をした女性が出てきて、俺を招く。
「どうぞ、ミルドレッド様がお待ちです。」
俺は、彼女と入れ違いになるように、室内へ入った。
すると
シュパンッ
カツッ
小型のナイフが、木の扉に突き刺さる。
俺は間一髪で避け、そのナイフを放ったこの部屋の主の方へ視線を送る。
「久しぶりだね~。なんの用だい?甥っ子ちゃん♪」
真っ赤で艶やかな爪を優雅に自身の陶器のように白い頬に添え、同じく真っ赤な唇は挑発するように弧を描いている。
長くくねった真っ赤な髪の毛は、彼女の武器ともいえるしなやかな身体に無造作に流れていた。
そしてその彼女の眼は、俺や妹、母と同じ琥珀色。
血のつながりを感じる。
俺は、投げられたナイフを扉から抜き、彼女の前に進み出た。
「お久し振りです、お・ば・さん。」
俺は自身の前髪を掻きあげて口角を上げた。目を細め、笑みを浮かべる。
そう、まるで目の前にいる伯母と同じような不適な笑みになるように。
新しい登場人物です。
この伯母、ラフィニアとゲイルの母の姉です。
何故、娼館で女主人をしているのか。
そもそも、何故娼館の女主人が血縁者にいる母が、コンタージュ侯爵家に嫁げたのかなど。
謎は、次の話で明らかに!
来週更新できたらな…。げふ。




