第六話 アイギス
早朝に、宿の受付の女性がドアの向こうで呼んでいる。
コンコンコン
「お客様ー」
コンコンコン
「お客様にお客様です」
「あら、私ったらおかしいわ。お客様にお客様ですって!」
コンコンコン
「お客様。朝早くから申し訳ありません。起きてください」
「分かったから、ドアをもう叩かないでくれ」
思ったよりも二段階くらい低い声が出た。
俺は眠くて開けたくないと頑張る瞼を擦って開けると、ドアを開いた。そこには宿の女性の他に、ビシッと決まった執事然とした男と、白く煌びやかな鎧を着た騎士が二名立っていた。
「……どちら様?」
「早朝から押しかけ申し訳ございません。王城よりの使い筆頭侍従長ユリウス・クロムウェルでございます。昨日の歌に関してお聞きしたいことがございます。ご一緒願えますか?」
背筋の伸びた男は、夜明け前だというのに一切の隙がなかった。後ろに侍らせた二人の騎士も圧がある。
もう一度男を見やり、俺は首を横に振りつぶやいた。
「…………む……り」
使者たちは、まさか断られるとは思ってもみなかったようで、一瞬の間の後に、陛下の要請です。とか、名誉なことですよとか、言ってたが耳に残らなかった。
「クロムウェル様、ケットシーは朝が苦手なのでは?」
騎士が厳格そうな紳士に小声で話し掛ける。窓から外を見ると漸く空が白みだしたかという頃だ。見えるのは黒が藍色と合わさったような空だけだ。
ドアを閉めようとする俺を見て、騎士と紳士は急いで話が纏まったようだ。
「で、では、朝食を済ませられて、宿を払うまで待たせてもらって構いませんか?」
「ああ、お好きにどうぞ」
そう言ってドアをバタンと閉じ、ベッドへ潜り込み眠った。
昨日は色々ありすぎて、起きるのが遅くなってしまった。
「ビビはいないか。お腹が空いて先に下へ行ったか」
冷たい水で顔を拭い、身形を整え階下へ降りた。食堂の一角は、その場に似つかわしくない三人によって異様な雰囲気だ。
「あ、ミミ起きた! このおじさん、凄くいい人だよ。昨日のお歌、王様がもっと詳しく聞きたいんだって!」
朝から元気なビビが、口の周りに真っ白なクリームを付けて話す。「ビビ様クリームが付いております。」と、いい人のおじさんがハンカチでクリームを拭い俺を見た。
「ミミ様。ビビ様からは、昨日の凱旋門での『奇跡』について、興味深いお話を伺っておりました。……続きは、ぜひ馬車の中でお聞かせください」
ああ、そういえば朝方に王様がどうこう言ってたか……。
「スープとパンとソーセージ。リンゴジャムがあれば付けて」
そう店員に注文すると、「お任せください」といい人のおじさんが言った。ビビがそう呼ぶならいいおじさんだ。
「それで、俺たちに何の用なんだ?」
「ビビ様には先ほどお話しさせて頂きまして、昨日の歌のことなど詳しく知りたいのです。そして陛下にお話願いたい」
「二度手間は苦手なんだが……」
「たしかに! でもアイギスもいるって」
「なるほど、それなら二度手間もしょうがない、のか……」
王に会わずに、話だけで帰ればいいかとも思ったが、アイギスに会えるというなら仕方がないと思える。この国を、ひいては大陸南西部を守った神様には会っておきたい。
「お手間をお掛けしますが、よろしくお願いいたします」
「いえ、こちらもよろしくお願いいたします」
王城へ向かう前に、宿を引き払っておきたい旨を、パンをちぎりながら話すと、もう清算済みとのことだった。荷物だけ取りに戻ろうか。
旅支度はしっかりとした見た目が大事だ。
異様に荷物が少ないと怪しまれるので、見せるように荷物が必要だ。何が怪しまれるって? 旅人じゃないとか、持ってもいないマジックバッグだとかだ。
旅人じゃないと思われるのは存外に危険だ。旅人じゃないケットシーが荒地を歩いてると、悪い奴なら軽くちょっかいを出し、反撃がなさそうなら攫って奴隷行きだ。
さて、ビビが紳士たちに、パンや菓子を強請っている間に朝食を済ませた。宿代も浮いたし食費も……。今日も朝からツイてるな。
一度部屋に戻って馬車に揺られ、王城へとやってきた。関所は紳士の顔パスだし、諦めてたヴルスガルド王国をその目にできて嬉しく思う。
安全のためか、王城は半島の中央にあり、思った以上に移動に時間が掛かった。畑の様子や城下の人々も目新しく楽しいものだ。景色に飽きたビビは、早々に寝ている。
「ビビ着いたぞ」
馬車が止まり、気持ちよさそうに寝ているビビを起こすと、ドアが開き騎士たちに迎えられた。
「私はここまででございます」クロムウェルも列に並び、ここからは私が案内させていただきますと、また違う紳士が現れた。
「お待ちしておりました。宰相アーヴェント・ローデンと申します。昨日の御業に心より敬意を」
そう言って宰相は深く腰を曲げた。もしかして俺が思っていた以上にアイギスは弱っていたのか?
「頭をお上げください。俺たちは歌って踊っただけですから」
「アイギスを信じる心が足らないと、アイギスも困っちゃうからね」
「肝に銘じます」と宰相は再度頭を下げ、ご案内しますと城へと入って行く。
王城は、まるで巨大な盾のようだった。陽光を受けて白銀に光り、近づくほどに空気が張り詰めていく。俺は思わず息を呑んだ。
「ここが、アイギスが祀られている場所か」
「いらっしゃい。だって」
そうかと首肯で答え、宰相に案内されて王の間へと辿り着いた。そこは質実剛健を形にしたような場所だった。
床は大理石と赤い絨毯が敷かれ、玉座よりも高く祀られたアイギスの後方には、白い布がベールのように幾重にも垂らされていた。ステンドグラスを通された光は、柔らかく様々な色を作り出していた。
おっと、見惚れている場合じゃなかった。
宰相に続き玉座の前へと進む、宰相に倣い片膝を突き首を垂れる。ビビも片膝を突くが、俺よりもなんだかビシッと決まってる。
「面を上げよ」
柔らかくも威厳に満ちた声が、静まり返った広間に響いた。がっしりとした体躯に整えられた髭を蓄え、威厳に満ちた姿はヴルスガルド王国の象徴にふさわしい。
「その方らの歌と踊りが、光の防壁アイギスの力になったと聞いておる。国を挙げて感謝する」
そう言って玉座から立ち上がった王は、首を垂れた。その瞬間広間はザワザワと淀み、旅人に首を垂れるとは、獣風情が歌と踊りなんてとか聞えてきた。
ケットシーダンスは、あらゆるものを無限の彼方にする!
これはビビが踊り子のスキルを授かり、暫く口癖になっていた言葉だ。
国の上層部はアイギスの危機など、なんとも思っていなかったのだろう。今のところ、戦争が再発する事もなさそうだし、たったの半年でこんなに緩むものなんだな。
しかし、そんな些末な出来事など意に介さぬとでも言うように、玉座の後ろに祀られたアイギスから不穏な波動が放たれた。
音も風も光もないのに、確かに力はここにあった。広間を過り空気を震わせる。そしてさらに広間を震撼させるのがビビだ。
『王たるものの行いに、異議のあるものは名乗り出るがよい!』
一瞬の静寂が広間を飲み込んだ。
広間にいた者は王を含め、俺以外は目を見開き驚いている。それほどの威圧を持った重低音の声が、小さきケットシーから放たれたからだ。
『戦時は我を敬い奉り、事が過ぎれば我を忘れる。そんな恩知らずな恥知らずが、これ程多く居ることに我は此処に居ることも恥ずかしい。あのまま消え去ればよかった……』
アイギスの望みは信仰を取り戻し、この国を守ること、あくまでも人のためにが目的なのだ。
「ならばこんな国を見捨て、神界へ行かれたらどうですか?」
『アストレイア様から最後の慈悲をいただき、我はその一助になろうと思っておるのじゃ。この国の民も愛しいしの』
「分かりました。アイギス様の想いが願いが、この国の人たちに更に届きますよう。もう一度だけ俺たちが、願いを込め、歌い、踊り、祈りましょう」
「ミミはいつでも大丈夫!」
いつもの声に戻ったビビが笑顔で答える。
昨日よりも心を込め、祈りを込めて歌う。
忘れるな、忘れるな。
いまここにある国の礎を忘れるな。
驕るな、嘲るな、偉ぶるな、威張るな。
己の弱さを知り、己の強さに変えていけ。
♪海の門に風が満ちる
光の盾よ、眠りより目覚めよ
我らの声を聞け、古き守り手
ヴルスガルドを包む永き腕よ
鋼の波が砕けても
我らの心は折れぬ
盾の神よ、我らの誓いを受けよ
この地に立つ限り、汝の名を掲げん
旅人よ、恐れるなかれ
汝の歩む道に盾の影あり
アイギスの加護、風に乗りて
海峡を越え、光の国へ♪
ビビの踊りも力強く、誇りを胸にと伝わってくる。
ステップを踏むたびに弾ける煌めき。
回転する度に舞い散る光の帯。
床を強く踏み込む音とともに溢れる金の波。
良い踊りだった……。
ビビが隣で踊っていたから、俺も全力を出し切って歌えた。
広間は静まり返ったままだ……。アイギスも沈黙したままだ。
しかし沈黙を破ったのは場外からの空気を震わす大歓声だった。
「それでは、俺たちは旅を続けます」
「またねー」
広間の者は皆、放心状態なため見送りはないが、俺たちは清々しい気持ちで広間を抜け、城外へ出た。途中で衛兵等とすれ違ったが、皆最敬礼で見送ってくれた。
「さあ旅の続きだ! ケットシーステップで駆け抜けよう」
ビビがステップを踏み、俺たちの移動速度が上がる。ヴルスガルド王国ともお別れだ。
「あっ! ご褒美もらってない!」
「そういえば宿の食堂で、ビビが珍しく交渉してたな」
「そう! あのクリームの乗ったタルト! いっぱいくれるって言ったのに!」
くそー! という、ビビの叫び声は、麦畑を揺らす風に攫われて消えていった。
「そういえばさっきはアイギスに口を貸して、憑依的な感じでしてた?」
『あれは、こうやって声真似をして、翻訳をしてただけだよ』
やっぱりそうか、今まであんなネクロマンシーみたいなことは出来なかったもんな。
「まあ、声真似も正確には違うんだけどね」
「どういう事だ?」
「だって、アイギスは女の人の声だったよ」
「まじか!? あんな厳つい声で話して怒ってるんじゃない?」
「ふふふ、喜んでた。笑ってたよ!」
そっか、それは良かったなと笑顔を交わし、街道を走り抜けた。関所を抜け、馬車で一月は掛かると聞いた距離だが、俺たちならその三分の一の時間でダンジョン街に到着だ。
「関所を抜けた露店で買い物したかったんだけどなー」
「面倒なことになると困るが……。欲しい物があるのか?」
ビビは少し照れた風でこう言った。
「お魚とお肉を買うお金をおじさんから貰ったから、使わないと約束を破ることになる」
おじさんってのはあの侍従長のことだな。
「いくらもらったんだ?」
「金貨二十枚!」
「けっこうな大金だな。何が対価だったんだ?」
「ミミのメモあったでしょ、詩に音符書いて歌い方のメモしたやつ」
「あんな楽譜とも言えない物か……」
作曲家自ら書いた物だし、安いもんだとビビは言ってるが、サイゾーの蹄鉄四足分で銀貨二枚だからな! 銀貨十枚で金貨一枚だからサイゾーの蹄鉄八年分……。
国の守護神を助けて、楽譜まで渡しての値段か、そう考えると……。
「安いな! もっと貰ってもよかったな!」
「でしょー」
「リンゴ換算したら、とんでもない金額なのにな」
「ダンジョン街に着く前に気づいて良かったねえ」
俺は街道を東に向かいながら、すっかり見えなくなったヴルスガルド王城方面へ向かい「貸し一つだ!」と叫んだ。
あの城のいけ好かない奴らに届け!
ビビも口を開き「僕も合わせて」
「「貸し二つだ!!」」
その叫び声は、あの白銀の城にきっと届き、追い打ちを掛けただろう。
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